第54話 出店

 「あ~忙しい」


 俺は無意識に唸ってしまう。そう小言を言いながらも、出店の業務に取り掛かる。用意されたチョコバナナがそそくさと消えていく。


 大した運動をしたわけでもないはずなのに、体中から汗が噴出する。


「ふふ。赤森君も弱音を吐くときがあるんだね」


 出店の軒下でチョコバナナを生成している朝本さんが微笑みかけてくる。彼女は、白の三角巾を頭の後方で玉結びで括り、エプロンを身に纏っている。


「それはあるよ。人間だもん。変な感じだった?」


 不快な気分にさせたと思い、それを確認しようとする。


「そんなことないよ。逆に可愛かったぐらい」


 朝本さんは、串に刺されたチョコバナナ1品を差し出す。


「そ、そうかな」


 チョコバナナを受け取るや否やいつもの顔を綻ばせる。褒められること慣れていないため、すぐにこうなってしまうのだ。


「あ、今照れたね」


 朝本さんがいたずら顔でからかってくる。


「そ、そんなことないよ」


 恥ずかしさからなのか、俺は彼女から目を逸らし、箱に突き刺さったチョコバナナが視界に入る。


 バナナが濃い茶色のチョコレートに一面塗られ、色とりどりのミックスカラースプレーがまばらに振りかけられている。


「あの~すいません」


「あ、すいません。・・・なんだ香恋か」


 動揺が安堵に変化する。三角巾が巻き付いた感覚をまじまじと知覚する。


「なんだってなによ、なんだって」


 香恋は目を細める。


「いや、ボーッとしていたから、知り合いでよかったなーって」


 俺は愛想笑いを創り出す。


「変なの」


 香恋は腕を胸の前で組む。香恋が着用している紺色のロングTシャツに目が行く。あのシーンが回顧される。


「バンド活動の後、制服からそれに着替えたんだね」


「見てたの?」


 香恋はこちらに200円を差し出してくる。どうやら、チョコバナナを2つご所望のようだ。


「うん。たまたま体育館に行ったら香恋の姿が見えたから見たんだよ」


 チョコバナナを2つ手に取ると香恋に手渡す。


「すごいかっこよくて、きれいだったよ」


 あのとき感じた感想をありのままの形で香恋に伝える。


「そ、そう。そんなことないと思うけど」


 香恋は視線を見当違いの方向にいき、目が泳ぎ、頬が紅潮している。あれ?なんでこんな反応になるの?こんなつもりはなかったんだけど。


「ど、どうしたの?なにか変なこと言った?」


 俺は顔を前のめりになる。俺と香恋との距離が縮まる。


「へっ?」


 香恋と至近距離で目が合う。


「な、なんでもないから」


 香恋は後ずさり俺から距離をとる。


「あんなのちょっと練習すればできるわよ。私だって、1月の練習なんだから」


 先ほどよりも一段と顔が赤くなっている。


「もういい。用事があるから」


 香恋はそそくさと俺たちの出店から立ち去っていった。


 周囲の出店で買い物する人間の声が留まることはない。出店を出すエリアは学校で決められている。そのため、1つのエリアに出店がいくつも立ち並ぶ形になって

いる。


 初めて、自分の知り合いが出店の買い物をしに来たな。出店の仕事をやり始めてから30分が経過したが、その間1人も自分の知人が来ることはなかった。ほとんどが朝本さんの生徒であり、その他には先生や上級生、下級生などがいた。


「さっき来ていたの西営寺さん?」


 厨房の朝本さんがこちらの顔を窺ってくる。


「うん。そうだったよ」


 俺は相手が求めている答えを提示する。


「そうなんだ。・・・相変わらず、仲良いね」


 朝本さんは笑顔だった。しかし、その表情からは寂しさや虚しさが感じられた。


「いやいや、ぜんぜんそんなことないよ」


 手を顔の前でばたばたと横に振る。


「どうして?あんなに楽しそうに会話してて」


「いや、あれは楽しいっていう部類ではないと思うよ。香恋とは幼馴染だから、結構会話が続くだけで」


 俺はこの状況に首をかしげながら頭を悩ませる。


「・・私も赤森君と幼馴染だったよかったのに」


 朝本さんは小声で何かをつぶやいたが、その内容は聞き取れなかった。聞き返せば、良かったかもしれないが、俺の感がそれはダメだと伝えてくる。


 居心地の悪い静寂な空気が出店内に出現する。この空気は俺と朝本さんしか味わうことはできない。


「すいませ~ん。チョコバナナ1つお願いします」


 カウンターの辺りから声がする。


「わかりました。少々お待ちください」


 俺はその言葉に反応し、カウンターへと急いで足を運んだ。




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