第53話 文化祭

 月日は、11月18日、土曜日。時刻は9時20分。


「お前らー!ざわざわしてるかー!!」


 体育館のシアターに立った生徒会役員の1人が煽り文句を口にする。


 多量の生徒がその言葉に反応し、「ウェーイ!」と自身を鼓舞する。体育館内に大きな渦のような言葉の塊が創造される。


 生徒会役員は、その反応に満足したのか、文化祭開会式の進行を開始する。


 周囲の人間達は目をキラキラさせながら、前方を見つめている。一部の人間は我慢できず、立ち上がっている者もいる。


 生徒会長のお話、シアターで行われる自作の劇場など、何か物事が行われれば、会場の中は喧騒の嵐になった。


 最後は、校長先生の言葉。生徒達は興奮を抑えながら、静寂に話を聞いている。


「それでは、ここで話は終わらせていただきます。皆さんは今日は大いに楽しみ、良い思い出を作りましょう」


 その言葉を号令に生徒たちは、大きな足音をたて、我が先にと次々に体育館から出ていった。


              ・・・


時刻は10時10分。体育館から勢いよく飛び出した生徒たちは、校内の様々な場所に身を置いている。校庭、出し物が提供されれる教室、出店の中外といった形で、欲望に身を任せ場所を選択している。


 俺もその中の1人ではあるが、全く同じというわけではない。


 大方の生徒は、連れの誰かと一緒にいるが、俺はそうではない。俺は、今現在

1人、校庭の中央で佇んでいる。特にすることもなく、出店の仕事の時間が訪れるまで時間を潰すための処置を取っている。


 周囲からは複数人で雑談をしていると思しき声やその行いから生まれたであろう笑い声も耳にこびりついてくる。


 俺はその言葉たちに意識を向けずに、留まっていた足を前方に進める。スニーカーが地面を叩く音がこの環境の中でも鼓膜を刺激する。


 無計画に道を進んでいると、チョコバナナや焼き鳥を手に保持した人たちが、体育館に直進していく光景を何度も視界に捉える。


『何があるんだ?』


 俺は疑問を感じ、その人間達と同様に体育館に立ち入る。


 すると、中には数えられないほどの生徒たちが、シアターの前に入り浸るかのように座っていた。男子女子、無差別に腰を下ろしており、その並び方は不規則である。その上、室内の電気はシアター以外、すべスイッチが切られており、その代わりとして、上方に存在する窓のカーテンがすべて開け放たれている。


 シアターには見慣れない機材や道具が備え付けられている。


 しばし、シアターを眺めていると、少数の女子たちが、脇から姿を現した。人数は視認できた限り、4人かな。うん?


「みんなー今日は来てくれてありがとうー!」


 真ん中に立つ女子がマイク越しにお礼の言葉を述べる。その直後、男子と女子の声が混ざり合った大きな反応が返答される。


「今日のために私たちは一生懸命練習してきました。そして、とうとう本番を迎えました。それまでの過程は長いようで短いものでした」


 礼儀なのかは理解できないが、女子は前置きをつらつらと言葉にしていく。大部分の視線は今、声を発している彼女に向けられているが、俺はそれに反するかのように違う人物に視線を向けていた。


「それでは少々長くなりましたが、これから演奏を開始しようと思います。皆さん、楽しみながら聞いてください!」


 女子は、一度マイクをスタンドに掛ける。その後、シアターの奥に身を置く女子たちに目線を向ける。息を合わせるためにリズムをとると、メロディーがギターとベース、ドラムにより生み出される。


 軽快でありつつ、テンションが爆上げするような音楽が室内で大きく反響する。


「この歌知ってるー」


「今年の春、大ヒットしたアニメのだよな」


「私、この歌大好き!」


 イントロ中にもかかわらず、場内はひどく騒がしい。


 ようやくイントロが終わり、先ほどの女子がマイクを通して歌い出す。力強く、女性らしい声も併せ持っている。


 演奏されている曲のサビに差し掛かろうとしている。場内では、ボーカルの女子が1番目立っているだろう。だが、俺が目を引かれているのは彼女ではない。


  肩にややかかるピンクの襟足を左右に少し揺らし、ベースと思しき楽器をクールに引いている女子。香恋から俺は目を離すことができなかった。


 香恋は手慣れた様子で弦を弾き、時折メンバーとアイコンタクトをしている。額や頬からは汗が滲んでいる。しかし、彼女のそのような情景には美しさがあり、見た者を魅了する。香恋のルックスとクールな空気感が統合されることで生まれる唯一無二の芸術だ。


 この場にいる者がそれに気づいているかは予測でしか量れない。しかし、それはどうであれ、体育内はシアターに立つ女子たちが起因として大歓声を巻き起こした。

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