第21話 あなたと奏でる狂想曲-後編-
「ぶわーっはっはっは!!」
そろそろ陽も傾いて来ようかという頃、屋敷中に金魚の盛大な笑い声が響きました。その隣でメイク道具を手にしたお嬢さんもプルプルと肩を震わせています。
「おい……」
「わ、悪い、笑ってない、笑ってないぞ」
「くっ、ぷぷ」
「これの……っ、どこが良い作戦だあああ!! 答えろゴルァァァアア!!!」
そう雄たけびを上げた頭夜の格好はバケモ――失礼、大変ユニークな物になっていました。
お嬢様と同じ栗色のサラサラなロングヘアー。
ステージ用の背中が大きく開いた群青色のドレス。
悪ノリしたお嬢様が調子にのって施したメイクでまつげはバシバシ、アイシャドウがこってり塗られ、ほっぺたにはチークがぐるぐる模様を描いています。
「まぁなんだ、悪くないぞ? 自信持てよトーコ! 私が男なら間違いなく嫁に貰ってやるからさぁ。骨太だし」
「ブフォ!」
ヒェッヒュッぐふっ とツボにはまってしまったらしいお嬢様は「ちょ、ちょっと失礼」とだけ言い残し退出しました。今晩うなされないと良いのですが。
怒りのためフシューフシューと変な鼻息を出していた頭夜は、いきなりカツラをむしり取ると背中を向けました。
「帰る」
「わーっ、待て待て! なんだよ~ヘソ曲げるなって」
「っるせぇ! こういうのこそ雪流の出番だろうがっ、選手交代だ!」
「コンサートは今夜って言っただろ、今からじゃ呼びに行ったんじゃ間に合わないって」
ひとしきり笑った金魚は満足したのか、あっけらとこう提案しました。
「分かった分かった、私が囮をやろう。それなら文句はないだろ?」
最初からそうすりゃ良かったなとニカッと笑われ、頭夜は沈黙します。
しばらくして落ちていたカツラを拾い上げ再び自分で被りなおしました。
「やっぱり俺がやる」
「お?」
女心は秋の空。と言いますがこの心境の変化は何なのでしょう。女装してついに女心に目覚めたか?など失礼なことを考えていた金魚に彼はこう言いました。
「……か、仮にも女に、そんな危険な真似はさせたくない」
本当は「好きな女に」なのですが胸を通過する辺りで言葉が捻じ曲がってしまいました。まぁ口下手な頭夜のことです、こう言えただけでも上出来でしょう。
ですがそのひねりの入ってしまった告白に対し、ニッコリ笑った金魚が返した言葉はあまりに的外れでした。
「やっぱり頭夜はいいやつだよな!」
違うのです。
今欲しいのは全幅の信頼ではなく、
ときめきをですね、
あの、
えっと、
ドンマイ頭夜。
「誰のためにこんなことやると――ッ」
一気に頭に血が上った彼は彼女の襟元に掴みかかろうとして――
「?」
「、もういい」
急激にテンションを落とすと深いため息を吐き、諦めたようにトボトボと出て行きます。一人残された金魚は失望されたような表情にショックを受けていました。
「からかいすぎたかな……」
その思考はやはりどこかピントがずれておりました。
***
時刻はそろそろコンサートの開場時間。陽も沈み街のあちこちに星屑草で作ったランタンの灯かりが出現します。
夜に外出できるのが嬉しいのか、ランタンを持った子供たちははしゃいだように通りを駆け抜けていきます。
黄昏時の街並みに、やさしい黄色の光が踊ります。それはとても幻想的な光景でした。
広場のど真ん中には大きなグランドピアノが置かれて弾いてくれるのを今か今かと待っています。
カツッ
そして人々がピアニストの登場に期待する中、ある人物が颯爽と現れました。
***
一方その頃。メイクを落とした頭夜はいつもの服のままでした。ですが時間を確かめるとようやく立ち上がります。
ドレスは体型の分からないものに変えたので俯くように歩けば顔はばれないでしょう。演奏はできませんがあらかじめ録音したものを流してくれる手はずです。
ところが覚悟を決めた彼の出鼻を挫くように、とんでもない知らせが入ってきました。
「頭夜さん!」
慌てた様子のお嬢さんが応接間の扉をバターン!と開きます。目を見開いた彼にも構わず焦ったように目を白黒させながら言いました。
「大変ですっ、広場にわたしの影武者が!」
「はぁ!?」
なら今アンタの目の前に居るのは何なんだ。
思わず礼儀も忘れてツッコミを入れそうになりますが、続けて言われた言葉に目を見開きます。
「それに変装用のウィッグと、ドレスが一着無くなっているんです!」
「まさか――!」
***
二人が広場に駆け付けた時、観客たちの視線を一身に集める存在が在りました。
グランドピアノの前にいるのは栗色のウィッグを高い位置でまとめあげ、深い緋色のドレスが鮮やかな女性です。少しだけ見えた紅のひかれた唇がやけに鮮やかに脳に焼き付けられます。
ポーン
彼女のしなやかな指先が鍵盤に触れた瞬間、広場は水を打ったように静まり返りました。完全に場の空気を支配したピアニストがゆったりと最初のフレーズを奏で始めます。
それは切なくも美しい夜想曲(ノクターン)でした。ですが中盤を過ぎた辺りから転調し曲の調子も変わります。
「アレンジ……?」
明るくアップテンポになった曲は自然と踊り出したくなるような気分になります。観客たちも曲に合わせて揺れるように身体を動かし始めました。
それを助長するようにピアニストがますますテンポを加速させていきます。跳ねるようなリズムに子供たちは手を取り合って踊り出しました。
「さぁさぁ皆さんご一緒に!」
満面の笑みを浮かべながら人差し指を天に掲げた金魚はまるで指揮をするように指を振りました。
「
ワッと広場全体が湧きあがり、大人も子供も一斉に踊り出します。
コンサートは一気にダンス会場へとなってしまいました。
「はは、何やってんだアイツは……」
「フフフ、こんな事になるなんて」
楽しそうに弾き続ける彼女に近寄ろうとした時でした。
「……」
ふいにダンスの輪から外れて誰かが金魚の元へと背後から歩み寄ります。その手にはギラリと光るバタフライナイフが握られておりました。
「っ、金魚後ろだ!」
鋭く呼びかけると彼女は間一髪のところで右に体をひねり回避しました。演奏はオクターブ下がったままロック調に変化し続行されます。
その時、頭夜の横から演奏に合わせるかのように音が鳴り響きました。
見ればお嬢さんが広場の脇に予備として用意されていたアップライト型のピアノを弾いています。
「金魚さん! 演奏は私が引き継ぎます!」
「助かる! そのままノリで弾いてくれっ」
「ノリ!? や、やってみます!」
ようやくピアノから離れた金魚は鍵盤の下に仕込んでいたらしい愛刀を抜き取り構えます。
ストーカー男はそれに怯んだ様子もなく再びナイフを振りかざして襲い掛かりました。ニッと笑った金魚は迎え撃とうとして一歩踏み出し――
「!?」
あろうことか前のめりにバターン!と倒れてしまいました。動きづらいマーメイドタイプのドレスを着ていたことをすっかり忘れていたのです。
「わ、わっ、わぁぁっ!!」
「影武者とはこざかしい真似を、僕をバカにしたな? 死ねェェ!!」
パニックに陥った彼女目がけてナイフが振り下ろされます。何とか転がって回避だけでもしようとした金魚の前に、誰かが立ちはだかりました。
「っ」
「頭夜!」
彼はそのままストーカー男のナイフをはじき、怯んでいる相手にむかって強烈なハイキックを叩きこみました。
「がぁッ!」
蹴りは見事顎を捕らえ、吹っ飛んだ男が一度バウンドして床に伸びます。ダイレクトに脳をゆらされたようで完璧に気を失っているようでした。
「と……や」
ふり返った彼を金魚は青い瞳を見開いて見つめます。
あまりに瞬殺だったため、周囲は気づきもせずに踊り続けています。
華やかな音楽が鳴り響く中、二人はしばらくの間見つめ合っていました。
「あの、私」
「……」
「勝手な真似してごめん。怒らせた詫びにと思って」
「馬鹿だな」
フッと笑った優しい罵りに、少しだけ鼓動が跳ねました。
「良いんだ。これからもお前の背中は俺が守ってやる。だから安心して戦え」
「頭夜……」
「立てるか?」
差し出された手に金魚はそっと自分の手を重ねます。
彼が引き上げようとした次の瞬間――
「!?」
逆にグイと引っ張られてしまいました。何事かと思えば目を見開いた彼女が信じられないような顔をしてこちらの腕を見つめています。
「おい怪我してるじゃないか!」
「え、あ、掠ってたのか」
「待ってろ、今医者に連れてってやる!!」
「!!!」
ビリッとドレスの裾を裂いてスリットを入れた金魚は、目の前の男をひょいと
お 姫 様 抱 っ こ
したかと思うと猛烈な勢いで走り出しました。
「すぐ連れてってやるからなーっ!」
それまでのいい雰囲気を百八十度ひっくり返され、頭夜はその腕の中で盛大に叫びました。
「結局こういうオチかーっっ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます