第42話 その後
あの後、俺たちは共に部室を後にし、一緒に帰路に着いた。そこでは、学校の勉強の話や先ほどの先輩たち絡みの話など色々な話をした。
新田は最初は緊張していたが、鷲君の明るさのおかげなのか、すぐに打ち解け、楽しく会話をしていた。その日、俺たちが通った住宅街では、笑い声や話し声が何度も木霊していただろう。
話は変わるが、あの出来事以来、新田はパシリや暴力を振るわれることは無くなったそうだ。その要因は、山西先輩は、痛い目を見たからか、部活はおろか学校にも来ていないらしい。また、いじめの首謀者は、山西先輩だったため、追従するように加担していた先輩たちも、新田に危害を加えることはなくなったそうだ。
人間、痛い目を見ることで思い知らされることがある。山西先輩もそのうちの1人なのだろう。それが、他人より早かった遅かったかの違いだけ。
ちなみに、あのとき、なぜ鷲君が、部室に姿を現したのかというと、小柄な男子バスケ部のマネージャーの要望を受けたかららしい。
そのマネージャーは、「ある男子が、危険な目に遭うかもしれないから助けてほしい」と必死に鷲君に懇願してきたらしい。
鷲君は、そのマネージャーのことをまったく知らなかったが、困った人を助けるのは当然だと思い、部室に足を運んだみたいだ。
それにしても、鷲君の優しさに大変感心してしまう。見ず知らずの人間の頼み事を受けるなんて、普通なら絶対にしない。これは、鷲君の優しさを象徴している。
それに、鷲君に助けを求めたマネージャーも優しい人間だ。誰かが危険な目に遭うことを予知して、その人を救うために、助けを求めた。すばらしいことだ。その人には、後日、感謝を伝えなければならないな。
男子バスケ部マネージャーの奈津さんには。
俺は、鷲君の話を聞いた瞬間、その人物が誰なのかすぐに理解した。どうやら、俺がとろうとしていた行動は、奈津さんにバレていたようだ。バレないようにやろうと思っていたんだけどな。
だけど、奈津さんのおかげで助かった。奈津さんには頭が上がらない。あそこで、鷲君が来てくれなければ、俺は以前と同様、暴力を振るわれていただろう。
それにしても疑問に思うことはないだろうか。なぜ、俺が山西先輩たちや新田のその後を知っているのかということだ。なるほど。確かに、新田に聞いたならば、それぐらいのことは知っていてもおかしくはないといえるだろう。しかし、あの出来事から3日が経過したが、3日間とも新田は危害を加えられていないことを俺は認知している。これはなぜか。理由は。
昼休みでは、「おーい。赤森!一緒にメシ食おうぜ」と違うクラスのはずなのに、わざわざ俺のクラスに足を運び、ご飯の誘いをしてくる人物。
放課後では、「今日、部活休めだから、一緒に帰ろうぜ」といった声をかけてくる人物。
ほかにも、飲み物を一緒に買いに行く誘いもある。
そして、おそらく今日も何かしらの誘いがあるかもしれない。
「おーい。赤森。バスケ部の部室の近くまで一緒に帰ろうぜ!」
現在は、放課後。俺が、帰りの支度をするため教材をカバンの中に詰め込んでいたなか、最近ではクラスの常連となった新田が俺の席の近くまでくると、いつものように明るく声を掛けてくる。
それにしても、新田はいじめによって生じる傷を受けていないのだろうか。それを感じさないような態度を幾度となく俺に示している。いじめられているときは異なる明るい声や笑顔が表面的に露出している。
「早く、早く。部活始まっちゃうよ」
時間に追われているのか、新田は俺の行動を催促するような言葉を掛けてくる。
自分のペースでできないのはやや歯痒いが、新田の言葉に従うように、先ほどよりも動作を速くする。
教材をカバンに詰め終わると、イスから立ち上がり、新田と共に後ろの入り口から教室を出る。廊下に出たことで、周囲には部活やら帰宅やらの義務を持った生徒たちがわんさか廊下に密集していた。生徒たちの大きな笑い声やら話し声が俺の耳の中に飛び込んでくる。みんな楽しそうだ。
そんな人が大量に存在する廊下を横切るように歩を進め、俺と新田は昇降口へと向かう。
新田は、こんな騒がしい廊下の中にも関わらず、俺に今日起こったことを話してくる。
なんだろうな。この気持ちは。恥ずかしくもあり、誰かと一緒にいれるといった喜びもある。そして、俺に楽しそうに話をする新田を見ていることで嬉しさも。
幼い頃に感じ、すでに忘れていた感情かもしれない。仲良くすることで得られる喜びや快感。まだ、友人と呼ぶべきレベルかはわからないが、近いレベルには到達しているだろう。それは、新田の表情を見ればわかる。
新田と仲良くできるのは、長い時間なのかもしれないし、短い時間なのかもしれない。それは、今の時点ではわからない。でも、仲良くできるのであれば、できるだけ長く仲良くしたい。でも、それがいつまでかはわからない。だから、仲良くできている間は、楽しく過ごしていきたいな。
俺は、心の中でそのようなことをつぶやきながら、騒がしい廊下の中において聞こえる新田の話を聞いていた。彼の言葉を一言一句耳から逃さぬようにして。
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