第28話 行ってくる!

 ようやく焦点をこちらに合わせた金魚は、どうにも附に落ちないとでも言いたげな顔をしていました。


「本当に眠花にキスしてないんだよな?」

「だ、だから俺じゃない! ただ倒れてたところを介抱しただけであのコは自然に起きたんだって!」


 妙に慌てる頭夜には気付かず、淡々と続けます。


「だから疑問が残るんだ。眠花を城から連れ去ったのは誰だ? 彼女が私たちをここに呼び寄せたのは何でだ? 彼女を起こした張本人は誰なんだ?」

「!」

「こうは考えられないか? 誰かが糸を引いて今回の事件を意図的に作った、と」


 事態の気味悪さに気付いた頭夜は、背筋を冷たい何かに撫でられたような気がしました。

 ようやく開いた口はカラカラで、自分の物でないように感じられます。


「だがヨグは……『あらすじを喰らう者』は俺達が――」

「ヨグじゃない。ヤツの仕業ならとっくにこの空間がつまみ食いされてるはずだ」

「なら誰が! いったい何のために?」


 つかみ掛からん勢いの頭夜の前に、金魚はピッと紙を一枚突き付けました。


「なんだそれ?」

「私が捕らえられていた地下牢で見つけた。読んでみろ」


 言われるまま、風変わりに細い文字を追って行った頭夜は、それが眠花の物語りと言うことに気がつきました。


 正史通りの、いつまでも王子と幸せに暮らして行きました。と言うめでたしめでたしのストーリーではありましたが。


「これは……!」

「破り捨てられたストーリー。眠花のモノガタリは書き替えられたんだ、運命を変えるチカラを持った何者かによって」


 金魚の脳裏では、あの地下牢で共に捕らえられて居た男の声が再生されていました。


(……務は……ました……滞り……く)

(だ、誰だ? なんでこんなとこいるんだよ)

(本当はこんなことしたくないんだ、けれども私にはどうすることもできない……どうして……)


 今思えば、不自然すぎたのです。

 眠花に聞いてもそんな人物は捕らえたことが無いと言うし、なにより忽然と消えてしまったのですから。

 何か強大なチカラにもてあそばれているような感覚の中、金魚は真剣な顔で立ち上がりました。


「頭夜」

「…………」

「私さ、旅に出ることにする。この手掛かりを落とした人物を追って、なぜそんな事をするのか知りたい。もし遊び半分にやってるなら、止めたい。人の運命を狂わせる、そんなヤツを野放しにはしたくないんだ」


 黙ってきいていた頭夜は、顔を上げないまま口を開きました。


「一人で行くのか」

「……まぁな。こんなこと知ったら巻き込まれるだけだ」


 それきりお互いに黙り込んでしまい、不思議な沈黙がバラの園を抜けてゆきます。

 決まり悪そうに頭をかいた金魚は、ムリに明るい声を出して片手を上げました。


「心配しなくても一週間かそこらで帰るさ。灰音にも雪にも、お前から上手く言っといてくれよ。じゃあ」


 そのままベランダの手すりを乗り越え外の世界へと飛び立とうとします。

 彼は、ほとんど無意識の内に、その白く細い手首をとっさに掴んで引き戻していました。


「おわっ!」


 予想もしない角度から引き戻されたのがまずかったのか、さすがの金魚もバランスを崩し後ろに倒れこみます。

 しかし衝撃はなく気付けば頭夜に抱きとめらる格好で座り込んで居ました。


「な、んだよ。ビックリするじゃないか」


 振り仰ぐのですが、そこにあった表情に思わず言葉を止めてしまいます。


 頭夜は怒っていました。

 無表情でしたが、静かな怒りに満ちあふれていて、思わず息を飲んでしまうほど真剣なまなざしで金魚を見つめていたのです。


「行くな」

「と……」

「どうしてお前が行かなきゃいけないんだ。妙な正義感に駆られる必要なんてないだろう!」


 頭夜だって、金魚の行動が高潔で勇敢な行いだと言うのは分かっています。応援したい気持ちだってあります。

 けれども心のどこかが叫んでいるのです。

 声にならない声が、胸につかえ苦しくなります。


 しばらくして金魚は、ゆっくりと自分を拘束している腕をほどくと、向き直って話し出しました。


「前に魔女が言った。私のモノガタリもどこかにあって、それを終わらせるために全ては動いてるんだって。もしそれに呼ばれて居るなら、私は行くさ。己の気持ちに嘘はつけない。未来の私に怒られてしまうから」


 それはいつかの選択と一緒なのでした。


「どうしても……行ってしまうのか」

「まぁ、そうなんだろうな」

「ならせめて俺だけも一緒に――」


 言いかけた言葉は、優しくほほ笑む顔に止められました。

 そっと頬に手を添えられ、向き直りまっすぐに見据えられます。


「頭夜には、私の帰る場所になって欲しいんだ」

「金魚……」

「お前は、私の大切な――」




「相棒だからな!」




 二ッとイタズラっぽく笑った金魚は、頭夜の両頬を思いっきり左右にひっぱりました。

 鮮やかな痛みに、それまでの艶っぽい雰囲気は一気に吹き飛び、頭夜は跳ね上がり叫びます。


「痛ェ――!!」

「じゃあな!」


 今度こそひらりと手すりに跨った彼女と、一瞬目が合いました。

 その瞬間、二人の間には確かに何かが通じ合ったのです。


「行ってくる!」

「……あぁ!」



 そうして金魚は旅立ちました。


 さてこのお話の続きは――




 続き、は?




「どういうことよ!!」

「どういうことですか!」


 当然と言えば当然な二人の反応に、頭夜は頭の両側からプレスされたような気分になりました。


「あーのーねぇ! そんな説明で『ハイそうですか』って納得できるはずないでしょう!」

「そうですよ! どうして止めなかったんですかっ」

「だから、金魚は……」


 ここは森の英雄が住まう懐かしき我が家。

 そして完全に劣勢の立場に立たされた彼が、金魚が旅立って行った本当の理由を白状してしまった場所でした。


「あーもー信じられないわ。何考えてんのよあの無鉄砲娘は……」

「話の改変者? ですか? そんなものに立ち向かおうだなんて」

「とにかくね――」


 灰音が続いて何かを言おうとした時でした


 トントントン


 規則正しく叩かれたドアの音に、3人は揃ってそちらに顔を向けます。


 トントントン


 中に誰か居る事を確信しているかのようなノックは、途切れることなく入室の許可を求めていました。


 まっさきに我に返った灰音が、慌ててきしむ扉の持ち手を掴み、内側に引き込みました。

 そういえば、金魚はこの壁のへこみを直さないままに行ってしまったな、などと考えながら


「はい、どちらさまですか?」


 そこに居たのは――




 2章/暁の茨姫 おわり

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