第61話 激化

(※朝本萌叶視点) 


 私は、昨日と同様、昇降口で靴を探索したが、どこにもその姿はなかった。入念に行ったが無駄な時間を浪費した。


 職員室、昇降口付近のごみ箱なども確認したが、良い結果は得られない。


 私は足早に階段を登り、一定の階に到着すると、開けた廊下に出る。ホームルーム後とは打って変わり、人はほとんど見受けられない。寂しい空気が廊下に流れる。


 体が熱く、微量ながら全体に痛みを感じる。こんな感覚は初めてのことだ。


 望みをかける形でクラスの教室に出向き、靴を探す。誰もいない室内を右往左往に移動する。


 ロッカー、自分の机の中、掃除用具入れ、それぞれ細かく詮索したが、目当てのモノは視認されない。


 私の心は諦めムードに陥る。時計は16時半を示す。探索開始から20分経過している。このまま裸足で帰ってしまうか、といった投げやりの考えが頭に生まれる。そうすれば心が楽になるんじゃないか。


 心が楽な方に進もうと誘導する。


 俯き加減で室内を後にしようとしたとき、1つのごみ箱が目に映る。1週間に何度かは視界に入る木製の物体。


 隅から隅までクラスの教室を探索した思っていた。しかし、たった今ごみ箱を視認した結果、それが思い違いだったと理解する。


 上方からそれを覗くと、細かく裂かれた紙片やほこり、ノートが意思なく身を置いていた。この距離からでも生臭さを鼻腔がキャッチする。


 私は逡巡したが、背に腹は変えられないと思い、不快感を取り除き、対象物に手を入れる。


 ぐしゃっと紙片が鳴る音が耳に入る。手にごみが触れることでさらに不快感が増すが、それを何とか抑え込み、ごみ箱を漁る。


 下方に手を埋めることで、紙片がまばらに床の上に落下する。


 強引にごみをどけ、下方を覗き見ると、底に常識では考えられないモノが姿を露にする。ローファーだ。


 私は嫌悪感を抱きながら、より手を伸ばし、ローファーを掴む。


 底の方から靴が浮き上がる形になる。


 私はローファーを発見すると、舐めるように視線を向ける。上から下、右から左と様々な角度から。


 内側に「朝本」と黒文字で書いてあった。その証拠から私のものだと断定できる。


 私の心に一抹の安堵が生まれるが、すぐに消えてしまう。そして、今置かれた状況を鑑みることで恐怖と虚無感が合わさった感情が襲う。


           ・・・


 私はいまトイレに滞在する。恐怖が原因かどうかは不明だが、ローファー発見後、突如腹痛が私の身体を襲った。お腹が痛いはずなのに、便は一向に排出されない。


 洋式から放たれる熱が私の太ももを刺激する。


 うう~んと機械音が発せられる。換気扇の音に似ている。


 廊下から入った風がふくらはぎや足をくすぐる。その結果、寒気が下から上昇し、身体を数秒ほど震わせる。


 私の現在の心情から、狭小の空間に滞在することに不安を感じる。いち早く、その場から立ち去りたい気分に蝕まれる。それはまるで嫌いな人間と一緒にいるような感覚がする。


 そんななか、複数の人間の足音が聞こえてくる。こつこつっ、ローファーがトイレの床にぶつかる音が。


 トイレに用かな、と私は胸中で独り言をつぶやく。


 リズム良く軽快に音を奏でていた足音が不自然な形で消える。全員が一斉に足を止めたのだ。しかも、おそらく、私が入っている個室の目の前で。


 外の様子は確認にもかかわらず、見通すようにドアを見つめる。得体のしれない複数の女子が佇んでいる姿がイメージされる。


 すると、突如、身体に液体が流れ込む。頭を源泉として、胸、腕、太もも、ふくらはぎ、足首と水がテリトリーを拡大する。ねちゃっとした感覚が身体全体を強襲する。何が起こったか、すぐに理解できなかったが、個室の床にできた水たまりが目に入ることで、強制的に理解させられる。


 様々な部位から力が抜ける中、1テンポ遅れて強烈な寒気を抱く。便器から放出される熱も効果がなく、問答無用で体温が下げられる。


 胸や腕に水が浸入することでさらなる寒気を促す。


 複数の足音がこちらから遠ざかっていく。小刻みに、リズム良く、軽快に、こちらの心情など露知らず。


 制服、下着、靴下、ブラジャー、すべて水浸し。あちこちから水が垂れる。


「どうして、どうして、・・・こんなことに・・」


 私は弱々しい声を出し終えると、身体を両手で抱きながら、顔を二の腕に押さえ込んだ。


 


 





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