第34話 刹那の死合い
男は急に纏う雰囲気を変えたかのようでした。素早くナイフを振り下ろした彼はその返しで金魚の斬撃を逸らします。
キィン!
金魚は足払いをかけながら次なる攻撃を回避します。素早い突きを刀の柄で受け流すと振り向きざまに切りつけます。ところが男はまた消えていました。
「!?」
背後からのわずかなシャッという投擲音に反射的に跳躍します。いま居たところにカカカカッとナイフが連続して刺さりました。
「このっ」
飛び上がったまま刀を逆手に持ち替えた金魚は、そのまま緑の草っ原目掛けて突き立てました。重い破壊音と共に辺り一帯が隆起します。
(足場が悪ければヤツもそうそう移動できないハズ――)
敵を正面に捉えたままハッと短く息をはきます。ところが第六感とも言うべき感覚が背中にチリッと走りました。ほとんど脊髄反射的に振った刀が、背後に迫っていたナイフとぶつかり高い金属音を響かせました。
「そっちか!」
凶器が地面に落ちる前に、二人は飛び出していました。常人ではとても目で追いきれない攻防が激しく繰り出されます。
(すげぇ……すげぇ!)
命のやり取りをしている状況だと言うのに、言いようのない高揚感がこみ上げてきます。目の前がクリアになり、相手の次の手がよく見えます。
「っらぁぁあああ!!!」
「――っ!!」
二人は同時に勝負に出ました。金魚は横向きに振りかぶり、男は下段から、互いの首めがけて空気を引き裂きます。
ガキィン、と荒々しい金属音が広野に響きました。
サァァッ
風が草原を渡り、静寂が訪れます。
それほど間を置かずして、トスドスッと少し離れた位置に二人の得物がそれぞれ落ちました。
「っだあああああ!! 負けたあああ!」
詰めていた息を先に吐いたのは金魚でした。彼女は草の中に仰向けに倒れ大の字に転がります。
それを追うようにしてウサ耳男も地に膝を突きました。その肩は苦しそうに大きく上下しています。
「いや引き分けだ。こちらも今のが最後の一本だった」
「強いなお前! ここまでやるとは思わなかった!」
勢いをつけて上体を起こした金魚は素直に感嘆のまなざしを彼に向けます。
彼女は自分とここまで互角にやれる相手が居たことに感動を覚えていました。まだ肌の表面がビリビリしています。
ですが男は申しわけ無さそうな顔をして手を差し伸べてきました。
「……すまない、妙なチカラを使ってしまった」
「妙なチカラ?」
その手を借りながら起き上がった金魚は首を傾げます。
予想できない位置から攻撃が来たあれでしょうか? 瞬間移動したようにしか見えませんでしたが……?
「あまりにも君の動きが早く、このままじゃ負けると思った私は加速したいと願ったんだ。その瞬間、一瞬だけ君の動きが止まった」
「うぉ」
さらに話を聞くと、この男はおおよそ1秒だけ時を止められるということが分かりました。
みなさんは1秒だけ?と思われるかもしれませんが、戦闘において1秒というのは途方もなく大きいのです。ハイレベルになればなるほど。
「なぁるほど、瞬間移動したように見えたのはそれか」
「……少し時間を置いたら再戦して貰えないだろうか。今度は実力だけで挑む」
悔しそうな男の胸をドンッと突きながら、金魚はニカッと笑って見せました。
「バカだな、能力も含めお前の実力だろ。文句なしに合格だ、行く宛てがないんなら付いて来い」
「そうか……!」
パァッと顔を明るくさせたウサ耳男は、初めて瞳を輝かせました。そうすると少しだけ幼く見えます。
そんじゃま、行くかぁ~とお気楽に歩き出そうとした金魚は、思い出したように急ブレーキをかけました。
「っとと、そうだ名前がないと不便だな」
「好きに呼んでくれて構わない」
彼女のネーミングセンスを知っている仲間が居れば全力で止めたでしょうが、あいにくこの場には二人だけ。
金魚は男を――とりわけ髪からぴょこんと飛び出ている二本の耳を見上げた後パッと決めました。
「じゃ、ウサギだし因幡(イナバ)な」
「いなば?」
「そっ、因幡の白ウサギ。知ってるか? 東方の古い話らしいんだけど、あー嫌か?」
一応は尋ねると、男は目元に少しだけ皺を寄せてひどく優しい笑いを浮かべました。
「いいや構わない、思い出すまで私は因幡でいよう」
***
ガチャリと警戒しながら扉を開けた灰音は、庭の真ん中に立つ人物を見て眉を顰めました。
「……どちら様ですか?」
ひょろりと細長い男と女の子の二人組みなのですが、ずいぶんとおかしな格好をしています。
まず女の子。サラサラの金髪を腰まで伸ばし、頭のてっぺんには黒いリボンカチューシャを付けています。やや鮮やかすぎる空色の瞳はパッチリと大きく長いまつげがそれを縁どっています。
水色のワンピースの上から白いフリルのついたエプロンを被り、足には黒と白の縞々ニーソックス。黒いストラップシューズはずいぶんとヒールが高いようです。腰でリズムをとっている手にはレースのついた黒い傘が握られています。
次に男の人。こちらはとりわけ妙です。なにせピッタリとした皮のベストはヘソだし、腰骨が見えるほどギリギリまで下げられたローライズパンツが何とも変態的ですが、容姿が整っているので不思議とサマになっています。
ほとんど黒に近い藍色のくせっ毛の間からは、三角形をした耳が突き出ています。やはり鮮やかすぎる血色の瞳はニヤニヤと細められていました。
怪しすぎる見た目に灰音が固まっていると、仲間たちもなんだなんだと顔を出してきます。
それを見た少女は楽しそうに口の端をつりあげました。
「あらぁ? いきなり当たりを引いたみたい。中々良い線いってるじゃない。ねぇチェシャ?」
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