第23話 唐突な知らせ

「ぶふぉ!」

「眠花(ミンファ)姫さまより森の英雄達に伝言である! 心して聞くべし!」


 打ち壊さんばかりに外から開かれたドアに、まるでコントのように金魚は挟まれてしまいました。


「き、金魚さぁん!?」

「何なのよアンタら!」


 憤慨する住人にはまるで無関心に、戸口に立つ厳めしい顔つきをした軍人さんは淡々と続けます。


「このたび、我らが姫様と頭夜殿がめでたく御成婚の運びと相成った。」

「な、なんですってぇ――!?」


 まさに寝耳に水な頭夜の結婚話に、当然のことながら悲鳴を上げたのは灰音でした。


「ついては新郎であらせられる頭夜殿の御友人である貴殿らに式に出席して頂きたく、こうしてやって来たのである」

「は、灰音さん!」


 ふらぁ、と音もなく後ろに倒れかける灰音を寸でで受け止めた雪流も、目を白黒するばかりです。


「式は3日後にいばら城にて行われる。それまでに来られたし……『と、建前上はそうなっているが、貴様らのような貧乏人どもに来られては迷惑だ。身の程わきまえてすっこんでろよカス』と姫様はおっしゃられた。つまりはそういう訳だ。では失礼した」


 雪流が何も言えないうちに、森の中を進軍しながら軍人さんたちは去っていってしまいました。


「ぺっぺっ! あーあ、ひでぇことしやがる。見ろよ、壁が私の型にへこんでるぞ」


 ようやくドアの裏からはい出してきた金魚は、壁にポッカリ空いてしまったヘコみを悲しそうに眺めます。きっと直せと言われるのは自分でしょうから。


「今度は左官か」


 仲間の結婚よりも壁のヘコみを気にする彼女に焦った雪流くん。慌てて尋ねます。


「たたた大変ですよぅ! ちゃんと聞いてました金魚さん!?」

「あぁ? ちょっと引きはがすのに夢中であんまし聞いて無かったんだよな。えーと、頭夜が血痕まみれで見つかっただっけ?」

「ぜんぜん違いますっ。頭夜さんがどこかのお姫様と結婚しちゃうかもしれないんですよー!!」

「なにぃー!?」


 一瞬だけ固まった彼女は、次の瞬間爆発するような笑いを始めました。


「どぅわっはっは! あの、あの頭夜が結婚? ありえねー! 相手カエルの姫じゃねーの? ぎゃはははは」


 腹を抱えて床を転げまわる彼女を足でガッ! と、止めたのは、ゆらりと立ち上がった灰音でした。


「笑い事じゃないわよ」

「よ、よう灰音嬢。ご機嫌……麗しくねーな、どうみても」


 ようやく笑うのをやめた金魚は、どっこいせと立ち上がるとまだ開け放しだったドアをようやく閉めました。


「だいたい、あの頭夜と結婚する物好きなんてどこの姫さんだよ? アレはどーみても貴族受けするような男じゃないだろ」


 粗野で寡黙。平民の代表のような頭夜がお姫様の横に立つ様子がまるで想像がつきません。どうしても『繊細』と言うよりかは『ワイルド』な印象が先にたつ男なのです。


「いばら城の眠り姫、眠花」

「ん?」

「彼女なら、やり兼ねないわ」

「知ってるんですか? 灰音さん」


 難しい顔をしたままの彼女は、やっかいそうに髪をかき上げました。


「いばらの城で眠り続ける美しいお姫様。優しく勇敢な王子様のキスで目覚めるの――っていうくっだらない噂を城下町に居る頃に聞いてね」

「つー事は何か? 頭夜がその姫さんにキむがっ」


 素早く無言でその口をふさいだ雪流は、まだ分からないといった感じで続けます。


「それでその、やりかねないって言うのは……?」

「眠花は契約で相手を縛るのよ。捕らえた男は逃がさない。ふん、なるほどね。青ずきんが帰ってこないワケだわ」

「なら頭夜さんはムリヤリ結婚させられるって事ですか!?」


 ギョッとした彼の前を横切り、半目状態のままの灰音は寝室から予備の弾倉一抱えを持って来ると、旅用のリュックに詰め込みました。


「身の程をわきまえろ? すっこんでいろカス? 上等じゃない……」

(ひぇぇ~っ)


 ブツブツと呟く彼女をよそに、こちらはこちらで金魚が携帯用食料をまるごと一箱抱えてきました。


「出かけるんですね金魚さん!」

「おう! 当たり前だろ」


 やっぱりこの人は人情に厚いんだと雪流は感激しかけたのですが、その期待は次の言葉で打ちのめされてしまいました。


「やっぱり式に持ってく手土産は居るよな? クマを1頭くらい仕留めてから行くか」

「……僕も仕度してきます」


 根っからのツッコミではない雪流は、彼女たちの相手を放棄して自分も旅の仕度を始めたのでした。


 ***


「それにしても久しぶりだなぁ、こうやって3人で旅するってのは」


 翌朝、まだ陽も昇らぬうちに森の家を出発した3人は街道を歩いていました。

 目指すいばらの城はゆっくり歩けば明日、急げば今日中にはつけるかといった位置にあります。


「いつも何でも屋の仕事は単独だし、あってもペアだもんな」

「そうね。わたしたちが出会った頃以来じゃない?」


 一晩寝て多少は落ち着いたらしい灰音が、少しだけ懐かしむような顔で城下町を見下ろします。

 かつてあの街で、姉と母から奴隷のように扱われて居た自分を連れ出してくれたのは、強い光を放った金魚と――


「頭夜」


 今だ恥ずかしくて呼べない彼の名に、鼓動が跳ね上がります。


「ってばよー、確かあの時凍ってたよな」

「はは、本当に申し訳なかったです……」

「雪の色仕掛けの大勝利だったもんなぁ」


 にっしっしと笑う金魚はふと気付きます。


「あれ、そう考えるとなんだか頭夜ってばヒロインポジション……」


 言われてみれば、確かに捕らえられたり犠牲になるのはいつも彼だったりします。


「頭夜姫?」

「は、早く行くわよ」

「そうですね」


 脳裏に浮かんでしまったドレス姿の壮絶な姿を必死に打ち消して、3人は道を急ぎました。

 この分ならば、夜には着けそうです。


 ***


「うわぁ」

「ひゃー」

「うぉー」


 三者三様の反応をして、金魚たちは街の入り口で立ち尽くしていました。

 きらびやかに装飾のほどこされたアーチの向こうには、長く続く城下町がすばらしい賑わいを見せていました。


 パンッ パパン!


 いばらの城をバックにして夜空には花火が咲いて居ましたし、あちらこちらから子供たちが慣らす爆竹の音がします。


「すごいですねぇ、何かのお祭りでしょうか?」

「ちょっと金魚! さっそく出店に群がるんじゃないわよっ」


 喜々として走り出した金魚の服のすそを、後一歩のところで掴み損ねた灰音は、まったく……と溜め息をつきました。


「何の浮かれようなの? こんなんじゃ城に近付くのも一苦労じゃない」

「そうですねぇ」


 何か情報はないかと辺りを見回していると、ヒラヒラと一枚のビラが舞い降りてきました。

 見れば豪華な城を背景にした1組の男女が、仲良く腕を組んでニッコリしている絵が描かれているようです。

 見事な赤銅色の髪が波打つ眠花姫の隣で、見たことも無いような爽やかな笑顔を浮かべているのは――


「ま、まぁ分かってたことだけどねっ」

「………」


 雪流は考えました。

 このビラを掴まえたら、彼女は間違いなくお腹を抱えて笑い転げるだろうな、と。


 ***


「ぶわーっはっはっは! なんじゃこりゃ!」


 予想に違わずと言いますか、時を同じくして金魚もビラを掴まえ、爆笑している所でした。

 なにせ頭夜とおぼしき青年はキラッキラの瞳に超絶爽やかなスマイルを浮かべ、王子様ばりの服装を着ていたのですから。

 普段の仏頂面の彼を知って居る金魚にとっては最大級のギャグにしか見えません。


「ありえねー、これ持って帰って灰音の枕元に飾ってやるか。ヒぃー腹イテー、おいこれ見ろよ」


 よろよろと酔っ払いのように路地裏に入り込んだ彼女は、後ろに居るはずの連れに話しかけました。


「あり?」


 迷子になったのにも気付いていなかったのでしょうか、金魚は心底不思議そうな顔をして、自分へと降り下ろされる棍棒を見つめました。

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