第39話 ここで切れ込みをいれます

 こっそり涙をぬぐっていた雪流と、木に背中を預けて見守っていた頭夜が即座に反応します。湖のほとりに居た二人も同様です。

 チリリと緊張の糸が張り詰めていく中、ついにその影が黒い茂みの中から現れました。

 月明かりを反射してキラキラと輝く金色の髪、深い海のような青い瞳。真紅の着物を身にまとった少女は、今まさに思い浮かべていた人物でした。


「金魚!?」

「金魚さん!」


 駆け寄ろうとした仲間たちは、彼女が肩を貸していた人物にギョッとして足を止めます。ほとんどおぶさる様にしてぐったりしている男は血まみれで、しかもウサ耳が生えていました。

 一体全体、何がどうしてそうなった。と、いうかそれは誰なんだ、いい年してどんな趣味だ。そう聞きたい頭夜たちでしたが、ただ一点を見つめポカンと口を開けている金魚に首を傾げます。


 視線の先にはマオが居ました。真顔でヒラヒラと手を振っている彼に金魚は抱えていた男をドサリと落とします。

 その顔に満面の笑みが広がっていきます。瞳を輝かせた彼女は信じられない!とでも言いたげな口調で彼の名を呼びました。


「マオ兄ぃ!」


 同じように顔を輝かせたマオは両手をバッと広げると名前を呼び返します。


「金魚!」

「マオ兄!」

「金魚おおお!」

「マオにいいいい!!」


 互いに両手を広げて駆け出した二人は感動の――


 ゴシャアァァ!!


 クロスカウンターを決めました。


「何事ーっ!?」

「うわぁぁ!!」

「全力かよ……」


 綺麗な放物線を描いた二人は、猫のようにシュタッと着地すると再び相手へと向かって突撃していきます。


「マオ兄! マオ兄! どうしてここに!?」

「よぉ! 愛しの金ととちゃん。会えて嬉しいぜ」

「元気だったか!? 心配してたんだぞっ」


 普通の会話のように聞こえますが、これらは全て凄まじい応酬の合間に交わされています。感動の再会……と言っていいのでしょうか?

 互いの急所を何のためらいもなく狙っていた二人でしたが、ふいに金魚がビクンと跳ね一瞬動きが止まります。慌てて拳を引いたマオでしたが肩に当たった一撃で金魚は地に転がってしまいました。


「!?」

「っつぅぅ、あいたたた……開いちまった」


 わき腹を押さえたところからじわりと血が広がっていきます。面食らったマオは駆け寄ると傷を確かめました。


「おいなんだそりゃ、誰がどうやったらお前にそんな傷を――」


 負わせられるんだ、と呟きながら視線を上げると、先ほど金魚が落としたウサミミ男がゆらりと立ち上がったところでした。


「……」


 額からダラダラと血を流し、虚ろなピンクのまなざしでこちらを見据える男の姿は壮絶すぎました。実際雪流は恐ろしさの余りへたり込んでしまったほどです。


「白ウサギ!? 白ウサギナンデ!?」


 ぎゃー! と、年甲斐もなく叫ぶマオに、男が振りかぶったナイフが迫ります。


「アリス様ニ 逆ラウハ 全テ、排除」


 ガキン!と硬質な音が夜の湖畔に響き、宙を舞ったナイフが月明かりを反射します。頭夜が際どいところで間に入って止めたのです。彼はすさまじい力をなんとか受け止めつつ背後に鋭く尋ねます。


「師匠! 平気か!?」

「いやスマン、腰が抜けた」

「なっさけないわねもう!」


 続けて銃を構えた灰音、やや遅れて雪流も参戦します。


「アァ……ァァァ」


 3人と対峙するウサ耳男は、完全に理性を飛ばしているようでした。見開かれた瞳がぎこちない動きで倒すべき相手を順繰りに映していきます。


 白ウサギ、ということはアリス関係者。

 頭夜たちはとっさにそう判断しました。殺られる前に殺ろうとそれぞれ得物を構えます。ですがその背中に悲痛な声が投げかけられました。


「ダメだ! 因幡は操られてるだけなんだっ……!」


 未だ血の止まらないわき腹を押さえながら金魚は訴えます。仲間たちは警戒を解かないまま戸惑ったように視線を合わせました。事情がありそうですが、しかし――


「よしお前ら!」


 いきなり膝をポンと叩いたマオは、座り込んだまま弟子たちに向かって声を飛ばします。


「これが卒業試験だ! 三人力を合わせてアイツを生け捕りだ。なるたけダメージを抑えて軽やかにスマートに美しく捕らえてみせろ!」


 その指示で迷いが消えました。顔を見合わせ頷きあった彼らは目を丸くする金魚を背に飛び出します。


「ウ、ググ……ギギ」


 真っ先に肉薄してくる頭夜を迎え撃とうと因幡はナイフを構えます。ところが直前でバックステップを踏まれナイフは空しく宙を切りました。

 普段の因幡ならそこで冷静になって退いた事でしょう。ですが今はただ目の前の相手を打ち倒さねばという焦燥感がジリジリと身を焼くばかり。


(見切れる!)


 深追いするナイフを頭夜は冷静に受け止め、時には無駄のない動きで避けていきます。


「ガッ……!?」


 ふいに動きが重くなった因幡は足元を見下ろします。輝く白い冷気が足元にまとわりついており、見る間にパキパキと凍りついていくではありませんか。


氷塊ヒョウカイソク!」


 雪流が青いオーラを纏う両手を突き出します。全身固められてしまうのを察した因幡はギリギリで範囲から抜け出しますが、白い視界を抜け出したところで輝く紫の光に出迎えられました。


 ふわりと髪を散らした灰音を取り囲むように、薄紫の光がバチバチと音を立てては爆ぜています。スパークは眼前に構えた銃へと収束し、高らかな声と共に撃ち出されました。


紫電しでん!」


 因幡の時を止める能力を持ってしても、イカヅチの速度には到底敵いません。

 理性の欠如した白ウサギはドウと倒れるとそのまま意識を失いました。


 ***


「腹違いの兄妹!?」


 灰音のすっとんきょうな声がキャンプ地に響きます。

 ようやく血も止まり、たき火を囲んで夜のお茶会を楽しんでいた金魚は目を見開く仲間たちに首をひねります。


「そんなに驚くことかぁ?」

「驚くわよ、だって……全然似てないじゃない?」


 顔を見合わせた金魚とマオは、再びこちらを向くとまったく同じ動きで首を傾げました。


「似てるだろ?」

「どこが!?」

「尾びれとウロコ」

「ウロコ!?」


 もはやツッコミが追いつかない二人に代わり、雪流が問いかけます。


「それじゃあマオさんも元々は人魚さんで、人になる薬を飲んで地上にやってきたんですか?」

「いや、俺は今も人魚だぞ」

「だって足……」


 マオの少しゆがんだ足を指した灰音は言葉を止めます。まさか――


「さすがに一本足だと地上じゃ不便だからよ、ぶった切って二つに分けた」

「豪快すぎるわ!」


 何ともブッ飛んだ発想ですが、マオは『足がないなら作ればいいじゃない』とばかりに尾びれを縦に切って気合いで歩き出したと言うのです。

 言葉を失う頭夜たちを置き去りに、数年ぶりの再会を果たした兄妹は和気あいあいと会話を弾ませます。


「マオ兄がいきなり居なくなるからオヤジが心配してたぞ」

「まさか、あの放任主義が心配なんかしてないだろ」

「バレたか。それにしても、何でいきなり城から飛び出して行ったんだ?」

「おいおい忘れたのか、お前がカーチャンに会いたいっていうから俺は地上に探しに行ったんだぞ」

「私の為だったのか!」


 目を丸くする金魚を見て、少しバツが悪そうにお兄ちゃんは頭を掻きました。


「あー、でだ、お前の母親な。手がかりは掴んだんだが後一歩届かなかった。ヨグ騒動で次元が歪んだ隙を狙って別世界へ飛んだらしい。今どこの時空に居るかは謎だ」

「!?」


 母が別世界へ飛んだと言うのももちろん驚いたのですが、それ以上にマオがあの邪神の存在を知っていたことに一同固まります。


「なんで兄ちゃんがヨグを知ってるんだ!?」

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