第20話 あなたと奏でる狂想曲-前編-
頭夜は今とても緊張していました。ここ数ヶ月で一番の緊張と言っても良いでしょう。
目の前には真っ白で優雅な彫刻が施されたテーブル。視線を上げればキラキラとした豪華なシャンデリア。腰掛けているソファに手を着けばフカフカのふわふわの弾力で押し戻されます。
どこを見回しても最高級品を取り揃えたとんでもなく豪勢な応接間です。なぜ彼がこんなところに座っているのでしょう? 答えは簡単。何でも屋の依頼で招かれているからです。
とは言っても、この部屋の高そうな壺とか窓ガラスを掃除しに来たとかそういう話ではありません。もっと別のお仕事の相談で来ているのです。
「なぁなぁ、依頼人はどんなヤツだろうな? こんな贅沢な部屋だし動くのも億劫なくらいのデブだったりしてな!」
頭夜が緊張している最大の原因が横ではしゃぎながら跳ねました。横目でにらみ付けてもキラキラした瞳で見つめてくるばかり。
いやもう、全くもって不安でした。
『あなたと奏でる狂想曲』
ガチャリと重たい音をたてて扉のノブが下ります。頭夜は慌ててぷらぷら揺れていた隣の左足に蹴りを入れ立ち上がりました。慌てたようにピシッと背筋を伸ばした金魚は一拍置いてからバネ仕掛けのように立ち上がります。
「あぁ、かけたままで結構でしたのに。どうぞお座りください」
金魚の期待に反して今回の依頼主は比較的スマートでダンディなおじさまでした。その横に品よく髪の毛をシニョンに結い上げた奥様が控えています。
彼らは軽く会釈をしながら向かいのソファへと腰掛けました。奥様は口元に手をあてたまま「まぁ」と驚きの声をあげます。
「護衛を頼んだのでどんな屈強な方か来るのかと思っていましたけど……」
奥様はヒゲの生えたむさ苦しい傭兵をイメージしていました。ですが目の前に居るのはまだ大人になりきれなさそうな少年と少女。特に少女の方はほっそりとした体つきに透き通るような白い肌が美しく、また顔立ちも非常に整っているので、何でも屋というよりはどこかのお姫様と言われた方がしっくりと来ます。
言葉を探している内に顔をしかめた旦那様から窘められてしまいました。
「おい、失礼だぞ」
「あら御免なさい、私ったら」
「彼らの実力はお墨付きという話だ、見た目など何の関係もない」
人のできた旦那様はバッと頭を下げました。
「では改めて、私の娘をどうか護衛して頂きたい!」
その言葉と同時に扉がガチャリと開かれました。その向こうから現れた娘さんは金魚たちと同年代くらいで、長い栗色の髪がとても綺麗な可愛らしい人でした。ただひどくやつれていて目の下に大きな隈が出来ているのがマイナスポイントです。
彼女もまた「何でも屋」の姿に一瞬驚いたようでしたが何も言わずにこちらへ来ます。両親の座るソファの横に立つとぺこりと頭を下げました。
「護衛と言うことは、お嬢さんは誰かから狙われて居ると言うことですか?」
仕事モードの頭夜は真面目にそう問います。慣れない敬語も最近では板についてきました。実家に居た頃の自分が今の姿を見たら仰天するでしょう。
「え、えぇ」
頭夜の低い声に一瞬ビクッとした様子のお嬢さんでしたが、おずおずと懐から一枚の手紙を取り出しました。
「実は先日、こんな手紙がわたし宛てで届いたんです」
黒地に赤という悪趣味全開なデザインで、そこにはこんな内容が綴られていました。
ようやく君と僕は結ばれる
次のステージで弾く曲はウェディング曲と、それから鎮魂歌(レクイエム)をリクエストしよう
その最期のフレーズが消えない内に、君を僕のものにしてあげる
「……なるほど、ストーカーですか。このステージというのは?」
誰がどう見てもイっちゃってる系の手紙です。おそらくはこの美しいお嬢さんに惚れた勘違い野郎の仕業でしょう。そう判断した頭夜は質問を重ねます。情報は少しでも多いほうが良いのです。
「この子には幼い頃からピアノを嗜ませておりまして、今日の夕暮れこの街の中央広場にてコンサートが行われる予定なのです」
「犯人はおそらくそこを狙ってやってくるのではないかと……」
不安そうな顔をした両親も手を揉み絞りながら協力的に答えてくれます。
「失礼ですが取りやめにするというのは……」
そう言った頭夜を張り飛ばすように金魚が突然大きな声を出します。
「ダメだ! そんなの犯人の思うツボだろ」
「昨日までこの手紙を隠していたわたしも悪いのですが、皆が楽しみに待っていますのでなんとか……」
申し訳なさそうな表情にそれ以上意見をするのが躊躇われます。自分たちは何でも屋。無理を承知でお願いされればそれに応えるしかないのです。
「そうだ、私に良い作戦がある!」
自信満々に言った金魚に嫌な予感がします。こんな表情の彼女が言い出す「作戦」が良かった試しなど無いからです。
「あのな――」
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