第25話 獄中の奇妙な出会い
「何も。ただ式がおわるまでは彼女には地下牢に居てもらいます」
振り向いた頭夜は、全身の筋肉がこわ張るのを感じました。何もできないまま、眠花姫に抱きすくめられます。
「わたくしは、わたくしの好きなようにしますわ」
***
カーニバルの魔法の光を反射してキラキラと輝く噴水。そのしぶきを眼で何となしに追いながら灰音と雪流は座って居ました。ですがついにしびれを切らした灰音が立ち上がります。
「おっそぉーい!! まったく、何が『待っててくれ』よ! 一向に戻ってくる気配がないじゃない!」
何せ金魚が屋根渡りでどこかに行ってしまってからもう1時間は経ちます。二人とも忍耐力はある方とはいえ、そろそろ限界でした。
「本当に、どこに行ってしまったんでしょうかねぇ」
「青ずきんと言い、金魚と言い! 待たされる身にもなってみなさいよっ」
ブツブツと続ける灰音を横目で見て、何を思ったのでしょうか、雪流はちょっとだけ気後れしながらも話しかけました。
「その……灰音さんは」
「え?」
「もし頭夜さんが――」
その時、ふいに広場がざわめき立ちました。
人込みが自然と割れ、お城の方から現れた一団はイヤに見覚えのある人たちでした。
「我が街へ、ようこそおいで下さいました。歓迎いたします」
「ふん、心にも無いこと言わないでよね」
その人たちとは誰でありましょうか、あの家のドアを破壊しとんでもない招待状をもってきてくれた軍人さんたち御一行でした。森の中でも街中でも変わらない一糸乱れぬ見事な動きで、あっという間に2人を取り囲んでしまいます。
「な、何するのよ」
ギョッとする灰音の腕を掴み、隊長さんは表情を変えないまま淡々としゃべります。
「姫さまがお呼びです。城までご同行を」
グイッと力任せに連行される2人は焦ったように抵抗しますが、鍛えている屈強な戦士にはとうてい敵いません。金魚ならともかく、灰音たちはか弱い女の子――あ、いえ子供なのですから。
「うわわわわっ」
「ちょっとどこ触ってんのよ!」
「大人しくして下さい。姫さまは、死体でも構わないとおっしゃっていたのですよ」
「っ……」
背中にイヤな汗が伝うのを、灰音はハッキリと感じとりました。
***
「うぅ……ん?」
最初にチカチカと星が見えました。そしてそれが収まると、うすぼんやりと光る何かだけが見えました。
「お? 牢屋?」
鉄格子の向こう側にみえる、たよりない明かりだけが光源のその場所は、どう考えても牢屋の内側でした。
上半身を起こしブルッと頭を振った金魚は、後頭部に走った激痛に思わず顔をしかめます。
「あたっ! っつぅ~受け身も取れないなんて、なまったかなぁ、私」
どうやら落ちてきた時に作ってしまったらしい大きなタンコブをさすりながら、周りを見回します。
薄暗いジメジメとした空気と、どことなくカビくさい臭いがツンと鼻をつきました。
「まいったなぁ……」
グぅと鳴ったおなかをさすり、金魚は鉄格子を掴んで大声を張り上げるのですが――
「おぉ~い! なんか食わせてくれよー! 囚人にしたって扱いってもんがあるんじゃねーのー?」
「……務は……ました……滞り……く」
「!?」
他には誰もいないと思っていたのでしょうか、必要以上にビクッと反応した金魚はおそるおそる後ろ――つまり同じ牢屋の中の暗がりに向き直ります。
「だ、誰だ? なんでこんなとこいるんだよ」
呼びかてみるのですが、暗がりの影はこちらの声が聞こえていないかのようにブツブツと続けます。
「本当はこんなことしたくないんだ、けれども私にはどうすることもできない……どうして……」
一瞬、ランプの光が反射してキラッと何かが光ったような気がしました。ですが目を凝らしている内に影自体が薄くなり消えてしまいます。
警戒しながら近寄ると、短めの白い髪の毛が一本だけ落ちていました。透き通るような雪流の銀髪と比べるとこちらは紙のような真っ白さです。
「???」
しばらく首を傾げていた金魚でしたが、それ以上悩んでいても答えは出せません。それよりもここから脱出するほうが重要です。そこで檻の方に戻って力任せに押し曲げようとするのですが、妙に柔らかい感触に首を傾げます。
「なんだこりゃ。グニャグニャじゃないか」
びよびよ、と伸び縮みする檻は何重にもなっていて、上手い具合に壊すことができません。ムリに押し抜けようとしても絡まって押し戻されてしまうのです。
「っならぶったぎる――」
なじみの位置に手をやるのですが、そこにあったはずの青い刀は外されていました。
「んがぁ」
武装解除をされた金魚に、この牢を出る術はありませんでした。
「待機かぁ……性に合わないなぁ」
潔く負けを認めた彼女は、ドスッとその場にあぐらを掻いて仲間の助けを待つことにしました。
ぐぎゅるるぐうぅぅぅうぅぅぅ
……切なくなるお腹に、配給も待つことにしました。
***
雪流にとってお城と言うものに足を踏み入れたのはこれで二回目です。
一度目は自分の生まれ育った氷の城。有りとあらゆる色を白で覆い尽くしてしまったとても静かで美しい城でした。
ですから二度目となる今、いばら城の色鮮やかさに圧倒されてしまい、まぶしさに何度もまばたきを繰り返すのでした。
「め、眼がチカチカします……出る頃には何もかも色あせて見えてしまうんでしょうか」
「眼の心配より命の心配をしなさいよ。生きてここから出れるかどうか怪しいもんだわ」
後ろ手にしばられたまま、ひたすら豪奢な回廊を進んでいた灰音は、ある事に気がつきました。
(この城、召使いが一人も居ないわ)
掃除は隅々まで行き届き、チラチラとゆれるロウソクの火も絶えていないのに、人の気配が微塵も感じられないのです。
自分たちと捕らえている男たちの足音が不気味に響いていく音にも、ゾッとし思わず振り返ってしまいます。
「何なのよ、ユーレイ城のゾンビ姫ってワケ?」
「え、えぇっ?」
ひときわ大きな扉の前に立たされた時、灰音は恐れを通り越して怒りが湧き上がってきました。いえ、再燃してきたと言った方が正しいかもしれませんね。
キッと見上げ、よく通る少しだけキツい声でこう呼び掛けました。
「人を呼び立てておいて顔も見せないなんて、よっぽど見られたくない姿でもしているのかしら、眠花姫!?」
ギギ、ギ……
ゆっくりと、焦れるほどにもったいをつけて開いていく扉の向こうを見た瞬間、灰音たちは喉の奥から込み上げる悲鳴を飲み込む事に必死になりました。緩やかなワルツが鳴り響く広間には、中身のない鮮やかなドレス達がクルクルと回転しながら踊っていたのです!
「おっオバケ……ひゃあ!!」
美味しそうな料理が載せられたお盆『だけ』が眼の前を横切り、雪流は情けない声をあげて飛び上がりました。
よく見れば楽団も幽体のようで、宙に浮いたバイオリンの弓が弾かれています。その光景はなかなかに見物ですが、今の二人にとっては不気味さを増すための材料にしかなりません。
ボロッ
「ひぃぃっ!?」
すぐ後ろで控えていたはずの軍人さんたちが、突然土くれのように崩れさる様をみて、いよいよ雪流は涙目です。
その時、とつじょ音楽が鳴り止み、正面に据えられていた大きな椅子の影から小柄な人物が現れました。
警戒しながら寄り添うように立っていた二人でしたが、思わずそちらに興味を引かれ顔を向けます。
「ようこそおいでくださいましたね、森の英雄さん」
それはこの城の主、眠花姫その人でした。
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