第41話 『不思議の国に迷い込んだ貴女を待ち受けていたのはチェシャ猫、白ウサギにマッドハッター!?個性的なイケメンだらけのワンダーランドで、さぁあなたは誰を選ぶ?』
いきなりの自白に面食らう一行を見回して、白ウサギは俯きながら続けます。
「我らが元々居たのは『ワンダーランド』という世界で、アリスはそこの主人公(ヒロイン)だった」
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そもそも、白ウサギは人の姿をしていたわけではありません。ふわふわのぬいぐるみのような姿だったのです。
彼がウサギ穴から落ちてくるはずのアリスを迎えにいったとき、彼女はただ信じられないような顔で自分の手や服装を見つめていました。
俯いたまま追いかけて来ようともしない彼女を不思議に思った白ウサギは、少しずつ近寄ります。
急に視線を上げたアリスは、こちらの姿を捉えると確信したかのような声を出しました。
『白ウサギ! つまりあたしはアリス……アリス!!』
欲望でギラギラと光る目に見つめられた瞬間、白ウサギの身体は急に大きく伸び始めました。
驚く間もなく、気付いたときには身体が成人男性のものへと変化し固定されてしまいました。
息を呑む白ウサギの胸の中へ、アリスは一目散に飛び込みます。
『夢みたい! こんな漫画みたいな事って本当にあるのね!』
興奮したように喋りだす彼女の「夢トリップ」だの「乙女ゲー」だの言う単語はちっとも分かりませんでしたが、ワンダーランドの異常事態はそこから始まってしまいました。
アリスの『創造のチカラ』は暴力的なまでに強く、登場人物はすべてイケメンへと強制的に変身させられ彼女の下僕となりました。逆らう意思さえ持たせないかのように、みんなが彼女の虜になりました。
『僕らのアリス、どこにキスをしたら僕だけのものになってくれる?』
『本当に面白い人だ、この私に恐れをなさない人なんてあなたが初めてですよ』
『お前放っておけないんだよ。元の世界なんて帰らなくていい、ずっとオレの側にいろ』
どこかセリフじみた言葉を並べる仲間たちを、ギリギリのところで正気を保っていた白ウサギは気味悪そうに見つめます。
ぞろぞろと騎士(ナイト)を引き連れたアリスは、ハートの女王の城までたどり着きます。
命じて女王を捕らえさせると、なんのためらいもなく処刑するよう言い渡しました。
『こんな展開は間違っているわ! お前たち何も疑問に思わないの!?』
『悪いねー女王さん、アリスの命令は絶対なんだわ』
ザシュッと音が響き、断頭台から転がり落ちた首がコロコロと白ウサギの足元にまで来ます。
ハートの女王を処刑した後、アリスはますますワガママになりました。
思い通りにならなければ癇癪を起こし、男達にデロデロに甘やかされる毎日です。
ある日、お城の寝室で複数の男に溺愛されていた彼女に対して、白ウサギはとうとう苦言を申し立てました。
『アリス、やはりこんな話は間違っている。今からでも遅くない、やり直そう』
たった一人、鉄の意志でアリスの誘惑に耐え続けていた彼は哀しげにヒロインを見やります。彼女は乱れたベッドの上でクスリと笑いました。
『間違ってる? どこが? あたしはアリスなのよ、アリスは愛されて当然の存在でしょ?』
『違う、こんなものただのまがい物だ!』
うるさそうに白ウサギを見ていたアリスでしたが、ふと何かを思いついたように目を細めます。
『そうだ知ってる? ダムとディーが教えてくれたんだけど、代用ウミガメの家の近くに時空のひずみが出来てるんですって』
『時空のひずみ?』
『えぇ、地面にぽっかり穴が空いてて何でもそこから別の世界が見えるみたい。だけど近寄るだけで身体がズタズタに裂けてしまうんですって。戻ってこれる保障もないし、ヘンな穴よねぇ』
花がほころぶように笑ったアリスは、わざとらしくパンと手を叩くと死刑宣告を下しました。
『そうだ白ウサギ。その穴に飛び込んで向こうの世界との道を作ってきなさい』
『アリス、それは』
『そろそろイケメンに囲まれるだけも飽きてきたのよね、こうなったら別の世界に侵攻してみんなでもーっとたくさん面白いことしましょ!』
『それは素敵だね、アリス』
『アリスは天才だ!』
『それになんて可愛いんだろう!』
どうしても抗うことができません。アリスはもはやワンダーランドの創造主であり神に等しい存在になっていたのです。
『これは命令よ、可愛いあたしの為にやってくれるわよね? 白ウサギィ……』
ギリギリと歯噛みをしながらも、彼は腰を折って深々と頭を垂れました。
『仰せのままに……我らがアリス』
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「そして自分の意思とは関係なく穴に飛び込んだ私が落ちたのは、眠花姫の話だった」
アリスの暗示が効いたままの白ウサギは、亜空間を無理やり通り抜けてズタズタに裂けた身体を引きずりながら暗躍を始めます。
「元々眠花姫の話は裂け目騒動にも巻き込まれていない完全に独立した世界だった。そこで私は彼女の話を捻じ曲げ、君たちの世界――つまりこのごちゃ混ぜになった『かりそめ世界』を引き入れ道を作ってしまったんだ」
「じゃあ、あの時牢屋にいたのはお前だったのか!」
これでようやく謎が解けました。城で眠り続けていた眠花をさらった犯人はこの目の前に居る白ウサギだったのです。
そしてキスをして中途半端に呪いを解き、彼女を森に放置したところで頭夜が通りかかり――話のつながりが出来たどさくさに紛れてワンダーランドとの接続もしたと言います。
仕事を終えた白ウサギは疲れと痛みのショックで記憶を飛ばし、たどり着いた村で行き倒れたところで金魚に拾われたのです。
「はー驚いた。下手人がすぐ隣に居たのに、私はその犯人と一緒になって犯人探しをしていたのか」
「本当にすまない! 洗脳されてたとは言え、私は取り返しのつかない事を……ッ!」
後ろ手に縛られたまま頭をゴッと地面に打ち付けた因幡に、皆なにも言えずに黙り込んでしまいます。
ですがスッと進み出た金魚は、片膝を地に着くとその肩に手を置きました。
「なぁ因幡、やっちまったモンは仕方ない。私も今しがた自分がやらかした事を知らされたばかりだ」
もちろん因幡も金魚がした事を知っています。彼女が世界を繋げたことで、ワンダーランドにひずみができ、それを見たアリスが侵攻を始めるきっかけになったのですから。
「私もお前も悪意があってやったことじゃない。悔やんだところで過去が変わるはずもなし、なら今から自分に何が出来るか考えた方が断然良くないか?」
恐ろしいほどの切り替えの早さです。因幡の両肩を掴んで立ち上がらせた金魚は、愛刀をスパンッと抜き目にも止まらぬ速さで振り抜きます。
「尻拭い、行こうぜ」
チン、と鞘に収めたと同時に手首を拘束していた縄が解けます。
確かに彼女の言う通り、いつまでもウジウジしてたって何の解決にもなりはしません。
ブルッと頭を振った因幡は気合いを入れるように己の頬を叩きました。そして見開かれた明るいピンクのまなざしは、金魚のまっすぐな瞳を転写したかのように澄み切っていました。
「わかった、力を貸そう……だから力を貸してくれ」
満足のいく答えだったのでしょう。ニカッと笑った金魚は力強く頷きました。
「お前が居てくれるなら百人力だ! んでもって任せとけ、私は千人分働いてやる! あだっ」
いきなり背後から剣の平でベシッと叩かれます。振り向いた先には頭夜が呆れたような半目でこちらを見ていました。
「プラス百人力足しておけ、お前を単独で行かせたらまた余計なトラブル引き起こすだろうからな、ストッパーとしてついてってやる」
「あら、ずいぶんと控えめじゃない青ずきん。私なら金魚の倍は活躍できるわよ、新技も習得したことだし」
「えぇと、その……じゃあ僕は半金魚さん、くらいで」
「半金魚ってなんだよ~、私を単位にするなって!」
わちゃわちゃと騒ぎ出す4人を前に、呆気に取られていた因幡は突然ぷはっと噴き出しました。
そのままケラケラと笑い出す男に、今度は金魚たちの方がポカンとしてしまいます。
「ふ、ははっ、君達はほんとに……何だかこちらが緊張してたのが馬鹿みたい――」
そこで見つめてくる4対の目に気付いたのでしょう、少しずつ笑いを落としていった彼はまたずーんと影を背負い始めました。
「すまない……私のような重罪人に笑う資格などありはしないというのに……」
「あーもう、うざったいわね! いいわよ好きなだけ笑いなさいよっ!」
「そうですよぉ、笑顔が一番です」
慌てた灰音と雪流が苦笑いしながらフォローに入ります。すると因幡ははにかんだように少しだけ笑います、それは今までで一番人らしい魅力的な笑顔でした。
「ありがとう、君達は優しいな」
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