第57話 あの後
あの後、3人の男は警察官によって逮捕された。必死に抵抗していたが、武術を嗜んだ者に敵うはずもなく、皆、ハイエースから追い出された。
男たちは連行される際、「紺色の長い髪奴が!」、「上手いこと復讐できるって言ってたから」、「あの野郎、騙しやがって!」っと1人1言大きな声で叫んでいた。
それぞれパトカーに連行されると次は事情聴衆が始まった。警察としては、事件に関する情報をご所望らしかった。
俺が事情聴衆を受けようと思ったが、香恋が頑なに離れようとしないため、代わりとして新田に請願する。
新田は香恋の心情を推量してくれたのか、嫌な顔せずその役割を肩代わりしてくれた。事情聴衆は1人でこと足りるらしいのでこちらとしては都合がよかった。
香恋は体を動かせそうになかったので、1度優しく声を掛け、彼女をおんぶされるように促す。素直に従ってくれた香恋をおんぶすると、女子バスケ部の部室へと足を運ぶ。
カギを開錠すると香恋を座らせる。幸い、タイルマットが床に敷かれていたため、イスを使わずに済んだ。
男子バスケ部の部室では想像できないほどの清潔感が部室内に充満しており、漂う匂いも男子とは大きく異なり不快感がなく、心地よい桃や柑橘類の香りがする。
そこで1時間ほど無言で過ごしただろうか。香恋が落ち着いたことを申告してきたので、様相を敏感に確認してから部室を後にした。
そして今に至る。香恋は俺の腕に抱きつき、身体を限界まで俺に寄せる体勢になっている。そのため、俺は香恋に寄り掛かられる形で所々明るい住宅街を進んでいる。部室を出てからずっとこうだ。
俺達の間に会話はない。できる空気ではない。無言で歩を進める際、香恋の身体がわずかに震えていることに気付く。これは断じて寒さから生じた震えではない。
しばらくして、俺の自宅を通り過ぎ、香恋の家の前に到着した。彼女の家は電気が1つも点灯していないため、黒の家かと錯覚する。だが、そうではない。実際は白を基調としている。
「香恋・・・着いたよ。俺はここまででいいかな?」
香恋の顔を窺う。反応はない。
「・・・ダメ・・・ダメ。私から・・離れないで・・」
小さく囁くように言葉を発する香恋は離れようとしない。その目は恐怖におびえる赤子のようだ。
「わかった。今日は離れないよ」
このような香恋を見ていると、ほっとけない。あんなことがあったんだ。1人でいることに耐えられるわけがない。
風が吹き、冷える中、俺たちは体勢を変化させず、香恋の自宅へとお邪魔した(俺だけ)。
それからは大変だった。香恋が入浴するときがあったのだが、洗面所に待機させられた。そして、数10秒に1回のペースで所在確認された。おそらく、香恋が風呂から上がるまでに20回以上返事をしただろう。ちなみに、着替えは見ていない。
その後、俺が入浴している間、香恋が洗面所に身を置いた。そこでも、同様のモノが行われた。
入浴が終了し、たまたま持参していた着替えに袖を通す。すると、また香恋がくっついてきた。その姿は親から離れない子供のようだ。
洗面所を退出し、リビングを横断、階段を登ると、香恋と記載されたドアプレートが
目に入る。
香恋はドアプレートに目を向けることなく、ドアを開放すると、先に進むように促してくる。
俺はそれに従うと、香恋もついてくる。
部屋には最低限のモノしかなかった。ベッド、教材、書籍、机、3階建てのタンスといった、何の変哲もないグッズが寂しそうにエリアを確保していた。
「これからどうするの?」
俺は率直な疑問を口にする。
「・・・寝る・・・。」
俯きながら端的に言葉を返してくる。
「わかった。じゃあ、俺は床で寝ればいいかな?」
俺は香恋の心情を汲み取ることで1つの案を提示する。これで良い反応をもらえるだろう。
だがしかし、香恋は首を左右に振り、悲しげな表情を露にする。
「・・・ここで寝て」
香恋はいつもの凛とした声色とは大きく異なり、弱々しい口調でつぶやいた。
その言葉を聞き取った瞬間、頭がフリーズする。
「え、それ本気?」
思わず、質問を投げ掛けてしまう。これは問題発生だ。
香恋は俺と目を合わせると無言で首を縦に振った。
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