第39話 突入


(※赤森敦宏視点)


 昼休みにおける昼食後、俺は、新田が置かれている状況について奈津さんに口頭で教えてもらった。


 部活中は普通であること。部活終了後に、3年生の部室に入っていき、そこでおそらく先輩達から暴力を受けていること。


 それらの情報を受容した俺は、話を聞いた後、いつもお世話になっている自動販売機が設置された場所へ足を運ぶ。


 目に見える景色は、いつもと変わらない。自動販売機が設置されている場所は、木や植物、建物のせいで生まれた日陰に位置するため、周囲と比較して圧倒的に暗い空気を醸し出している。


 そんな一見、寂しさを孕んだ空間で、黙々とマニュアルに従うように作業する人間が目に入る。


 その人物は、飲み物を買っては取り出し、買っては取り出しを繰り返していた。前に見たときと同じように。


 俺は、その人物を視界に捉えながら歩を進め、暗い空間へと足を侵入させる。


 そうすることで、距離的にはあまり変化はないが、なぜだか、俺とその人物の距離がぐっと近づいたように感じた。


 ガタンッゴトンッ。飲み物が自動販売機から吐き出されたことで生まれた音が周囲に木霊する。


 先客であるその人物は、その音に引っ張られるように、音が反響し終わった後、すぐに、体を屈め、取り出し口から飲み物が詰められたペットボトルを掴み上げる。


 俺は、一連の動作が終わったと思しきところで、「新田!」とその人物の名称を口頭で発する。


 俺が呼びかけると、新田は、ぴくっと肩をわずかに揺らすなり、体全体を後ろに向け、俺が佇んでいる方向に視線を向ける。


「なんだ。赤森か」


 つい数秒前には、不安を帯びていた新田の瞳が、俺という人物を認識したことで安堵といったモノへと変化する。その変化というモノはまさに一瞬で起こったことだった。


「それでなんだ?いきなり声なんてかけてきて」


 手に掴んでいたペットボトルを以前に置かれていたペットボトル達と同様に配列させると、俺に目線を戻し、そのような言葉を掛けてくる。


「ああ・・・」


 1度目を伏せながら呼吸を整えると、再度外していた視線を新田に向ける。


「突然なんだが、今日、バスケ部の練習はあるか?」


「は?」


 新田は予想外だったのか、気が抜けた新田の声が俺の鼓膜が刺激する。まぁ、そんな反応をするのも無理はないだろう。なぜなら、俺はもう部員ではないのだから。


「練習があるかって。今の赤森にはどうでもいいことであり、関係のないことだろう。それをなぜいま聞く?」


 想定通りの言葉を俺に対して投げ掛けてくる新田。案の定、そのような言葉を発した新田の表情には、俺を訝しむような表情がいささか顔に露見している。


「確かにそうなんだけど。なんか気になったんだ。だから、聞いたんだ。答えたくなければそれでいいよ」


 無理やり聞く必要はない。もし、教えてくれなければ、手さぐりにやっていけばいい。ただ、部活があるかどうかをあらかじめ知っておくことで、行動しやすいのは事実だ。そのため、理想としては、ここで部活のオンかオフかを理解しておきたい。


「変な奴だな。まぁいいけど」


 心中で納得はしていないと思うが、新田は俺に要望通りの応えを提示してくる。


 なるほど。今日は練習があって、終了時間は、18時30分か。俺が部に所属していたとき、変化なしか。ただ、確実な情報を入手できたことは大きい。


 その後、新田が用を足し終えたことで空いた自動販売機を使ってオレンジジュースを購買すると、新田が買った飲み物を半分俺が手に持ち、新田のクラスがある階まで一緒に上がった。


    ・・・


 時刻は、18時50分。俺は学校が放課後に突入した後、図書館で小説を読んで時間を潰し、現在に至る。


 俺は、現在の時間をスマートフォンのデジタル時計で確認すると、図書館を後にし、昇降口へと向かう。


 昇降口に着くなり、靴に着替え、そそくさとある場所へと向かう。


 その場所に数分ほどで到着すると、昨年、何度も目にした建築物が情景として俺の目に認知される。


 男子バスケ部 3年生 専用部室。


 体育館の4つのうちの1つの入口からわずか3メートルほどしか離れていない距離に存在する。バスケ部の3年生のために設けられた部屋。


 俺は、3年生の部室に対して距離を詰めると、部屋の様子を確かめるため、耳に神経を一点集中させる。


「おお、来たか」


「今日は、いつもより少し遅かったか」


「赤森の後継者なんだからしっかりしろよ」


 ぽんぽんっと言葉が連鎖的に繰り出され、それらから情報を収集する。それらを享受した結果、その室内の状況がイメージでしかないのだが、脳内で想像される。


 新田が、複数の先輩に取り囲まれている光景が。


 俺は、部室に1度背中を向け、呼吸を整える。


 緊張感と恐怖感が俺の心をむしばんでいく。アウェイの空間に突っ込んでいく恐怖、行動後、果たして無事にこの部室から出てこれるかといったことから生まれる緊張。


 だが、この感情に負けるわけにはいかない。負けたら何も変わらない。そうしたら、新田は、この状況から身を離れることはできない。


 自分を奮い立たせることで、意を決する。


 部室のドアノブを右手全体で握りしめる。鉄の冷たい感触が俺の掌に対して存分に伝わってくる。


 いつもなら軽いドアノブもこのときばかりは、想像を絶するほど重たく感じた。


 心が自分自身に負担をかけてきている。その効果がいま的面に出ている状態だろう。


 再度、呼吸を整える。ここで決める。


 「いっけー」と心の中で叫び、固まったドアノブをひねってドアを開放する。


 その結果、違って景色が開け、他方とは空気感が異なった部室内の光景が目の前に飛び込んでくる。


 そこには、気弱そうに佇んでいた新田、それと、部活に在籍していた頃に、幾度となく目にしていた先輩3人。


 そして、あのとき以来、接触することはなかったが、過去に俺に対して散々弊害を及ぼした人物。山西先輩がそこに身を置いていた。

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