第14話 予定調和
「平気だ、かすっただけだから」
袖を引き裂き、応急手当てのためにそれを傷口に巻き付け縛る。その動作を数秒で終えた金魚は次なる攻撃を横に飛んで回避した。
「うし、動けるな」
「さぁ! 僕のバラを紅く染めろぉ! 紅バラに!」
次々と突き出される枝をかわしながら雪流へと声を投げる
「雪ィ! お前の十八番は使えないのか?」
「や、やってますぅ~」
植物なら寒さに弱い。冷気を得意とする雪女の末裔は、手当たり次第にバラを凍らせているのだが、なにしろ数が半端ではない。
「どうすれば……」
その一瞬の思考が頭夜の判断を鈍らせた。
「おい頭夜!」
「しまっ……!」
直後彼は足首を枝に絡め取られ宙吊りにされた。逆さまに写るフィガロの顔がニンマリと醜く歪む。
「まずは青ずきんか。 消えろ!」
串刺しにしようと棘が襲いかかる。頭夜は一か八かの賭けに出た。
「っらぁ!」
愛用の剣を投げ捨てた。いや、地面に向かって投げ付けたのだ。ブツリ、と不自然な音をたて、剣は地面に突き刺さる。バラたちはブルッと身震いしたかと思うと、頭夜を拘束していた枝を緩めて身悶えを始めた。
「根だ! 根を切れば花は枯れる!」
着地と同時に剣を掴み、青ずきんは金魚を促した。頷いた金魚はスッと刀を振りかぶり
「っりゃぁぁあ!」
地面を引き裂く勢いで振り下ろした。地中に張り巡らされていた根たちは断ち切られ、バラは一斉に萎んでしまった。庭師フィガロも、攻撃と防御を兼ね備えるバラを失ってはただの一般人である。
「そいじゃフィガロさん、説明してもらおうか」
ニヤリと笑った金魚は彼の目前に立つ。グッと彼のアゴ下に刀を差し、厳しい視線のまま問う。
「お前、何者だ?」
「くっ、それは」
言いよどんだ庭師も含め、その異変にいち早く気づいたのは一歩引いた頭夜だった。庭師の後ろの空間がひずむようにぐにゃりとねじれ、まだ気づかない彼の足首をグッと掴む。
「退け! 金魚!」
「うあっ!?」
とっさに金魚の肩を引き戻した直後、『それ』が一息に庭師の下半身を呑み込んだ。
「う、あああああああ あ !!」
ぐちゃぐちゃバリバリとでも音が聞こえて来そうなほど、嫌な消え方をした庭師の居た箇所を、4人は呆然を眺めるだけだった。
誰ともなく無言で立ち上がった一行は、固い表情のまま次の階を目指す。
フロア最上階。
ラスボスが待ち構える旅の終着点であった。
***
「……なんて威圧感なの……」
灰音は最上階に足を踏み入れた瞬間にのし掛かるような感覚を覚え、嫌な汗が伝うのを感じた。空は暗く翳り、落ちてきそうな雲が覆いつくしていた。
「あれがヨグか?」
そんな重圧の中、金魚が指し示す先には、まるで幼児が作る泥団子のような物体が転がっていた。ただし恐ろしく巨大で、不気味な紫色の泥団子が。
「なによあれは。あんなのが空間を喰うバケモノなの?」
――……。
「きゃっ!?」
灰音の言葉を聞きつけたかのように、紫の球体は割れ目から緑色の瞳をむき出しにした。
その風体はとにかくヒトの眼に酷似していた。血走った白目、体全体に走る血脈がドクンドクンと一定のリズムで脈を打っている。
「グロいわよ!」
「き、気持ち悪いです!」
「ヨグってのは目玉オバケだったのか」
口々に感想を言う一行に興味を抱いたのか、ヨグは視線……と言うか体を丸ごとこちらに向けた。緑だった瞳が徐々に真紅へと変わってゆく。
――空腹 我 喰う 空間
「な、なに?」
「俺たちの脳内に直接話しかけているんだ」
――貴様ら 喰えない 邪魔 排除
ザワッ
「……避けろ!」
殺気にいち早く反応した金魚が跳んだ。そのすぐ脇をヨグの瞳から発射された光線が走る。堅いはずの石盤をえぐりとる様子が、すさまじい威力を物語っていた。
――我 喰う もっと 話を モット 続キヲ
――モット モット
――モットモットモットアァアアァァアアアアアアア―――!!
「うわっ」
「完璧にイカれてるわよコイツ!」
「話の続きだと?」
ヨグの絶叫に耳を塞ぎながら頭夜は思案する。
今までバラバラだった糸が繋がり 一本となる。
「そうか! コイツが喰うのは空間だけじゃ無いっ 話のあらすじまで一緒に喰っちまうんだ!」
「あらすじ!?」
――アアアアアアアアアアアア!
長く尾を引く音に負けじと、声を張り上げながら頭夜は叫んだ。
「人魚姫たちの話がずれたのは、あらかじめ予定されていた【あらすじ】を喰われたからだ!」
「なら僕たちが無事だったのはもしかして!?」
「【あらすじ】も何もないニセモノだったからだ!」
何かの派生で生まれた彼らには予定不調和な未来しか無い。ヨグが喰えるはずも無かった。
「ならアイツの中には人魚姫の未来が?」
「白雪姫のもですか!?」
「赤ずきんもシンデレラもっ……とにかく世界中のおとぎ話が詰まっているはずだ!」
ふいに絶叫は途切れた。今の雄叫びでこぼれてしまった【おとぎ話のカケラ】を、ヨグがせっせと拾いあげ食べ始めたのだ。
マッチのかご・おばあちゃんに届けるワインとパン・ガラスの靴・毒リンゴに魔法の鏡・青い鳥・目印のパン塵・鏡の破片……
チャキッ
「夢や希望が詰まってるっつーんなら、まだ救いがいもあるんだけどな」
「似たようなもんだろ」
子供たちの『童話』を詰めこんだヨグは、はち切れんばかりに膨れ上がり、ついには宙に浮き始めた。
「何でもありなんですかぁ~?」
「飛べたって不思議じゃないわよ」
そうしている間にも空間は喰われてゆく。フロアの端から見下ろす世界は、すでに暗黒に呑み込まれていた。
「行くぞ!」
***
「無様ね フィガロ」
ゆらりと闇の中から現れた魔女は、すでに形を成していない彼へと話しかけた。答えなど期待してはいなかったが、意外にも声はハッキリと返ってきた。
――笑っているのか
「さぁね」
声だけの存在は少しだけ悲しそうにこう返した。
――どうして君はこんなことを続けているんだ。もう良いじゃないか、罪はとっくに浄化されているはずなのに
「それを決めるのはわたしではないわ。それでもわたしは続けるの」
自分の身体を抱くように腕を回した魔女は、どこか懐かしむように微笑んだ。
「必ず会いに行くと約束したから」
何にも邪魔されることのない空間のなか、悔いるような声はどこまでも響いていった。
――僕は、君に……
「………」
――いやもう良いんだ。何もかも終わったんだから
「終わっては無いわ」
――え?
「あの子たちが――」
***
「痛ぅー」
金魚は飛散したガラスの破片を刀で防いだ。その周囲にパラパラと破片が落ちる
「刺さったらカイみたいに冷たい心になるのかな」
「ゲルダは居ないわよっ 補助して!」
「だりゃあー!」
その後ろから灰音が飛び出す。金魚の手に乗り、力いっぱい押し上げられながら彼女は跳んだ。
パパパパパッと連続音が響きヨグの体が異様な形にへこむ。まるでゼリーに撃ち込んでいるような感覚に、灰音は戸惑いを覚えながら柔らかい雪の上へと着地した。
「まるで手応えが無い……」
「幾らかはダメージ与えてるはずだろ、諦めるな!」
押して押して押しまくれ。そんな金魚の戦闘スタイルが伝染したかのように他の3人も無心に攻撃を重ねていった。
その甲斐あってか、ヨグの体は収縮を始めたように見えた。頭夜の背丈ほどもあった体が、今や子供の肩ほどに縮んでいる。
行ける! 4人がそう確信しかけた時、ヨグは笑った。瞳だけの体で確かに笑ったのだ
――そろそろ
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