第17話 見果てぬ夢の続きを

 レディグレイ。魔女の一番好きな紅茶のフレーバーです。


「……」

「魔女おおおおおお!!」


 ところがほのかな香りを楽しんでいたお茶のひと時は、突然の乱入者により強制的に切り上げられます。突如金魚姫が屋根を切り崩しながら落ちてきたのです。すっくと立ち上がった彼女は、泣き出しそうな表情でこう尋ねます。


「魔女! 無くした記憶を取り戻す方法を教えてくれ!」

「人の家を上から切り込んでおいて開口一番がそれなのね」


 一瞬ひやりとした物を感じましたが、今はそれよりも急いていることがあるのです。姫は今にも忘れてしまいそうな喪失感を魔女にぶつけました。


「なぁ、なにか……おかしいんだ私は」

「普段のあなたを常識の範疇に入れても良いものかしら」

「私はいたって普通だ!」

「お茶でもどう?」


 姫は何かがおかしいと感じました。いつもなら訪ねてきた用件は聞くはずの魔女が、なにも聞いてきません。


「アロワナ王子とはどうなの?」

「魔女」

「あの子も大変ね、今あなたと婚約したら世間の目が冷たいでしょうに」

「魔女!」


 コポコポと紅茶をそそいでいる魔女は何も語りません。


「何か……隠してるだろ」


 その言葉にも、魔女は振り向きませんでした。


「頼む、教えてくれ……私が何を忘れているのかをっ」

「忘れるくらいなのだから、きっと大した記憶ではないのよ 流してしまいなさいな」

「違う! 約束したんだ! むかえに行くってっ ――!?」


 思わず口走った言葉と共に、姫の青い瞳からぽろっと涙が落ちました。


「だから……私は……」


 ――涙って言うのよ


「そうだ、ツンツンしたアイツに、白いヤツにそれから……それから」


 名前が思い出せません。それはとても歯がゆいことでした。彼らはいったい誰だったのでしょう



 その答えは、小さな瓶の中。



「!」


 そうです、向かいの棚には見たこともない4つの小瓶が並べられていました。どうしようもなく惹かれてたまりません。何かを言う前に金魚姫は飛び出していました。左端の赤い小瓶を取るとそのまま――


「待ちなさい! それを飲めば確かに失くした記憶は戻るわ。けれど、約束を果たす事は……」


 魔女は最後までいう事ができずに辛そうに視線を逸らします。

 それを見た姫はようやくホッとした表情で笑いました。


「そっか、やっぱり、これなんだな?」


 涙目でも綺麗に笑いました。


「知らない方が、幸せなのかもしれないわよ」

「大丈夫だ。それは記憶を取り戻した私が判断してくれる事だから。いま行動を起こさなくちゃ、私が未来の私に叱られてしまう」


 ニコッと笑った姫は、一気に赤の小瓶をあおりました。


 その日からです、金魚姫の行方が分からなくなったのは。


 ***


 深い深い、西の森でした。青ずきんの頭夜は、今日もおばあさんにパンとチーズとワインを届けにいく途中です。


「……!」


 ですがふいに殺気を感じ、彼は振り向きざまに剣を抜きました。金属が触れ合う鋭い音が、森中に響き渡ります。


「誰だ!」


 上から降ってきた敵|(?)は、逆光のせいでよく見えません。


「久しぶりってのに、そりゃねぇぜ青ずきんっ」

「な……っ」


 その時、にわかには信じがたいことが彼の身を襲いました。その小柄な影に、力押しされたのです。


 ドスッ


 組み伏せられ、背中を地面に叩き付けた頭夜は、首のすぐ側に刀が突き刺さるのを肌で感じました。


「ようやく会えたんだ。再会を喜べって。な?」

(女!?)


 それなりに鍛えてきたつもりの頭夜のプライドは、女|(しかも己より年下であろう少女)に負けたことでズタボロにされてしまいました。思わず尋ねてしまいます。


「何なんだお前は!」


 それは奇しくも、あの時と同じ問いでした。


「そ、か。まだ思い出せないんだな」

「あぁ?」


 二カッと少女は笑いました。それは、どこか懐かしい笑い方でした。


「金魚! 今はただの金魚だ。よろしくな、青ずきん」





 童話とは、一体なんでしょうか?

 ある人が言いました。


 「それは、人々が夢を追い求め、叶わぬ望みを託すお話です」


 ある子には戒めの教訓となり、

 またある子には寝際の子守歌となり、

 そしてある子には希望となります。

 ほら、今もどこかでお母さんが子供に読みきかせる声がするでしょう。


 ――ここはとある海の底。ふかいふかい水の下には、魚たちの王様が暮らす宮殿がありました……


 そしてどんなお話でもいずれは終わるものです。

 この『おとぎの国の金魚姫』も、最後ばかりは童話らしく締めると致しましょう。


 遠い遠いむかしの話。

 世界を救った金魚姫は、再び仲間たちと旅立ちましたとさ



 おしまい。







 ……きて

 ………きなさい

 起きなさい。


 おめざめ? とても深く入り込んでいたのね。

 あなたの夢は、幸せだった?

 ……そう。


 あら、もう行くの?

 ……仲間が待っているのね


 ねぇ、誰にも知られて居ない童話だけれども、確かにこの本の中の主人公たちは、世界を救ったのよ

 忘れないでいて


 ……ありがとう。


 カランカラン――


 遅いわよ!

 そんなに楽しい本でも有ったんですかぁ? 僕も読みたかったです~

 お前が読書に集中できるとはな……いや褒めてねぇよ。照れるな


「待っていてくれたのか」


 って、別にアンタのために待ってたわけじゃ無いからねっ! 勘違いしないでよ!

 そろそろ行きませんか?


「だな」


 お前の寄り道のせいで妙な時間喰っちまった。

 どこに行きましょうか?

 とりあえず、近くの村にでも行きましょ。日が暮れちゃうわ


「なぁ、私たちは……」


 なによ?

 あ?

 なんですかぁ?


「私たちは、どこまでも自由……だな」


 なんだそりゃ?

 ちょっと何笑ってんのよっ

 あ、待って下さいよ~

 アハハハハ! 行くぞー世界の果て!


 …… … 。



 … 。




 空は、どこまでも青かった

 どこまでも、歩いていけた



 おわり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る