第42話 成長限界

 柔らかい微笑みに、思わずぽーっと見惚れてしまいます。ですがハッと我に返ったかと思うとそれぞれ名乗りました。

 まだ少しだけ警戒している頭夜が最後に自己紹介を終えたのを見計らい、金魚が肩慣らしをするようにブンブンと腕を振り回します。


「よっしゃあ! 面識も済んだところで早速行こう――ごべぇ!」


 後頭部に何かをぶつけられ、前のめりにつんのめります(なんだか今日はよく後ろから叩かれる日です)

 振り返れば焚き火のそばでマオがふてくされたように枝にマシュマロを刺し焼いていました。


「ったくよぉ、若いヤツらで勝手に結束してくれちゃって……俺の存在意義はなんだっつぅ話だよ」

「なんだよマオ兄、若さとか言うけど因幡とたいして変わんないだろ」

「え゛」

「違うのー! 二十代と三十代の差は埋められないほど深いんだよー!!」


 半泣きでうわーんと嘆くオッサンは放っておいて、金魚はぶつけられた何かを拾い上げました。透明な丸い球で中に白いケムリが渦巻いています。


「なんじゃこら」

「通信機だ、もってけ」

「わかった」

「よし、行ってこい」

「待て待て待て」


 打てば響くようなテンポの会話に頭夜が割って入ります。海の出身は皆こうなのでしょうか。


「これからそのアリスのところに乗り込むんだろ?師匠はついてきてくれないのか?」


 そう尋ねると彼は自分の足をポンと叩きました。


「文字通りの足手まといになりたかないからな。それに俺は俺でやることがあんのよ」


 よいせ、と立ち上がったマオは少しだけ今までとは違った真面目な目を妹姫に向けます。


「金魚、お前が世界をぶっ壊しかけた事への後始末はもう着いている」

「ごめん……」

「謝るより責任を取れ。世界を支配しようとしているアリスをブッ倒せば今回俺が走り回ったことも全部チャラにしてやる」


 マオのまなざしは非難する物ではなく、純粋に後押しするような力強いものでした。

 スッと拳を胸の前に掲げた彼を見て、昔からの約束はいつもこうだったと懐かしい想いがこみ上げます。


「わかった。皆と一緒に必ずなんとかしてくる!」


 ゴツンと、自分の拳をぶつけます。ニィと笑う兄妹は、顔立ちはまるで違うというのに双子のようでした。



 その後、細かい連絡手段のやりとりなどを決め、今夜はもう寝ようとなった頃です。散々ためらっていた灰音がようやく決意したかのように金魚の服の裾を掴まえます。


「あっ、のね」

「ん?」


 わだかまりを解消するには今しかありません。ここを逃したらタイミングはもう無いような気がしました。

 カラカラに乾いて張り付いた舌をなんとか動かし、どうしても聞きたくてどうしても聞きたくなかった事を問いかけます。


「一つだけ聞かせて、今回の件で、私たちに何の相談もなしに飛び出していったのは……なんで?」


 ドクン、ドクンと、鼓動が早鐘を打っていきます。

 もし足手まといだったからと言われたら――いや、そうならない為に自分たちは修行をしたのです。例えそう言われたとしても……でも


 灰音の言葉に一瞬だけポカンとしていた金魚でしたが、照れたように頭を掻くとあっけらと言い放ちました。


「あぁ、それか! ごめん、灰音と雪にはちゃんと言えてなかったよな」


 その青い瞳に、見下すような色は少しもありませんでした。


「私の勝手な憶測だけでみんなを巻き込みたくなかったんだ。でも結局、私一人じゃダメだった。灰音たちが一緒に居てくれるから、私は最大限力を発揮できるんだって思い知ったよ」

「……ふ、ふふっ」


 本当は心のどこかで分かっていたのです。この裏も表もないお姫様が自分たちを見捨てるつもりなんて微塵もないことを。

 でも確証がないとやっぱり不安で、こうして言葉にして貰ってようやく納得できたのでした。


「おい、なに泣いてるんだよ!? 私なんか気にさわるような事いったか!?」

「ほんとにバカなんだから。迷惑だなんて思うわけないでしょ」

「そうですよ、僕だって怒ってるんですからね。頼って貰えなかったって」

「そんなつもりじゃなかったんだって~」


 言葉にしなくちゃ伝わらない。マオの言っていたことは本当だったのです。


「それにしても皆いきなりパワーアップしすぎだろ。灰音とかさっきの技なんだよあれ?」

「あぁ、あれは――」

「よし、ちょっと手合わせしてみようぜ!」

「お前ケガ人だろ!」


 頭夜の鋭いツッコミが入り、真夜中の湖畔に笑い声が響き渡りました。


 ***


 それから数時間も経たない内の出来事です。全員が明日の決戦に備え眠りについたキャンプ地で、こっそりと起き上がり寝床から抜け出す一つの影がありました。


「……」


 影は「すぴょすぴょ」と寝息をかく金魚をしばらくじっと見つめていましたが、振り払うようにその場を後にします。

 あきらかに後ろ髪を引かれるような足取りで、影はキャンプ地を離れます。ですが、さて湖畔から森に入るぞというところで、後ろから涼やかな声をかけられてビクリと立ち止まります。


「行っちゃうんだ」


 月明かりの届かない木の陰から出てきたのは、今回一番目をかけてやった弟子でした。

 薄紫色の髪をわずかな風にそよがせた灰音は繰り返します。


「何も言わずに行ってしまうのも、兄妹そっくりなのね」

「……おう、寂しくなったか?」

「バカじゃないの」


 呆れたようにジト目を向ける少女に、マオはこれまでとは少し違うくたびれた笑いを浮かべます。


「おじさんは裏方でやることがあんの。金魚たちにはお前さんから上手く説明しといてくれ」


 ヒラヒラと手を振りながら去ろうとする背中に向かって、灰音は別段名残惜しそうでも何でもなく問いかけます。


「ねぇ、それだけ強いのにどうして自分でアリスを倒そうとは思わないの? アンタが居てくれた方が絶対倒せる確立は上がるじゃない」


 コツと、突いていた杖の動きが止まります。それに身体を預けるように寄りかかり、男はしばらく黙り込みました。

 答えは明かさないつもりなのかと思いかけたその時、どこか諦めたような声が返ってきました。


「俺ぁもう年だからよ。自分の限界ってヤツを知っちまったのよ、ここ一番って所でふんばりが効かねぇ。どうしても理性がジャマしやがる」

「何それ、私たちが限界知らずのバカとでも?」


 あぁそうさ、とマオは振り向きます。マリンブルーの深い色を向けられてドキリと胸が高鳴ります。


「確かに戦闘力だけで言えばお前らは俺より下かもしれない。だがそれはあくまでも訓練の中だけの話だ。若さゆえの爆発力は時に己の限界でさえ軽々と飛び越していく」


 俺はそこに賭けたいんだ。と小さく言った彼に心がざわつきます。

 つまり、それほどまでに今回の相手は強大なのだと察してしまったからです。


 不安そうな顔つきをしていた灰音に、マオはフッと苦笑します。カツカツと寄ってきたかと思うとその頭を遠慮なしに撫で繰り回しました。


「ンな心配そうな顔すんなって! おとぎ話はいつだって正義が勝つと相場が決まってるもんさ」

「ちょっと何すんのよっ、気安く触らないで!」


 嫌がりもがく少女にパッと手を離します。ニカッと笑った男は捨て台詞を残し、今度こそ本当に去って行きました。


「じゃあな、次会う時までにもうちょっと素直になる練習しとけよ」

「余計なお世話よ!!」


 ***


「やぁれやれ、ガラにもねーこと語っちまった」


 誰に言うでもなく独り言を呟いたマオは、懐から通信魔導器を取り出します。

 すばやく数箇所をタップしたかと思うと水晶玉の向こうにぼんやりと人影が浮かび上がってきました。


「よう麗しの魔女様。ご機嫌うるわしゅう?」

『その様子だと首尾は上々みたいね』


 黒い艶やかな髪をなびかせたのは深海の魔女その人でした。

 おどけた雰囲気を瞬時に消し去った男は真面目な声音で現状報告をします。


「頭夜たちは鍛え終わった。なんとか奴らに対抗できるレベルには引き上げられたと思うぜ。まだ多少不安定な部分はあるけどな」

『そう、よくやってくれたわ』

「ただ一つ不安材料が増えちまってよ」


 頭を掻きながら何とも言えない表情を浮かべるマオに、魔女は無言で続きを促します。


「白ウサギが敵から寝返ってこちらについている」

『!』


 予想外の展開に彼女は息を呑みます。そんな彼女を安心させるように男はおなじみの笑顔を浮かべてみせました。


「ンな心配すんなって~、主人を止めたいって意思は強いみたいだし、めちゃくちゃ強ェから強力な助っ人だろ。なんとかなるなる」

『……あなたのその適当さ、本当に金魚そっくりだわ』

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