第40話 世界安定システム【n.exe】
思わず口をついた言葉に返って来たのは、強烈なチョップでした。
「いだぁーっ!?」
「お~ま~え~な~、せっかく魔女が分離したのに、再び世界を繋げるとか何やってんだ!」
怒りを滲ませた声に、あからさまに金魚が「ぎくぅっ!」と跳ねます。
「世界を繋げた?」
「どういうことよ?」
仲間達に一斉に視線を向けられ、めずらしく言葉を詰まらせた金魚は見る間に縮こまっていきました。
それは金魚たちがヨグを倒し、散り散りにされた後の事です。
魔女の庵で記憶を取り戻した彼女は、何としても頭夜たちと再会の約束を果たすため、世界の境界線をぶっ壊して飛び出して行ってしまったのです。
「お前は知らないかもしれないけどマジでやばかったんだぞ! 各所でひずみは入りまくるし、おとぎ話が互いに干渉し合って大混乱は起こるし!」
ラプンツェルの塔のすぐ側にジャックと豆の木が生えたり(髪を降ろすイベントが台無しですね)
三匹の子豚の『レンガの家』が北風と太陽の対決に巻き込まれ崩壊したり(最後の砦がああ!!)
まぁ各所で色々と大変だったのです。
「俺が各地の監視者に頭下げてどうにかしてきたけど、危うく崩壊するところだったんだからな 」
「ごめん……マジごめん……私の周りは何ともないから大丈夫だと思ってた……」
「あ、あのぉ」
怖々といった様子で雪流が挙手をします。灰音の後ろから覗くように顔を出している彼は不安そうに尋ねました。
「もしかして、また僕たち離ればなれにされちゃうってことですか?」
はぁぁ~っと重たいため息をついたマオは、軽く握った拳の背側でコンと金魚の頭を叩きます。
「もう一回分離させたところで、この脳筋が我慢できなくなって飛び出していくのは目に見えてるだろ? 俺たちもバカじゃない、世界のシステム自体を変えた」
「世界のシステムぅ?」
胡散臭そうに顔をしかめた灰音に、マオも若干タジタジになりながら少し早口になりました。
「や、俺も難しい事はよくわかんねーんだが、魔女さんのツテでそういった構築に詳しい学生が別世界に居るってんで取り次いで貰ったんだ。そいつのアドバイスを元にコイツを作ってな」
懐から何かを取り出したマオは、あぐらを掻いたその前にドンと置きました。
「……」
「……」
「……」
その異様なディティールに一同声を失います。マッチョでハゲ頭でオッサンの姿をした黄金の像です。筋肉美を見せつけるかのようにサイドチェストを決めています。
こちらに向けられる弟子たちの生ぬるい視線にマオはうっと一歩引きます。
「な、なんだよ! 何か言えよ! 言っておくけどデザインしたのは俺じゃねーからな!!」
「い、いや、師匠の趣味にとやかく言うつもりはないけど……」
「目を逸らすな頭夜! お願い!」
俺だってこんなん持ち歩きたくねーよ!とマオは叫びます。その別世界の助っ人さんのセンスは相当なようです。いや、意図的でしょうか?
「とにかく! 見た目はこんなだかがスゲーんだぞマジで!」
言うや否やマオは背面のスイッチをカチッと押しました。
台座からアップライトがぺかーと光り、黄金像がポーズを変え両腕をムキッと上げるダブルバイセプスというポージングを――もう詳細な説明省いていいかな、これ。
「世界安定システム、通称【n.exe】これを話の構成の基点である各監視者の元に置くことで色んな話が混じりあってしまうカオス世界の矛盾をそれとなくパラレル世界に分散してくれるそうだ」
そろって首を傾げる4つの頭を見ていたマオは、痛むこめかみを押さえながら諦めたように言いました。
「俺も最初に説明受けたときおんなじ顔したけどよ……要は矛盾が起こりそうな瞬間、その座標の次元だけをピンポイントでズラしてくれる『なんだかよく分からないけどすごいシステム』とでも捉えてくれ」
「えっらい端折ったわね」
「わかった! スゴイシステムだな!」
もはや考えることを放棄した金魚に一同倣います。仕組みはどうであれ結果が良いものをもたらすならそれでいいじゃありませんか。
デメリットの可能性を考えなくもないですが、あの魔女が一枚噛んでいるのです、自分たちが口を出さなくてもおそらくは大丈夫でしょう。
黄金像のスイッチをカチリと切りながら(それにしてもこのデザインでよく各地の監視者が受け入れてくれたものです)マオは話を続けます。
「つまりこれで世界の崩壊の危機は心配しなくていい。だが一時的にひび割れた世界の隙間を縫って、明らかに童話とは言えない話が『外の世界』からこの世界に殴りこんできた」
「それがあのアリスと名乗った女なのか……」
恐ろしく暴力的な力を思い出しながら頭夜たちは顔を曇らせます。
「な、なんだ? 何の話だ?」
一人だけ彼女と遭遇していない金魚だけが戸惑ったように仲間たちを見回しました。
それに気付いた灰音が途方に暮れたように事情を説明してくれます。
「アンタが飛び出して行ってすぐに、アリスとチェシャって名乗る変態二人組が来たのよ。家が壊されちゃったわ」
「うわぁぁ!? まだ読んでないマンガ寝室に置きっぱなしだったのに!」
不幸な巻き込まれ新米冒険者ヒュウの行く末は気になりますが、聞き覚えのある名前に気付いてはたと動きを止めます。
「あれ、チェシャってヤツなら私も会ったぞ。腹の冷えそうなカッコした紫っぽい猫だろ?」
「えっ、会ったんですか!?」
目を見開いた雪流に迫られ、金魚は自分の来た方向を指しました。
「事情があってすぐ逃げたけどな。こっからだいぶ離れたサフランって村を何が目的かは知らんが制圧してた」
「サフラン村……俺たちが最初に逃げ込もうとしたキャラウェイの街に近いな」
頭夜の言う通り、アリス達の襲来があって最初に駆け込もうとしたキャラウェイの街とサフラン村はさほど離れていない位置にあります。歩いて15分もかからないでしょう。
「俺もあっちこっち駆け回るついでに色々調べてみたんだ。そしたらヤツ等、他に3つの地点を押さえていやがる」
背嚢から地図を取り出したマオは皆に見えるようそれを地面に広げます。見ればこの辺り一帯の地図には全部で5つの赤い丸が付けられていました。
4つの小さな村や街をクロスするようにして、中央に他よりは大きめの都市があります。そこにトッと指を突きたてながらマオはくたびれたように言いました。
「どうやら大ボスのアリス様は現在こちらにおわすらしい。しっかしなんで周りの村や街を押さえてるかがわかんねぇんだよなぁ」
彼にわからない事が金魚たちに分かるはずもありません。皆して頭をひねる中、その事情を知っている唯一の人物が口を開きました。
「それについては私から説明しよう」
「因幡! 正気に戻ったのか?」
「その前にこの簀巻き状態をどうにかしてくれないか、身体も起こせないんだが」
灰音の電撃を喰らって気を失った白ウサギは、荒縄でグルグル巻きにされ転がされていました。足首まできっちり縛る念の入れ様です(それだけ暴れた彼が手に負えないということなのですが)
武装解除された因幡ですが、金魚以外の面々はまだ疑わしげに彼の事を見ています。それに気付いたのでしょう、最低限座って視線を合わせられるくらいで良いと彼は申し出ました。
「まず最初に謝らせてくれ、アリスの居た世界から一番最初に飛び込んで来たのは他でもない私だ」
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