第15話 最後に残る心
「かっ……!?」
恐怖におののく顔で首を抑えた灰音に、金魚は疑問を抱いた。
何を、と言いかけた彼女もまた、それに気がつく
(――息が!)
呼吸が、出来ない。頭夜と雪流も、床に膝をつき青い顔をしている。
喘げども喘げども、空気が取り込めない。
(苦しい 苦しい 苦しい!)
酸素を欲する脳が警告をならしていた。段々と 視界がモノクロと化してゆく。
最後にヨグの喜ぶさまを網膜に結び……彼らの視界は暗転した。
――勝利 邪魔物 居ない
倒れた4人の体を、ヨグは喜々として弄んだ。頭夜のアバラは折れ、灰音の足はあり得ない方向にねじれ、雪流の耳からは血が吹き出している。そして
ボトッ
金魚の腕が虚しい音をたて落ちた。
投げては千切り 踏みつぶしてはひしゃげ、ヨグは遊び続ける――
***
諦めたの?
「あんな……あんな殺られかたで!」
ニセモノ童話はヨグ神に負けたの 残念でした。はい終了
「私たちは何のために生まれて来たんだ! あんな死に方をするためだったのか!?」
かもしれないわね
「なんでだよ、なんでなんだ! ……もう、どうでも良いか。終わってしまったんだもんな」
……
あなたに聞こえるかしら? 居場所をなくした彼らの声が
「声?」
――助けてぇ! 怖いよぉ! 暗いよぉ!
――すまなかった! ニセモノなどと言って!
――ごめんなさいっ 怖かったの
――ワシらの希望はアンタらだけなんだ! だから
が ん ば っ て
「……」
あなたたちは童話の主人公たちの最後の希望の光
「そんな……私は」
逃げるの?
「わ、たしは……っ、 何も他人のために戦っていたわけじゃない! ただがむしゃらに目の前の敵を倒して、自分の望むことをしていただけで 期待されたって」
そう、彼らがどうなっても良いと
「……そうじゃない。私は自分も含めたおとぎ話が、本来あるべき形に……
いや、主人公たちがまっすぐ生きていける世界になれれば、と。思っていた」
そうね、その未来は絶たれてしまうようだけど
「……」
どうかした?
「……負けたくない」
まだ、戦うと言うの?
「ダメだ……ダメなんだ! こんなところで倒れちゃいけない!
諦めるだなんて許さない!
私が、許さない!」
生まれた真の意味を問うと言うのなら、言ってごらんなさい あなたの気持ちを
「私の、気持ち」
さぁ今、何を思うの?
「私たちは 絶対に」
***
「諦めない……!」
しっかりと足を踏み締め、立ち上がった。
左腕を失った金魚は、残る右手で刀を握り、咆哮する。
「まだ 終わっちゃいねぇぇえええ!!」
残る3人も意識を取り戻し武器を握る。
満身創痍。そんな言葉通りのはずの彼らは、一度は消えた闘志をその瞳に宿らせていた。
――なぜ立ち上がる?
「私たちはな、ヨグ。足が千切れても、腕を落とされたって戦える」
ザッ
「心が折られない限り戦えるんだ!!」
どこまでもまっすぐな言葉が仲間たちの胸に突き刺さる。それぞれよろめきながらも、彼らは立ち上がり始めていた。
「はぅぅ~、頭がクラクラしますぅ~」
「あのね、こっちは立てないのよ! 耳から血くらいなによ!」
「ケホッ……片腕で何ができる? 後衛にまわってろ」
「へへっ、喀血してる青ずきんにゃ言われなくないな イチチチ……」
最終局面になれども、彼らのやり取りはいつもとなんら代わりは無かった。弱音をはく雪流をしかる灰音。互いに張り合う金魚に頭夜。
それらを見つめるヨグは、どこまでも無機質な眼をしていた。
――心 折れない 無意味
「無意味、ね」
眼を細めながら金魚は笑った。ヨグは何も理解しちゃいない
――そう 死ぬモノは死ぬ!
ガンとした声と共に空気圧(プレッシャー)が4人を襲う。すでにボロボロの彼らの体が悲鳴をあげた。
――回避不可 空間を一気に喰い潰す すなわち終焉!
「終焉じゃない。終演だ!」
そう、じきにこの話も終わりを迎えるであろう事は読者方も薄々察しているだろう。果たして主人公たちを待つは終演なのか終焉か。それを知るのは――
「っぁぁああぁぁ!」
「うおおおおお!!!!」
「うあああぁあぁああぁあ!!」
集中力を高めるヨグに向かって、4人は駆け出した。もはや自分が何を言っているのかも考えず、気合だけの声を上げながら。
「吹雪よ!」
泣き叫ぶ雪流に呼応する自然現象は、ヨグの動きを鈍らせ、床に座り込んだままの灰音の正確な射撃はヨグの攻撃の軌道を逸らす。
ヒュッ
「終わりだ!」
そして下から瞬時に間合いを詰めた頭夜が切り上げた時
――時は満ちた 喰う!
ヨグはカッ! と眼を見開いた。最後に残ったほんの一握りの空間が、縦に圧縮されてゆく。
「くっ……!」
「かは……っ」
「ぐぁっ!」
あと一歩だった。一瞬だけ早く、頭夜が切り込んでいれば……
幸せそうに眼を細めたヨグは、こちらを見つめる頭夜・雪流・灰音もが自分と同じ満足そうな表情をしている事に気がついた。
最後の希望を、3人は見上げる。
――上!?
「私を忘れちゃ困るぞ!」
上空で、金魚が笑っていた。さきほどの頭夜の攻撃は、跳んだ金魚から眼を逸らすためのフェイクだったのだ。
「ヨグぅ! そのどでっパラに詰まってるおとぎ話」
――待て 我 拒否!
「返して貰うぞ!!」
天から舞い降りた光が、突き刺さる。
ヨグの体は一瞬縮んだかと思うと、爆散した。
バホンッと言う音と共に、破裂した目玉から光が飛び出し、四方へと飛んでゆく。
「空が……」
その光が飛び立つごとに青い空が広がっていく様を見つめて、雪流は感嘆の溜め息をつくばかりであった。
世界が広がってゆく。
空の色を映した水色の風が、戦闘で熱を持った身体を優しくなでて行った。
***
「終わったな」
「あぁ……終わったんだ」
精神的にも肉体的にも疲れ果てた彼らは、大の字に寝そべりながら空を見上げていた。塔の上から見る世界は、ただただ美しかった。この上なく、広かった。
「金魚、その腕大丈夫……じゃないわね」
「平気さ、止血ならちゃんとした」
金魚は肩をさすりながら失くした左腕を思った。
「そう言う事じゃないわよ、まったく。不便でしょうに」
「良いんだ。ありがとな」
「た、ただの社交辞令よ!」
頬を染めた灰音がその肩を叩こうとるすのだが、その手は触れることを許されず、スルリとすり抜けた。
「――え?」
「どうした?」
異変を感じた頭夜が上体を起こす。灰音はその頬に手を伸ばす。そっと指先に伝わるのは確かな感覚だった。
「?」
「どーしたぁ? 積極的じゃんか~」
からかう金魚をもう一度見つめ、灰音は彼女にもう一度触れてみた。しっとりとした肌理(きめ)こまやかな手。やはり先ほどのことは気のせいか……その時、雪流が息を呑んだ。
「は、灰音さん! 手を!」
乞われるままに手を差し出した灰音は、雪流の手に触れられなかった。
「やっぱり気のせいじゃないわ! 私たち……っ」
「世界が再び元に戻るのよ」
ふわりと現れた魔女はそう言った。
「別世界の住人同士である貴方たちも、ね」
「生きる次元が異なれば触れ合うことも出来ないと言うことか?」
頭夜の問いかけに、えぇ、と続ける深海の魔女
「ヨグによって重なりあっていた、この【かりそめ】の世界。ヨグを倒したのだから別れゆくが当然なの」
側に居たことが当たり前すぎて忘れていた。自分たちは、本来ならば会うことの無かった仲間だったのだ。
「さぁ、別れの時よ。元は個々の童話たち!」
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