第37話 修行編って燃える
「やいやいやい! 何してるんだ!」
勇ましく突っ込んだ彼女は村の広場に来ると、今にも殴られそうになっていた中年のおじさんをかっさらいました。それまで鬨の声を上げていた兵士たちの間に一瞬にして緊張が走ります。
「反乱者……」
「抵抗勢力は潰せ……!」
金魚が注目を集めている隙に、因幡は駆け抜けるような俊足で村人を縛っていたロープを切断していました。
即座に一番大きな建物――宿屋を見定めると、その前に張っていた兵士二人の頭をガッと両手で掴み、火花でも出そうな勢いで打ち付けます。
「この中に早く!」
鋭い指示に村人たちはわらわらとその中へ駈け込んでいきます。
兵士たちを牽制しつつ、最後の村人が建物内に逃げ込んだのを合図に二人同時に飛び出します。
仲間内でも最速の金魚と、その超人的速度についていける因幡。
重い鎧をまとった兵士たちが敵うはずもありません。疾走する二つの影が兵士たちの間をすり抜けバタバタと倒れていきます。
――あーらら、誰かと思えば。
隊列を組む兵士たちの間から何者が出てきました。スラリと細長いその男はニヤニヤと目元を細めながら思わず立ち止まった因幡を指さします。
「白ウサギみぃぃぃつけた。会いたかったぜぇぇ?」
それは頭夜たちを襲撃したチェシャ猫でした。飄々とした様子の彼に因幡は困惑したような視線を向けます。
「誰だ? 私のことを知っているのか?」
「あん? なに寝ぼけたこと言ってんだ、お前も生きてたんなら早くこっち来いよ」
ここでニヤリと笑ったチェシャは金魚が危惧していた事を確定させてしまいました。
「アリスもきっと喜ぶ、『手駒』が増えたってな」
因幡は――いえ白ウサギは辺りの惨状を見渡します。
村の柵は壊され、建物はあちこちが破壊され、避難所からは人々のすすり泣きが聞こえます。
これだけの悪行をしている陣営に自分が加担していたと言うのでしょうか。
「冗談はやめてくれ、私はこんな蛮行じみた行いなど――」
「おい、なに善人ぶってるんだよ」
ひやりと冷たい声を出したチェシャは蔑むような視線を向けます。
「お前こっち側のキャラだろ、いくら隠したってお前の本性は」
「やめろ! やめてくれ!」
ズキンズキンと、またあの頭痛が酷くなっていきます。
痛みのノイズの合間に、美しい少女の顔と声が映りこみます。
――やってくれるわね? 白ウサギ
――我らがアリス、望みのままに
自分は、自分は……
膝を着いた因幡を見て、一瞬迷った金魚は引くことを決めました。この人数では彼を護りながら戦うことは無理です。
(アイツらが居てくれれば……っ!)
この時ほど仲間が居なかったことを悔やんだことはありません。チンッと刀を鞘に納め、彼に肩を貸すと跳びました。えぇ跳んだのです。
「なぁっ!?」
トランプ兵たちが驚愕している間に、金魚は三角跳びの要領でひょいひょいと路地裏の壁を上っていきます。そして10秒もしない内に宿屋の屋根に乗りました。半分気を失った男を抱えながらこれです、いまさら何を言うつもりもありませんけど……どうしてこの場にツッコミ役が居てくれないのか、ちょ、ほんとツラい。
そんな自分の異常さにカケラも気づいていない金魚は、屋根の煙突から内部に向かってこう呼びかけました。
「悪い! 一旦引かせてくれっ、別の街で助けを呼んでくるからそれまで持ちこたえられるか!?」
しばらくして顔を覗かせた中年のおじさんは(金魚が助けた人です)グッと親指を立てていい笑顔を見せてくれました。
「非常用の地下通路が近くの森まで繋がってるんだ。もう半数は逃げた、こっちは気にしないで逃げてくれ!」
「わかった、気をつけてな!」
「そっちも幸運を祈る!」
一つ頷いた金魚は支えていた男を抱えなおします。傾きかけた陽を正面に、隣の屋根向かって思い切り屋根の縁を踏み切りました。
***
それから数刻も経たない頃、暮れかけた陽でオレンジ色に染まる森の中を金魚と因幡はゆっくりと歩いていました。
追っ手をなんとか振り切り、村外れの森を抜けて隣の町を目指します。
「因幡ぁぁ、いい加減しっかりしろよ」
いくら金魚と言えど体力は無尽蔵ではないのです。いい加減引きずるのも疲れてきました。
足を止めてふぅと一息ついた時、ようやく男からか細い声が漏れ出ました。
「……私は因幡ではなかったようだ」
「いいや、お前は因幡だ。私が拾った行き倒れのただのウサ耳男だ」
きっぱりと断言すると、彼は虚ろな目を少しだけこちらに向けました。
「だが……」
「早いとこ家に行こうぜー。もう今回のことで懲りた、私一人じゃ何にも出来ないってな」
あえて『白ウサギ』の事には触れないようにしているのです。その事に気づいた因幡は口元をふっと緩めました。
「すっごい夕焼けだな、家の近くにもめちゃくちゃ綺麗な夕陽が見れる丘があるんだ。帰ったら連れてってやるよ」
「そんなにすごいのか」
男は気づかれないよう腰のナイフに手を置きます。スッとそれを抜くと逆手のまま握り込める手に力を込めました。
「あぁ、びっくりするぐらい赤いんだ」
「赤か、赤は私も好きだ」
その鮮やかなピンクの目が妖しく輝きました。
「血の色だ」
***
とある深い森の中に、湖がありました。
澄んだ青い水を湛えた湖は広く、風もないのでその表面はまるで鏡のようです。
その静かな水面に雪流は立っていました。ほぼ中央に位置する箇所に足場だけの氷を作り、目を静かに閉じて精神を集中させています。
「……」
そっと両手を水平に構えると急激に辺りの温度が下降していきます。
「やぁっ!」
カッと目を見開いた彼はその両手を勢いよく振り上げました。同時に凄まじい勢いで湖の水たちが氷のツララと化し突き出ます。
雪流を中心として半径20メートルは凍り付いてしまいました。ですが彼は荒い息をつきそのままペタンと座り込んでしまいます。
「おぉぉいそのくらいでヘバるなー、目標は湖全体を凍らせる事だからなー? ハイもっかいもっかい」
湖のほとりから厳しい師匠の声が飛びます。マオは頭夜の一撃を見もせずに避けながら指摘します。
「頭夜、お前は焦りすぎだ。確かに剣筋は自己流できったねぇがどっちかっつぅと防御型だろーが、そんなに突っ込んできてどうする」
手にした仕込み銃のステッキを剣に見立て、マオは避けから一転攻めに出ます。
「相手の攻撃を誘い込んで受け流しつつ、隙を見て反撃しろ。フェイントも使え、喧嘩に卑怯もクソもねーぞ」
「っの……!」
それを離れた岩場の上から見ていた灰音は銃を降ろしため息をつきました。耳ざとく聞きつけたマオから叱咤が飛びます。
「灰音、サボるなー」
「っるさいわね、サボってないわよ!」
慌てて構えますが、そこら中の木に取り付けられた的を見てやっぱりため息が出てしまいます。
マッチョ売りのオッさんことマオに稽古をつけてもらうことになり、一行は近場の森に篭もっていました。
ここならどれだけ暴れても苦情は来ないでしょうし、特訓にはうってつけです。
ですが乗り気な男子二人とは別に、灰音はイマイチ身が入りません。
おざなりに撃った3発が全て的の中心に当たるのを確認し、またも肩を落とします。
「どうしたツンデレちゃん、課題は千発だったろー。まだ半分も終わってないじゃないか」
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