第12話 例えるならダルマ落とし

 声に反応し、しゃがむ彼女の頭上を頭夜の剣が走った。鈍重な音をたて、濃い藍色の機械兵は沈む。


「ったく、キリが無い」

「あ、あのくらい倒せたわよ! バカにしないでっ」

「金魚、何とかならないのか?」


 ツンな灰音をスルーし、頭夜は金魚を振り返った。頼まれた方はと言うと――


「困った時の金魚頼みじゃないんだぞ全く」


 などと言いつつどこか嬉しそうにチャキッと刀を斜め下に構え、思いっきりふりかぶった。


「お前ら伏せとけーっ!」

「「「なぁああ!?」」」


 フルスイングで振られた刀から衝撃波が放たれ、機械兵はまとめて塔の外へと押し出された。落下してゆく敵を見下ろし、金魚は晴れ晴れと振り返る。


「さぁ、気にせず次いくか~」

「行けるかバカ」


 同じく爽やかな(ただしこちらは少々ひきつった)笑顔を浮かべ、頭夜は切り返した。


「塔が崩れたらどうするつもりなんだ」


 波動砲でも打ったかのように内側からブチ抜かれた9階は、さながら展望室のように成り果てていた。風通し抜群。見晴らし良し。日当たり良好。ただし安全ガラス等はなし。


「どうして上の階が落ちて来ないのかしら……」

「今更考えるだけムダな気がします……」


***


 10階へと足を踏み入れた灰音は雰囲気の変化に驚いた。


「今までとは様子が違うわね」


 そこはこれまでの硬質な印象を与える無骨な造りではなく、まるで少女の部屋のような内装になっていた。壁にはタペストリー、うさぎのぬいぐるみに作り掛けの刺繍などが配置されている。あちらこちらに漂う花の香りが余計にそれらを印象づけていた。


「どう言う事だと思う? あら?」


 反応のなさに不信を抱き、振り返った彼女はそこに誰も居ない事に気付いた。先程までそこに居たはずの雪流が居ない、前を進んでいたはずの金魚も頭夜も


「な、んなのよ……」


 今までこの塔を登り、多少の不思議さには馴れていた彼女は動揺しつつも油断なく銃を引き抜いた。


「可愛い部屋ね、この部屋の住人とは趣味が合いそうだわ」


 ――それはそうよ


「誰!?」


 素早く銃口を向ける先に現れたのは――


『ようこそツンデレラ』


***


「金魚さん! 頭夜さん! 灰音さぁ~ん!?」


 一人になってしまった雪流は、早くも泣き顔になっていた。暗い10階を駆け回り仲間の名を呼ぶのだが、それに答える声はない。


「どこに行ってしまったんですかぁー」


 べそべそと袖口で目元をぬぐうと、後ろから唐突に妖艶な声があがった。


『うるっさいわね』

「うわぁあ――!」

『あぁ、アンタが白雪女?』

「え、ぁ、えぇぇ?」


***


「……森?」


 そう。その10階はどこまでも彼の故郷に酷似していた。うっそうとした所も、吸い込まれてしまいそうな暗さも、日が差し込まぬ所も。


「あれから一週間か。早いもんだ」


 あえて森のことは深く考えない事にして頭夜は思いふける。祖母に追い出され修行の旅に出たはずの自分が、なぜか世界を救うためにここに居る。


「なぜだ、何の因果なんだ」


 悶える彼の頭上からキャンディのように可愛らしい声が降ってきた。


『やほー、キミが青ずきんちゃん?』

「!」


***


 ザプンッ


「おぁ?」


 10階に進入すると同時に、懐かしい感触が金魚の全身を優しく包み込んだ。キラキラと光る泡に揺らめく海草は、まぎれもなく海の中。


「溺れっ――」


 人化の薬を飲み、ただの生身である金魚はとっさに口を抑えた。あぁ肺呼吸しか出来ぬニンゲンとはなんと不憫なのか。今にも酸素不足で飛びそうだった彼女の耳に微かに届いたのは、涼やかなテノールの声だった。


『溺れはしないよ。ただの幻だからね』

「え、あ、あれ!? 本当だ!」


 ゼーハーと吸い損ねた空気まで取りこもうとする金魚をその男は見ていた。長くのびた薄い水色の髪を肩の辺りで結び、ゆるく前に流している。岩棚に腰掛ける物腰はどこまでも優雅で、一見すると女性的な柔らかさを感じさせた。今も慌てふためく少女を前にクスクスと笑っている。金魚は警戒を解かずに問いかけた。


「お前……誰だ?」

『私? さぁて誰だと思う?』


 そこはかとなく張りつめる緊張感に、金魚はジリジリと距離を取るのだが


『ねぇ、金魚姫』

「――っ」

『魔女は、どこー?』


 男は甘えるように彼女の首に手を回してぶら下がる。間合いを詰めたのでは無い。瞬間的に移動したとしか思えない動作を彼はやってのけたのだ。でなければ抵抗のある海で鍛えた金魚が反応できないはずが無い。


 いや、唯一対抗できるで有ろう存在は――


「お前……」

『ん?』

「まさか、人魚姫?」


***


 パパパパパ


 乾いた単調な音がリズミカルに繰り返される。


『ムダなのに』

「やってみなくちゃ分からないでしょ!?」


 全弾を撃ち尽くし、灰音は素早く次の弾を弾倉に送り込んだ。


「撃ち尽くしてやるわ! シンデレラ!」

『止めとけば?』

「それがダメなら特攻よっ」


***


「止めましょうよぉ白雪姫さん~」

『甘いわねぇ、 それ!』


 しなやかなムチが雪流の白い頬をかする。元来戦いを好まない彼は応戦しないまま必死に逃げ惑っていた。


『抵抗しなきゃ死ぬわよっ』

「戦う理由がありません!」


*** 


『らららんらん、オオカミさぁ~ん』


 ブワァッ


 少女の澄んだ歌声と共に、デフォルメされた狼のぬいぐるみが頭夜の上に現れた。


「げぇっ!?」


 しかしデカい。とにかくデカい


「くっ!」


 押し潰されんばかりの面積と重力からかろうじて逃げ出した頭夜は呟いた。


「アイツが……なぜ?」

『ほらぁ、オオカミさんと遊ばないとぉ~。じゃなきゃ赤ずきんつまんないよぉ~』


 ギョロリ、とでも効果音が付きそうな目線でファンシーな狼は睨む。その巨体に立ち向かうかのように剣を構えた彼は、低く構えまっすぐに向かっていった。


***


 ――11階


 コツっ


「よぉ、無事だったみたいだな」

「当たり前でしょ、私が殺られるわけないじゃない」

「ホントに良かったですぅ~」


 ククク……


 彼らの含み笑いが11階を満たす。破顔した金魚が壁へと寄り掛かり己の手を見つめた。


「止めようか、馴れない口調を真似るのは」


 それに答える雪流が、普段とはまるで違う声音で妖艶に笑う。さらりと髪を掻き上げる仕草までもがなまめかしい。


「それもそうねぇ、幸い全員『乗り移れた』みたいだし?」

「白雪ちゃんは良いよー 赤ずきんこんなゴツい体いやだぁ」


 そう言いながら頭夜が腕を振りながらぷんすこと頬を膨らませた。姿と声は青年のままなので気色が悪い、それはもう吐きそうなまでに悪い。


「じゃ、フィガロさまに報告に行こうか」


 監視者(フィガロ)の元へと行きかけた人魚姫の足がつ、と止まった。そのまま何もしゃべらず立ち尽くす。


「どうかした人魚?」


 シンデレラの問い掛けにも答えず、人魚姫は胸を抑えた。その口が開き、とまどいの声が漏れ出す。


『なんだよ、どうして私の体をっ』

「なにっ!?」

『おいお前ら! 人の体を勝手に動かすなよ!』

「な、なぜ金魚姫が……このっ、黙れ!」

『やなこった!』


 まるで二重人格のように人魚姫はうわ言を繰り返す。見守る仲間達は驚愕の表情を隠しえなかった。


「えぇぇ!? 精神乗っ取りが効いていないの!?」

「どれだけ強靭な精神力なのよ!」

「バケモノ……」

「くっ 静まれ!」


 意識を抑え込もうとする人魚姫の目に青い燐光が走り、内なる意識が言葉を絞り出した。


『おい、お前ら眼ぇ覚ませ! 灰音、雪、頭夜っ!』

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