第19話 chopping board/驚きの吸引力

【小話1:chopping board】


 キィン!と、硬質な物同士がぶつかり合う音が木々の隙間を抜けていく。


 灰音は左に持った長い銃身で金魚の蒼穹刀の軌道を逸らし、右手のリボルバーで素早く一発撃ちこむ。


 至近距離で撃たれた弾丸は最初から予測されていたかのように避けられる――が、想定内だ、この程度で当てられるとはハナから思っていない。


「おい待て灰音! 悪かったって!」

「うるさい! もう何もかも遅いのよっ、取り返しが付かないの!」


 戸惑うような金魚の声を金切り声で掻き消し、まるで剣士のような動きで灰音は切り込んで行く。


「アンタは私には無い物をたくさん持ってる! 私がどんなに望んでも手に入れられなかった物よ!」

「だからっ、私はそんなつもりで言ったんじゃ……!」


 間違っても接近戦で勝てる相手ではない。

 しかし相手が自分であるというところが唯一の勝機だ。勝てるとしたらそこに付け込むしかない。

 その証拠に先ほどから金魚は防戦一方だ。守るということを知らないのかと思えるほど特攻していく、あの金魚が。


「そこ!」

「っ!」


 そしてついに突破口を見つける。

 ジャキンと眉間に銃口を押し付けられた金魚は、肩で息をする灰音を困ったように見つめた。彼女の張り詰めた金無垢の眼からポロポロと雫がこぼれ落ちる。

 クシャッと顔を歪ませた彼女は、銃を取り落とすと膝から崩れ落ちた。


「灰音……」

「あ、たしだって……アンタみたいになりたかったわよ! 好きでこんな……こんな……っ」










「貧乳になったわけじゃないからぁぁぁぁ!!!」


 悲痛な叫びを吐き出し、自身のささやかな膨らみを押さえた。


「なぁ、ほんと悪かったって」

「絶壁とか言うなぁ! 溺れ死にそうなほど牛乳飲んだことある!? 胸筋鍛えようとしたところを継母に見られたとか今思い出しても死にたいわ!」


 伸ばされた手をバシッと払い、少女は嘆き続ける。頭上の鳥たちがあわてたように羽ばたいていった。


「でもな、あったらあったで邪魔なんだぞ。揺れるし足元見えないし」

「イヤミかーっ!! アンタのそういうとこホント嫌いよっ!!」

「ま、まぁまぁ灰音さん」


 木陰から戦闘を見守っていた雪流がなだめるように灰音の側に膝を着く。肩に手を置くとなだめるように優しく説得を始めた。


「大丈夫ですよ、胸の大きさなんかで人の価値は決まりません。もし仮に胸だけで判断するようなヤツが居たら、そいつはその程度の人間なんです。こっちから願い下げてやりましょう」

「雪流ぅ……」


 再び涙のダムをぶわっと決壊させた灰音は、その肩にしがみつくとわぁわぁと泣き出した。


「そうよね!! 人間性を確かめる判断材料になるわね! これは胸のあるヤツらにはできないことよね!?」

「は、はは……」

「ありがとう雪流ぅぅぅ、これからも貧乳仲間でいてね! 裏切ったら許さないんだからっ」

「え、いや、僕おとこ……」

「巨乳がなんぼのもんじゃーい!! かかってこんかいおらァ!」


「すごいな、コンプレックスでここまでキャラ崩壊できるのか……」


「遠巻きに見ないでくださいよ金魚さぁぁん!!」


 ***


 後日談


「なぁ、頭夜は胸好きか?」

「(鶏肉?)いや、どっちかっていうとモモ(肉)の方が」

「っ(まさかの脚フェチ!?)」

「(あぁぁ……)」


 *


【リクエスト消化】2丁拳銃でかっこよく戦う灰音

 金魚は巨乳じゃないけど美乳。スラッとしたモデル体型

 灰音は板――シンデレラバスト。全体的に肉付きがよくないのを気にしてます




【小話2:驚きの吸引力】


 あるうららかな昼下がり、


「洗濯物干し終わりました~」

「ありがと、お茶にしましょうか」


 森の中の一軒家に、


「げっ、刃こぼれ!」


 爆弾が落とされました。


「『キス』がしたい!」


 ブフォ!


 まるで示し合わせたかのようなタイミングで3人が同時に紅茶を噴き出します。哀れ今日のおやつのクッキーはびしょびしょになってしまいました。かわいいお花の形がほろりと崩れます。


「……」

「……」

「……」


 そのまま誰一人顔を上げようとしません。

 勇み立ち上がって宣言した金魚は仲間達のそんな様子に首を傾げました。


「なんだよ、そんなに驚くことか?」

「驚くわーっ!!」


 ついに顔をあげた灰音がズビシッとツッコミを入れます。その顔はほんのり染まっていました。


「いきなり何っ、何の脈絡もない発言はやめてくれる!?」

「脈絡ならある」

「誰ですか金魚さんに変なこと吹き込んだのは……」


 ガクリと頭を落とした雪流の横で頭夜はまだ硬直しています。


「キスって親愛の証だって聞いたぞ! するとすごく幸せな気持ちになれるって」

「誰ですか金魚さんに妙なこと吹き込んだのは……」


 頭を落としたままリピートした雪流の横で頭夜はまだまだ硬直しています。


「間違ってないけどアンタが考えてるのとそれは多分違うわっ、っていうかこっち来ないでくれる!? 何にじりよってんの!?」

「コワクナーイ……コワクナーイ」

「いやぁぁぁ!!! マジな眼が怖いいいい!!」


 目を爛々と光らせた金魚に恐怖を感じたのか、灰音は雪流の後ろに逃げ込みます。


「にょあああ!!? 灰音さん!?」

「いいじゃないアンタら既にキスした仲でしょ!」

「なっ、何の話ですか!?」

「あの時の雪は寝てたからノーカンだ!」

「だから何の話ですか!?」


 まったく身に覚えのない(仮死状態でしたし)話にギョッとしてふり返ります。臨戦状態の金魚から目を逸らすこと、それは死を意味していました。


「隙ありっ」

「むぐっ……」


 がっちりと羽交い絞めにされた雪流が両手をホールドアップした姿勢で一度だけビクンと跳ねます。その直後『ぢゅぢゅるるうぅうぅぅううう~~~』という、尋常じゃない音が小屋の中に響き渡りました。


「あ……あぁ……」

「……、……」


 腰を抜かした灰音と頭夜の前に固まった雪流がゴトンと落ちます。ゆらりとこちらに向き直った金魚の表情を、どうやっても思い出すことができなかったと後の二人は語りました。


「さぁ、次はどっちだ?」

「ぎっ」

「ぎっ」



 ぎゃあああああ!!!!


 長く続く叫びは、森中に響き渡ったと言います。


 ※合意のないキスはやめましょう。

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