3章/箱庭の隣人
第32話 行き倒れ
見渡す限りの海岸が広がっています。
よく晴れた青い空と青い海。
ザザァ、ザザァと一定のリズムで波が打ち寄せては引いて行きます。
春待月の爽やかな風が吹く海岸線を、金魚はのんびりと歩いていました。
「さて、どこに向かうかな」
眠華姫の城から衝動的に飛び出すこと3日。当初はがむしゃらに走り続けていた彼女でしたが、ふと何のあてもないことに気づいて猛ダッシュを止めました。 放っておけば世界の果てまで爆走し続けたことでしょう。気づけて良かったですね。
「んんんー、参ったなぁ。どっから探せばいいんだ?」
あの地下牢で出会った謎の人物を追おうとした金魚ですが、素姓がわからぬ彼を追うのは容易ではありません。手がかりと言えば紙のように白い髪の毛一本と破り捨てられた数枚の紙だけなのですから。
「やっぱりアイツらも連れてくれば良かったかなぁ……いやダメだ! 危険すぎる!」
なにせ今回の敵はまだ正体すら不明なのです。ある程度わかるまでは自分一人で行動した方が安全だと彼女は考えていました。
「とはいえ、私一人じゃなぁ……」
はぁぁと、らしからぬため息をついた金魚でしたが、遠くに見えてきた素朴な村に顔を上げます。
「やっぱり地道に聞き込みするしかないか。腹も減ったしあそこに向かおう」
そこで海岸線から離れ、それなりに大きなその村へと向かったのでした。
***
ところがその時、村では大変な事件が起きていました。
パン屋のオヤジさんは今日も朝早くからジョギングをしていました。近頃ゆるんできたお腹をなんとかするためです。寄る年波には勝てないのです。
ぽよぽよとしたお腹を指して笑った妻と娘を見返してやると密かに燃えていた彼は、金物屋の角を勢いよく曲がったところで何かに蹴つまづきました。
「ぎゃわっ!? まったく金物屋め、またゴミを放置して……」
ブツクサいいながら振り返った彼はヒッと息を呑みました。視線の先に血まみれの死体が転がっていたのです。
「ひいいいっ!!?」
そりゃ平和な村でこんなものをみたら悲鳴の一つも上げたくなります。ですが彼の不幸はこれで終わりませんでした。
「う……」
「ぎゃぁぁぁ!!」
なんとその死体がもぞりと動いたのです。ゾンビです! アンデットです! 生ける屍リビングデッドです!
「ははは祓いたまえー! 成仏なされー! なんまいだなんまいだー!!!」
思わず東方のマジナイを口走りながら、転げる勢いで逃げ出します。
「――めるんだ」
何かをうめいた死体は、そのままガクリと頭を落としました。
***
それから数分後、金物屋の角には人だかりができていました。
ザワザワと話し合うのですが、誰もグッタリとしたゾンビに触れようとはしませんでした。だって見るからに恐ろしいのです。
ゾンビはボロボロの紅いマントを羽織っています――いえ、よく見ると元は白かったのでしょう。裾の方は赤と白のまだら模様になっていて斬新なデザインコートのようでした。趣味が悪いので誰も買わないと思われます。
そして濃い赤サビ色の髪がバサリと顔に掛かっているので分かりづらいのですが、体格からするにどうやら男のようです。
「……」
「困ったなぁ、誰か牧師さんを呼んできてくれよ。埋めてやらなくちゃ」
「いやここはお祓い師さんに頼もう、しっかり成仏してから葬ってやらなきゃ」
「それじゃあ私は墓地の手配をしてくるわ」
「なら俺は花の手配をしてくるよ」
あれよあれよという間に葬式の準備が整えられていきます。ゾンビはうめきながら血をダクダクとたれ流し続けていました。
そこに朝食を求めてやってきた金魚が通りかかりました。人だかりの中心を見てギョッとします。
「どうしたんだよ」
「おや、旅人さんかい?」
「いやぁ、この人が街角で行き倒れてたからこれから埋葬してやろうかと話してたところなんだよ」
「うぅぅ……」
ゾンビのうめき声に、金魚は衝撃を受けます。
「アホかーっ、まだ生きてるだろ!」
どこまでものん気な住人たちは、その言葉にびっくりします。とっくにお亡くなりになってると思っていたのです。
「う、うわーっ、大変だぁ!」
「おいお前! 大丈夫か!」
金魚はうつぶせの体をグイッと反し呼びかけます。男は不思議なピンク色の虹彩をした目をうっすらと開けました。
「今医者を呼んでやるから待ってろっ」
ボヤけた視界に、キラキラ光る金の髪と美しい青い瞳が飛び込んできます。ゾンビは何かを言いたげにその肩をしっかりと掴みました。
「思いとどまってくれ、それだけは……」
「なんだ? うわっ」
急に男がグラリと傾きます。なんとか踏ん張った金魚はその身体をひょいっと持ち上げました。
「横になれる場所を貸してくれ!」
「はっ、はい!こっちに!」
***
その男の人は宿屋の一室に寝かされることになりました。白衣を着た村のお医者さんが手をぬぐいながら一息つきます。
「出血はひどかったけど傷自体は浅いからなんとかなりそうだ、3日も安静にすれば大丈夫さ」
「そうか、そりゃ良かった」
部屋の片隅でおとなしくしていた金魚はニッと笑います。どんな事情にせよ目の前で死なれるのは気分のいいものではありませんからね。
「それにしても、この人はどこの誰なんだろうなぁ?」
第一発見者でもあるパン屋のオヤジさんもここまで付き添ってくれていました。その言葉に金魚は意外そうに片方の眉を上げます。
「この村のヤツじゃないのか?」
「見ない顔だよ、こんな目立つ人が周囲をウロついてたらすぐ気づくと思うがね」
そう言われて金魚は改めて男を――正しくは頭部の辺りを見つめます。
「耳だよな」
「耳だね」
今はペタンと寝ていますが彼の頭には二本の耳が生えていました。白く長いそれは、まるでウサギのようです。
「亜人であることには違いなさそうだけどねぇ」
自身も魚とヒトのハーフである金魚ですが、地上にも『まぜこぜ』が居るとは知りませんでした。
「とにかく、私は村長に報告に行ってくるよ。彼のこれからを相談しなくちゃ」
「あぁ、わかった」
おじさんは、もし身寄りがいるなら送って行くつもりだと言いのこして行きました。この村の人たちはのんきなところは有りますがとっても善良なのです。
***
「う……」
それからしばらくして、男の人が目を覚ましました。まだぼんやりとしているのかピンクの目をあちこちに泳がせ、金魚の姿を映し止まります。
「よぉ、起きたか? 調子はどうだ」
「……」
「ん? しゃべれないのか?」
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