第24話 強く、優雅に、美しく

「ぐぁっ!」

「おいおいなんだぁ? いつからそんなゴツくなったんだよ、お前ら」


 パッと跳んで逃げた金魚は、続々と狭い路地に押し入ってくるガタイの良い覆面男たちへと問います。


 タンッ タタンッ


 両側の壁を蹴り、わずかな出っ張りを足掛けに、彼らの上を飛び越した彼女はそのまま商店街の屋根を跳んで行きました。


「妙だな、まだこの街じゃ恨みは買ってないはず……」


 ためらわずに追って来る覆面男たちを横目で見ながらつぶやきます。

 初めましてようこその歓迎にしては荒っぽいような気がしなくもありません。

 そんなことを考えつつも自在に街の空を翔けて居た金魚は、人込みの中に見慣れた紫と白の頭を見つけました。


「おぉい! 灰音っ、雪っ」

「金魚さん!」

「どこ行ってたのよアンタ! っていうかどこから話しかけてるわけーっ!?」


 そりゃ見失った連れが時計塔の長針にぶら下がりながら話しかけてきたら誰だって驚くでしょう。

 奇異の眼に晒されているとも知らず、お構いなしに金魚は尋ねます。


「変な男たちに絡まれなかったかぁぁ!」

「酒場から出て来た酔っ払いなら5人くらいねぇ! それがどうかしたぁぁ!!」


 距離にして数十メートルは離れている上に、ひっきりなしに鳴り響く花火の音で必然的に両者の声は大きくなります。


「たけやぶやけたー!!」

「はぁー!? よく聞こえないわよー!」

「こねこねこのこー」

「だから何だって言うのよ!」

「灰音は青ずきんがすきー!」

「なっ、なにいってんのよバカ!」


 とてもじゃないですがまともな会話は望めそうにありません。


「まいったなぁ、狙われてるのは私だけか……取りあえずコイツらまいてくる! ちょっと待っててくれー」


 視界のはしに時計塔の梯子を登ってくる黒い影を認めた金魚は下を向いてこう言い残し、また屋根の向こうへと消えて行ってしまいます。


 残された二人はただただ途方に暮れるしかありませんでした。


 ***


「頭夜さま」


 甘い声でささやくように名前を呼ばれた彼は、振り返らず答えました。


「何か?」

「相変わらず連れないお方……話をしている時くらい、わたくしを見てくれても良いではないですか」


 今夜何度目になるか分からない溜め息をついた頭夜は、ようやく振り返りこう尋ねました。


「姫、何の御用でしょうか。」

「用が無くては話しかけてはいけないのですか?」


 完璧な形の唇を耳元によせ、眠花姫は甘えるように彼の首へと手を回します。


「式は目前に迫ってるというのに、ちっともわたくしに心を許してはくれないのですね」

「あなたは……思い違いをしています」

「ふふふ、そんなことありませんわ。貴方様はわたくしの運命の人。間違えることなどありえません」


 会話が途切れ、花火の音が二人の間を抜けていきます。


「お茶でも煎れてきますわ」


 いつもより数段は無愛想な頭夜でしたが、姫はそれにも気分を害した様子はなく、にこやかに隣の部屋へと立ちました。

 しばらく渋い顔のまま立って居た頭夜は、ガラス戸を押し開け花火が踊る夜空の中へと出ました。

 ベランダの手すりへと寄り掛かり、思い詰めた表情で城下を眺めて居た頭夜でしたが、ふいに目の前に飛び上がってきた赤い物体にド肝を抜かれてしまいました。


「あ」

「きっ……!」


 驚き言葉が詰まる頭夜の前で、金魚は細い欄干の上に見事に着地します。


「金魚!!」

「頭夜、なんだこんなとこ居たのか」

「おま、どこから」


 その問いに、ん~? と頭をかいていた彼女はポンと手を叩くと、おもむろに背負っていた黄色いリュックサックの中から何かを取り出してポイと投げました。


「そうだ、おめでとさん。これは私からのご祝儀だ」

「手ぇ――!?」


 それは、ご丁寧にリボンでラッピングをほどこした『クマの手』でした。


「いやぁ、本当は丸々1匹仕留めたんだけど、灰音に止められちまったんだ。気持ちだけになっちまったが――」

「アホかーっ!!」


 ベシッと金魚の顔にクマの手を投げ返した頭夜は、荒い息のまま焦ったようにこう言いました。


「いいから一刻も早くこの街から離れるんだ、お前ならまだ逃げれる」


 珍味なんだぞーと少しむくれていた金魚でしたが、その余りの切迫した表情にキョトンとしてしまいます。


「おいおい、招いておいてそりゃないだろう。私だってご馳走食べたいんだから。独り占めする気か?」

「ふざけてる場合じゃないんだ。眠花には誰にも逆らえない」


 その時、見計らったかのようなタイミングで、柔らかな声が緊迫した間に響きました。


「頭夜さま?」


「っ……」


 おそるおそる振り返った先には、ティーセットを持つ眠花姫がにこやかに立っていました。

 彼女は机にお盆を置くと、感激したかのようにパンッと両手を合わせて眼を輝かせます。


「まぁ! あなたが金魚さん? 初めまして」

「おう、金魚だ。えーと、ミンファ姫?」

「噂はかねがねお伺いしていますわ」


 求められるままに、手を差し延べた金魚はピクッと反応したかと思うと素早く飛び退いて、部屋の隅へと下がりました。

 ジッと指先を見れば、少しだけケムリが立ち上ぼっているようです。ピリピリとした刺激に顔をしかめ眠花姫を見つめます。


「頭夜さまと同棲しているんですってね。よくもその小汚ない格好で来れたものですわ」

「爪になんか仕込んでるのか……」


 その可愛らしい手を振ると、鮮やかなピンク色の液体が彼女の指先からあふれ出しました。


「わたくしのマニキュアは特別製ですの。お気をつけ遊ばせ、触れれば一瞬で飴細工のようにとろけますわよ」


 コロコロと笑う姫は、遠慮なしに次々と金魚を攻撃していきます。


「どっわ! あぶねっ」

「やめてくれ姫! コイツはすぐに森に帰す!」

「いいえ、いくら頭夜さまの頼みと言え、これだけは聞くことが出来ません。この女だけは!」


 豪奢なカーテンを盾にしていた金魚は、焼け焦げたそれをバッと払うと怪訝そうな顔をしました。


「なんだなんだ? 私そんな恨まれるような事したっけか?」

「自覚が無いんですの!?」


 信じられない! とでも言わんばかりの眠花姫は、噛み付くような勢いで何かを言いかけました。


「頭夜さまは貴女を――」

「うわぁぁあああ!!」


 それをさえぎりとつぜん奇声を上げた頭夜に、対峙していた女性2人はビクッと静止してしまいます。


「……」

「……」

「……」


 三者が三様に固まる中、沈黙をやぶったのはうっとおしそうに髪をかき上げた眠花姫でした。


「まぁ良いですわ。頭夜さまがそこまで言うのなら命は助けて差し上げましょう」

「おぉ、ありがとう」


 なぜか素直に礼を言う金魚にヒクリと顔を引きつらせ、姫は近くの壁に手をかけました。


「ですが、このままやすやすと返すわけにはいきませんの」

「ん?」


 カチッ

 どう聞いても『トラップが発動しましたよ』と言う音をたてて、壁に見せかけたスイッチがヘコみました。


「うぁっ」

「き、金魚!?」


 するとバコンっと小気味いい音と共に、金魚の立っていた床が下側に開いてしまいました。

 慌ててかけよりますが、落ちていった先は真っ暗で何も見えません。


「姫! 何をしたっ」

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