第44話 本当にお前たちってば

(あれが、『クラブ』のカギが保管されている塔……)


 物陰からこっそりと伺う雪流の姿は、その目立つ銀髪をすっぽり覆い隠すようなフード付きマントに覆われていました。

 さっと投げた小石がコツンと音を立てて転がります。そちらに反応した警備兵の背後を彼は音もなく駆け抜けました。やがて塔の裏手に来ると小さく呼吸を整え、自らの足元を少しずつ凍らせ高く積み上げていきます。塔の中腹辺りに空いている窓を見つけるとそこに素早く飛び込みました。



 飛び込んだ先に見えてきたのは薄暗いホールでした。壁に灯された松明がジリジリと音をたてる他は静かなもので、ですが張りつめたような緊迫感は確かに何物かが物陰に潜んでいることを伝えてきます。

 チリリとうなじの辺りを焦がされるような殺気を感じ取り、頭夜は得物を油断なく構え防御の姿勢を固めました。全方向、どの角度から攻撃されても対処できるよう全神経を研ぎ澄ませます。

 微かに、本当に微かに、チッと足元を蹴る音が真後ろやや右辺りから聞こえ、ほとんど反射だけで振り斬った次の瞬間、耳障りな金属音がホールに響き渡りました。


「おぉ~、さすがチェシャが言ってただけのことはあるね~」

「お前がここの番人か、『スペード』のカギは貰い受けるぞ!」


 そこに居た線の細い優男のナイフを払いのけ、頭夜は勇ましく宣言します。ですが彼はクスクスと笑いながらやや高めの声で自己紹介を始めます。


「俺はディー、トゥイードルディー。聞いたことない? ダムとディーの双子の話」


 ハッとした時にはすでに、別角度から同じ顔をしたダムのナイフが目の前まで迫っていて――



 間一髪、ハンドガンで真正面から撃ち落とした弓がバラバラに砕けて床に落ちます。威嚇するように音をたて構えた銃口の先には、大柄な男がボウガンに次の矢をつがえヒュウと口笛を一つ飛ばしていました。灰音は金色のまなざしを鋭く光らせながら、目の前の甘いマスクを睨みつけます。


「おかしいわね、ハンプティダンプティっていえばずんぐりむっくりっていうのが定番じゃなかったかしら?」


 それに対して、大柄な男は目を細めてみせました。


「アリスがそう望んだ、だからオレ様を含めた登場キャラクターはすべてイケメンになった。そう作り変えられた、彼女が望んだ」

「逆ハーレムなんて勝手に作ってりゃいいけど、こっちの世界にまで干渉してこないでよね、心の底から迷惑だわっ」


 まっとうな意見をぶつけるのですが、男前になったハンプティダンプティは繰り返すだけです。


「アリスが望んだ、我らの愛しいアリスの為だ」

「あぁもう、話になりゃしないわっ」


 まるで作られたようなセリフに、灰音の肌の表面をビリッと電流が流れます。まとうオーラをバチバチと帯電させた彼女は深く息を吸うとそれを一点――銃口へと収束させます。


「アンタみたいなザコに構ってる余裕なんかないのよ、一撃で沈めてあげるわ! 『ダイヤ』のカギはその後よ!」


 確実に当ててやると力強く踏み込みます、戸惑う隙さえ与えず相手の懐に潜り込み――



 ザンッ、と子気味よい音が響き、帽子の上部分だけが器用にそぎ落とされます。すでに倒れている三月ウサギと眠りネズミに視線を走らせた帽子屋は泡を吹きながら「ふぅっ」と気を失いました。例によって三人とも人型でイケメンです。


「のんきにお茶会なんかやってる場合か。とはいえ、三人相手はちときつかったな……あたた」


 まだ万全ではないわき腹を抑えながら、金魚はホールの中を見渡します。と、奥の方にある台座を照らすように、ひとりでにポウッと明かりが灯りました。

 茶色い小箱のかまぼこ状の蓋を開けると、中には大仰なデザインの施された鈍い金色のカギが赤いビロードの中に収められています。それを摘まみ上げるとハートを模した持ち手部分がキラッと輝きました。


「これが『ハート』のカギか」


 目的の物さえ手に入れてしまえばもうこんなところに用はありません。

 踵を返した金魚は、入ってきた窓に手をかけ素早く乗り越えます。いつの間にか付けられていた赤い紙のような物が背中ではためいているとも知らずに……


「全ては、アリスのため、に」


 最期の力を振り絞り、それを飛ばして付着させた眠りネズミが倒れます。


 全ては順調に進んでいました。――双方にとって。


 ***


 手を揉み絞りながら心配そうに平野を見ていた雪流は、遥か遠くに見えた赤い点を見つけて顔を輝かせます。


「来ました、金魚さんです!」


 こちらに向かって猛スピードで駆けてくる点は、やがて少しずつ人の形を成し見慣れた姿になりました。ようやく足を止め、息を乱し汗を拭う様子に仲間たちは目を見開きます。


「アンタ、まだ体調が……」

「このくらいなんともない」


 肩を支えようとした灰音を軽く静止する金魚でしたが、明らかに普段とは様子が違います。超人じみた脳筋姫がこの程度の距離を走ったくらいで汗をかくなど誰が信じられましょうか。

 無理もありません。頭夜の結婚式騒動から始まった今回の事件、眠花姫の城から抜け出して以降、彼女はほとんど足を止めず走り続けてきたのですから。

 加えて操られた因幡から受けたわき腹の傷。いくら底なしの体力を持つ金魚とは言え、さすがに疲れが出始めているようです。


「カギは?」


 ですが、一度責任を取ると覚悟を決めた以上、たとえ首だけになったとしても彼女は動き続けるでしょう。

 それを理解した頭夜は、心配する気持ちを無理に押し込め冷静に問いかけます。

 言葉が無くとも気持ちを汲み取ってくれたのが嬉しかったのか、金魚はニィッと笑います。懐から目的の物を自慢げに出して見せました。


「もちろん、要らん心配するなよ頭夜」

「なら良い。行こう、因幡が心配だ」

「おう」


 だけどな、と、続けた頭夜は、すれ違いざま金魚の肩を一度だけポンと叩きました。


「もう一度だけ言っておく。俺たちを頼れよ」


 すぐ向こうにそびえ立つ、中央城の正門へ向けて仲間たちは次々と歩き出します。

 一人残された金魚は背中を向けたまま、困ったように頭を掻きました。


「やーれやれ、本当にお前たちってば……」


 その先に続く言葉は何だったのでしょう。口元を少しだけ吊り上げた金魚は、ようやく振り向くと仲間たちの後を追ったのでした。


 ***


 塀の中はひどい有様でした。四方周辺の村から集められてきた一般人たちが、城下を作るため強制労働をさせられているのです。

 金魚はその中の顔に見知った顔を発見しました。先日逃がすのに協力した村人たちです。気が付いたのは向こうも同じだったようで、トランプ兵の目を盗みながら一行を資材置き場の裏へと引きこみました。


「どうしたんだよ、地下通路を通って逃げたんじゃなかったのか?」

「それが、あの後やっきになって捜索の追っ手をかけられたんだ。女子供たちは逃がすことができたが、男たちはまとめてこの城に連行されてしまった……」


 どうやら理想の『アリス王国』を作り上げるための労働力とされてしまったようです。と、その時でした。


「おい、そこで何をしている!」


 鋭く呼びかけられ、四人は一斉に振り返りました。見ればトランプ兵たちが槍を手にこちらに向かってくるではありませんか。


「行くぞみんなっ」


 頭夜の呼びかけで、一行は走り出します。四人揃ってさえいれば正面突破のゴリ押しも問題ありません。先陣を切る二人を援護するように遠距離二人が後を追います。

 まるで大砲のような勢いに、待ち構えていたトランプ兵たちも成す術がありません。情けない悲鳴を上げながら次々となぎ倒されていきます。


「因幡ァァァ!! どこだ、いたら返事しろ!!」


 すさまじい乱闘の中で金魚が吼えますが応答はありません。そのままメインストリートを駆け抜けた一行はお城の眼前に広がる庭園へと躍り出ました。鉄柵で出来た門があったので内側から閉めてかんぬきをかけ、さらには雪流の魔法でガチガチに凍らせてしまいます。これでしばらくは足止めになるでしょう。

 一行はようやく息をつき振り返ります。そしてその場に広がっていた光景に思わず息を呑みました。

 美しく手入れされた生け垣には赤い薔薇が咲き乱れていました。いえ、元は白薔薇だったのでしょう、アリス女王の命令で塗り替えられた血染めの白薔薇です。


 そしてトランプ兵たちの屍が累々と積みあがる中心に、その人はいました。白薔薇と同じく全身を朱に染めた白ウサギが。

 フーッフーッとまるで獣のように荒い息をつくその背中に、金魚はそっと問いかけました。


「……因幡?」


 ピクッと頭の上の耳がこちらを向きます、続けて振り返った彼の形相に一同は思わず身構えました。

 ですが彼は一瞬目を見開いたかと思うと、ふっと緊張の糸が切れたようにその場にへたり込みました。


「……君たちか」

「おいっ、因幡なんだよな!? 操られてないよな!?」


 全身ボロボロの様子に駆け寄りたい気持ちはあるのですが、なにぶん前科があるもので迂闊に近寄るのがためらわれます。

 武器を抱えたまま彼を包囲→にじり寄るという、ひどい扱いをしてしまうのも……まぁ仕方のないことですね。


「どっ、どうやって判断すりゃいいんだ!」

「因幡さんですか? 因幡さんですよね?」

「そうだっ、ちょっと愛想笑いしてみなさいよアンタ!」

「? ハハハハハハハハハハハハハハハハ」

「因幡だー!」


 どういう判断基準だ、と頭夜はツッコミを入れたくなりますが、その前に三人は武装解除して無表情でカクカクと笑い続ける彼に飛びついていました。本当に操られてはいないようで一安心です。

 しかしその全身は孤軍奮闘した痕が生々しい物でした。慌てて雪流が応急処置の為、打ち身を冷やし始めます。その時間も無駄にはせず、お互いの情報を交換し始めました。因幡が瞳に強い意志を宿らせながら口を開きます。


「きっと来てくれると信じていた。カギはすべて集めてきたのか?」

「おうバッチリだ。しかしこれだけの人数、よく一人で相手にしたな……」


 さすがの金魚も、あまりの多勢に無勢っぷりに引き気味です。ところが彼はやんわりとほほ笑んだかと思うとこう答えました。


「力を貸すと約束したからな、このぐらいの露払いができなくては君たちの仲間にはなれないだろう」

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