第36話 言霊の火種
「え」
嫌に覚えのある回避のされ方に灰音はぞわりと悪寒を覚え、次の瞬間宙を舞っていました。
「灰音!」
「灰音さんっ!」
すばやく足払いをかけた謎の男は立ち上がり、間髪入れずに二人に肉薄します。
「っ!」
「うわぁ!」
武器を構える暇(いとま)さえ与えず、あっさりと転がされてしまいます。それでも起き上がろうとした頭夜の鼻先に、杖の先端が押し当てられました。
「仲間が応戦した時点でお前も得物を構えるべきだったな」
「くっ……」
どうやら杖は仕込み銃になっているらしく、黒い丸い穴が開いています。
さらに懐からもう一丁小さめのハンドガンをサッと取り出した男は、振り返りもせずに後方へ一発撃ちます。背後からこっそり撃とうとしていた灰音の足元で、通りのレンガにビスッと穴が開きました。
3分どころか30秒で決着が着いてしまいました。あまりの実力差に頭夜たちはただポカンとするばかり。雪流など腰が抜けてさきほどから座り込んだままです。
「これで朝メシは確保っと」
ニカッと笑った男は、殺意などまるで感じさせない親しげな声で問いかけました。
「で、マッチョは要るか? 望むならお前ら全員、鍛えなおしてやるぞ」
***
三人は約束通り、男に奢るため近くの食堂に入りました。自分たちも走り続けてお腹が減っていましたから一緒に朝ごはんです。
「それで、あの、マオさん?」
マオと名乗った男は口いっぱいにほお張ったまま顔を上げました。1ヶ月は食べていなかったような見事な食べっぷりに頭夜たちのテーブルの周りに人垣が出来始めているのは気のせいでしょうか。
「ゴフッ」
「汚いわね!」
向かいでクリームパスタを食べていた灰音は顔をしかめてサッと身を引きます。雪流の差し出した水をゴクゴクと飲み干した後、マオはぷはーっとオヤジくさい息を吐きます。
「いやすまねぇ、こんなまともな食事は半年ぶりぐらいでな」
「マッチョ売りさんて、儲からないんですか?」
((儲かるわけねーだろ!))とツッコミ気質の二人が心の中で同時に思いますが、彼はその問いかけにダハハと照れくさそうに頭をかきました。
「いやぁ誰も話を聞いてくれなくてな。ここ数年はずっと流浪の旅だ」
「まず名称が怪しすぎるのよ。本家のマッチ売りに土下座してきなさいよ、営業妨害だわ」
「つまり俺たちの師匠になってくれるっていう認識で良いのか?」
頭夜は身を乗り出すように問いかけました。その意外にも乗り気な様子に灰音は目を見開きます。
「ちょっと本気? こんなうさんくさいオッサンに師事を仰ぐつもり?」
「うわー、そこまではっきり言われると傷つくぅ……あとオッサンじゃないから、お兄さんだから」
あからさまな嫌悪感にマオは影を背負います。ですがそんなことお構いなしに頭夜は真剣なまなざしを向けました。
「言動がどうであれ、この人の実力は本物だ。俺たちは早急に強くならなければいけない状況じゃなかったか?」
その言葉に二人は黙り込みます。
アリスと名乗った少女の襲来に加え、さきほどの瞬殺。手も足も出せない状況は密かに彼らのプライドを傷つけていました。
「……親切そうに話し掛けておいて、法外な値段ふっかけるつもりじゃないでしょうね」
灰音はいつものように苛立ちを言葉のトゲに変えました。
流れが向いてきたと感じたのでしょう。マオは言葉のトゲも何のその、ニッと笑いました。
「何、お代は要らん。その代わりちょっと俺の仕事を手伝ってくれ」
「仕事、ですか?」
怪しい仕事じゃ……と不安がよぎったのですが、次の言葉でそんなことも一気にふっ飛んでしまいました。
「そう、お前さんたちをコテンパにしたあのアリス女王をぶっ倒して欲しいのさ」
***
「だからな? ジーさん。この本に見覚えはあるかって聞いてるんだけど」
「あァん? なんじゃよーわからんのう」
「だぁぁ! だーかーらぁ!」
「バーさぁぁん! 斧を出してくれ! 豆の木を切り倒さねぇと巨人が降りてきちまう!!」
のんびりと草を食んでいた雌牛に向かって白髪頭のおじいさんは叫びました。金魚はため息をついてその場を離れます。
「やっぱり髪の毛一本で探すのは無理があるかなぁ」
引き続き眠花の話の『改変者』を探しているのですが、白い髪の毛一本と話を語るのが好きな人という二つの手がかりで目星が付くのは半分ボケかけた老人ばかりです。
コレジャナイ案件を5回ほど繰り返した彼女はトボトボと村へと続く道を歩きます。丘のふもとで待っていた因幡は報告する前に察したようでした。
「そちらもダメか」
「だめだー、「も」ってことはそっちも?」
「なぜか井戸に放り込まれて羽布団を振るわされた」
「なんだそりゃ」
だはーっとため息をついた金魚はふと空を見上げ、寂しそうな声を出しました。
「こういうときアイツらが居てくれたらなぁ。きっと尻叩いて励ましてくれるんだろうけど」
「アイツら?」
「おう、今は家に居るんだけど……」
彼女はパッと顔を明るくしたかと思うと、身振り手振りを交えながら仲間たちのことを話し出しました。
寡黙だけど頼れる青ずきん、素直じゃないツンデレ姫、いつも優しい雪の精。
「でな、その灰音ってヤツがからかうと特に面白くてさ」
嬉しそうなその表情を見ていた因幡も、つられて少しだけ微笑みながらこう返します。
「本当に好きなんだな、彼らのことが」
「あぁ、最高の仲間だ!」
迷いなく言い放った言葉に、男は少しだけ遠い目をしました。
「私にもそんな仲間が居たんだろうか……」
「……」
寂しそうなその口調に、珍しく金魚は言葉を詰まらせました。
切迫した命のやりとりをしたので分かるのですが、因幡の戦い方は完全に単騎スタイルです。それも傷つくことを恐れない、特攻型。
ボロボロになり倒れていた彼はおそらく……
「なぁ因幡、一回家に来ないか?」
「え?」
驚いてそちらを見ると、覗き込むようにニッと笑う少女の顔がありました。
「なんだか急に、お前のこと紹介したくなってきた。きっとみんな喜ぶと思うんだ! だってお前すげー良いヤツだし」
マリンブルーの瞳がキラキラと輝き、力強くまっすぐこちらに向けられています。
因幡の空っぽで木枯らしの吹いていた心の中に、熱々の火種をポンと投げ入れられたようでした。その一言を中心にじわりじわりと暖かくなっていきます。
「灰音の料理が美味いんだ、雪も色んな植物の名前とか教えてくれるしな。それに力仕事を手伝ったら頭夜のヤツ泣いて感謝してくれると思うぞ!」
やや大げさなセールスに、因幡はクスリと笑いました。
「こんな私でも、受け入れてくれるだろうか?」
「もちろん! 私が太鼓判おしてやる」
裏のない純度100%の笑顔で背中をバーン!と叩かれます。俯き加減だった背筋を伸ばせば、世界が少しだけ明るく見えました。
「……楽しみだ」
「よっしゃ、そうと決まれば―― お?」
ようやく丘を越え、村を見渡せる位置まで来た二人は、さきほどまでと辺りの様子が一変していることに気づきました。
……穏やかではありません。簡素な木を組んだだけの柵が倒れ、ぐるりと取り囲むように白い服をベースにした軍隊が整列しています。
「なんだぁ?」
「!」
ぎょっとする金魚の横で因幡が青ざめたように一歩引きます。
村の中心広場で男たちが縛られ転がされているのを見るや否や、金魚は駆けだしました。
「行くぞ因幡!」
その一言でパン!と目の前で手のひらを叩かれたように因幡は我に返ります。トンッと軽く地を蹴った彼は次の瞬間、金魚の横を並走していました。
――いいか! 抵抗するものは殺すっ、今日からここはアリス女王の配下に置かれる。抵抗するものはこうだ――!!
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