第27話 プライドを賭けた闘い

「あの扉です!」

「っしゃ! いくぞ!!」


 雪流が指し示す豪奢な扉を、金魚は切り込むようにして飛び込みます。


 大広間は不思議なほどに静まり返っていて、いっそ不気味なほどの様子でした。

 静寂の広間に立っているのは、2人だけ。


「……」

「……」


 しなやかに爪を構える立つ眠花姫と、長めの銃と短めの銃をダラリと下げた灰音が、対峙している真っ最中のようです。

 ピリピリと空気が帯電しているかのような錯覚すら感じます。

 あまりの気迫に、飛び込んできたはずの二人も何も言えずになりゆきを見守る立場になり、そして――


 刹那、空気が爆ぜました。


「「っらあああああ!!!」」


 お互いに突進し、ちょうど広間の真ん中で衝突します。

 ブワッと気迫がぶつかり合い、衝撃波で辺りのごちそうが吹き飛びますが、彼女たちはそんな事くらいでは止まりません。

 2丁銃をまるで剣のように扱い切り込む灰音に対し、眠花姫は直前で踏み込みその攻撃を飛び越え後ろに回りこみます。

 背後を取られた灰音も、振り向き様に撃ち込みますが、寸でで体の重心をずらした姫はドレスの裾を弾け跳ばすだけで済みました。間髪いれずに繰り出される姫の爪攻撃が、長いツインテールの中ほどを切り裂きます。


 キィン!


 薄紫色の髪が舞い散る中、再び二人は切り結び、ピタリと止まりました。


「……怖」

「ひゃぁぁ~~」


 手が出せずに、ただただ傍観していた金魚と雪流は素直な感想を口に出します。

 それほどまでに彼女らの様子は鬼気迫るものがあったのです。


 ギリギリギリ


「いい加減……お諦めになったらいかがです? 灰音さん」

「冗談じゃないわ! そっちこそ淑女らしくおしとやかにしたらどうなの?」

「あら、それはお互い様でなくて?」

「私は良いのよ! お姫様みたいに振る舞うなんてまっぴらだわ!」


 拮抗する二人の実力は、辺りを惨劇の場に変えるのに十分でした。

 そしてその惨劇の中に、事の張本人であるはずの彼までもが含まれているのに、雪流は気付き驚きの声を上げます。


「あ、あれ? 頭夜さん!?」

「うわっ、お前そんなところで何してるんだよっ」


 それと言うのも、頭夜は高い位置から吊るされたシャンデリアの一角にぶらーんと、それはそれは情けなく吊り下げられていたのでした。自由のきかない体勢で、乾いた笑いを浮かべながら呪詛のように何事か呟いています。


「女……怖い……女……怖い……女……怖い……」


「あちゃ……ありゃトラウマになったな」

「それより彼女たちをどうするんですかぁ~、このお城ごと壊しかねない勢いですよ!」


 眠花姫が切り裂き攻撃で壁を崩す様子を見ながら、雪流が泣きつきます。

 とは言え、完全なバトルハイ状態の二人に何を言っても届かないでしょう。もはや手段が目的になっているのですから。


 チュインッ


「おーっほほほほほ!! 今更そのような豆鉄砲がわたくしに効くとでもお思い!?」


 まっすぐに飛んできた銃弾を爪の一閃で落とし、眠花姫は高らかに笑いました。

 しかし灰音はニヤリと笑い、こう告げたのです。


「そのようね。でも、私の攻撃は貴方をその位置に引き込むための布石」

「なに!?」


 狙いを違うことの無い彼女の射撃術は、目にも止まらぬ早撃ちで的確にシャンデリアの鎖を撃ち抜きました。


「うそ……!」

「さよなら、お姫さま」


 してやったりと、心底幸せそうに微笑む灰音を、絶望の瞳で見据える姫は、動こうとしませんでした。


「わ、わぁぁっ」

「バッ……やりすぎだっ!」


 次に来るであろう惨劇を恐れ雪流は目を覆い隠し、金魚は猛然と駆け出しました。

 ゆっくりと、全てはコンマ単位で動き、そして――







「っぶねー」


 ギリギリで助け出した眠花姫をそっと床に下ろして、金魚は息を吐きました。

 その後ろで轟音と共にシャンデリアが砕け散ります。


「ケガは?」

「あ、あ……」

「もういい、誰も眠花を責めちゃいないさ」


 恐怖が遅れてやってきたのか、眠花はその藍色の瞳いっぱいに涙をため、金魚にすがりついて泣きじゃくり始めました。

 それと同時に、銃を取り落とした灰音が床にヒザをつきます。


「私……いま何てことを」

「事故ですよ、ぜんぶ」


 その横で優しく肩に手を置き、雪流はぎこちなくほほ笑みました。



 そしてその夜の激闘は、街の眠りと共にゆっくりと収束していったのです。


 ***


 泣きつかれ、一晩ぐっすり眠りあかした翌日。すっかり落ち着いた姫は、今は寝室のベッドの上でケガの手当てを大人しく受けていました。その顔はどことなくスッキリしていて、包帯を巻きなおす灰音にほほ笑みかけてさえいます。


「眠り姫であるわたくしは、本来この城で目覚めるはずでした」

「本来? ってことは……」

「えぇ、何者かにわたくしの体は盗まれ、とある深い森へと置き去りにされていたようなのです」

「それが青ずきんの居た森だったってワケね」

「目覚めたわたくしはこの方こそ、と思ったものですわ」

「だから俺は何もしてないからな! 誓って――いたたた……」


 隣のベッドに寝ていたミイラ男……もとい頭夜は憤慨するように声をあげました。が、大声が触ったのか『く』の字に体を折り曲げてはうめき声をあげています。


「無茶しちゃダメですよ~、あんな高いとこから落ちたんですから」

「くそー、なんでシャンデリアが落ちるんだよ。っとに女運が悪い……」


 そうです、シャンデリアにぶら下がったままだった彼は、あの騒ぎの時もれなく一緒に落下していたのでした。結果的に言えば今回一番の被害者は彼でしょう。


「姫さまをたぶらかしたりするからじゃないの」

「だから――」

「あーもう、大人しくしてて下さいよぉっ」

「ぐああっ!」


 氷の針で無理やりベッドに縫い止められ、頭夜は完全に気絶しました。

 そんな様子をフフフと笑って見守っていた眠花は、少し表情を陰らせて話を続けます。


「眠り姫と言う魔法の要が居なくなったことにより、この城で眠りについていた皆は滅ぶ他ありませんでした。中途半端に魔法が解けたため、夢から覚めることも出来ず、餓死していったのです……」

「……」

「その後ろめたさからでしょうか、わたくしは「物語りを修正しなければ、『王子』を獲なければ」と必死でした。思えば何かに取り付かれていたのかもしれませんね」


 爽やかな風が吹き込む窓からは、まだ結婚式がとりおこなわれると信じている賑やかな城下町の声が聞こえます。


「今回のことで、皆さんには多大なご迷惑をかけてしまいましたわ。なんとお詫びしたらいいのか……」

「バカね、お姫様。こういう時はこう言うのよ」


 イタズラっぽく笑った灰音は、片目をつむってこう言いました。


「呪いから起こしてくれて、ありがとう。ってね」


 その言葉に、眠花はようやく心の底からの笑顔を見せてくれました。


「感謝します。森の英雄さん。わたくし、全てを失ってしまいましたけれど、ここからまた始めて行こうと思います。信じていてくれる民のためにも」


 その姿はとても気品と覚悟に満ちあふれ、輝いてみえました。

 灰音と雪流も、力強くうなずいて笑いました。


「頑張ってください、僕たちも応援してますから。お姫様の役割に疲れたらいつでも遊びに来て下さいね」

「私と対等に渡り合えるくらいだもの、何があったって乗り越えていけるわ」

「いつかまた、灰音さんとはお手合わせ願いたいものですわ」




 笑い合う3人を横目に、ようやく目が覚めた頭夜は気付かれぬようにコッソリと部屋を抜け出しました。よろめきながら塔の階段を登っていきます。


「っててて……雪流のヤツこんなにきつく包帯まきやがって、治るものも治らねぇよ」


 拘束具のようにまとわりつく包帯をかなぐり捨て、外の空気でも吸おうかとテラスへの扉を開けます。


 見事にバラが咲き乱れた空中庭園の真ん中には、見慣れた金髪の少女が一人ベンチに腰掛けこちらに背を向けていました。


「……金魚?」


 めずらしく放心したようにボーッとしている彼女の側に寄り、目の前で手を振ってみます。


「何やってんだ? 眠花がお前に会いたがってたぞ」


 そう言ってみても意識をこちらに戻すことなく、ただ一点を見つめて居た彼女は、ややあってぽつりと呟きました。


「頭夜、何か……おかしくないか?」

「ん?」

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