第11話 ニセモノリサイクル

 塔へと向かっていた彼らは、足にわずかな違和感を覚えて歩みを止めた。


「ねぇ、どうなってるの?」


 今にも泣き出しそうな顔でへばり付いていたのは小さな女の子、おやゆび姫だった。


「なんでお空が裂けてるの? あれに触れたらどうなってしまうの?」

「説明してくれニャー」


 おやゆび姫だけでは無い。茂みの蔭からは、長グツを履いた2足歩行のネコに3匹のこぶた、カゴに入れたマッチを抱えた少女、ヘンゼルとグレーテル……ありとあらゆる童話の登場人物が一同に集結していた。


「教えてくれ! アンタら何か知ってるんだろう?」

「皆さん聞いてください。このままですと世界が……」


 不安と恐怖に駆られる彼らに、雪流はかいつまんで説明してやった。

 空間が喰われかけている事。全ての元凶が塔に居るらしい事。自分たちは今からそれを倒しに行くのだという事を


 あらかた聞き終わる頃には、誰もが黙り込み、沈黙だけが辺りを支配していた。


「できれば手伝って欲しい、頼む」


 水を打ったかのような静寂の中で、よく通る金魚の声は不自然なほどに木々の間を通り抜けて行った。


「……」

「……」


 話や性格は違えど、彼らの気持ちが一つなのは明らかだった。すなわち、誰が好き好んでそんなバケモノと戦うのか。


「あ、アンタらが行くんだろ? 十分じゃないか」


 それを皮切りにあちこちで悲鳴とも批判ともつかない声があがった。


「そうよ! 私なんかロクに戦ったことも無いのよ? ムチャ言わないで」

「おれは何の役にも立たないって」

「あたし? ムリムリムリッ」

「足手まといになりたくないからごめんね」


 何の事も無い。つまるところ彼らは臆病なのだ。

 金魚は暗く陰った瞳を伏せ、一言謝ってから再び歩き始めた。


「そうか……悪かった」


 無言で後を追う仲間はそれぞれ顔をしかめていた。灰音などは軽蔑の色を隠そうともしない。


 その時だった、罪悪感からか逆捨てゼリフとも取れる愚かな発言が飛んだのは。


「ど、どうせお前らニセモノなんだろ? 消えたって誰も悲しまないさ! ハハッ、そうだな、もし問題を解決したら俺たちホンモノの仲間に入れてやっても――」


 パンッ


 無言で放たれた弾丸が空へと突き刺さり、空薬莢がコロコロと転がった。


「もう一度言ってくれるかしら。その眉間から向こうの景色が見えるようにしてあげる」


 恐ろしいほどの気迫を乗せ灰音はほほ笑む。にらみ付ける眼はどこまでも笑えないが向けられた銃口はなおさら笑えない。一同は震え上がった。


「ダメですよ灰音さん。僕が雪で埋めますから」

「全くだな」


 いつもは温厚なはずの雪流が完全に切れているのは間違いなかった。同じような気持ちの頭夜も剣をスラリと抜く。


「言うに事かいてニセモノか。俺らも自覚はしているさ。要らなかった話を上手く使うのは確かに賢いやり方だろう。俺もそう思う」

「そうかそうか! 覚悟してるんだろ? それで良いんだよ」


 よほどのバカなのか空気を読めないアホなのか、場を和ませようとおどけたハーメルンの笛吹きが結果的には犠牲となった。


「だがな――侮辱を聞き流すほど出来たニセモノでもねぇんだよ!」


 瞬時に間合いを詰めた頭夜は素早く剣を振りかぶった。きらめく刃の切っ先が何かを引き裂く。


「――ッ!?」


 その鮮やかな緋色が反応を鈍らせた。とっさに引いた刃は相手の薄皮一枚を裂きさき、ようやく動きを止める。頭夜は信じられないような顔で、男をかばった相手の名を呼んだ。


「金魚……」


 頬から流れる血を拭いながら、少女は深い海色の瞳で諭すようにゆっくりと言葉を紡ぐ。


「剣を向ける相手が違うだろ? 頭夜」


 少しだけ困ったように笑う彼女に、誰も何も言えなかった。言う資格など有りはしなかった。


「正直なところニセモノとかホンモノとかは私はどーでも良い。私の育った世界が、お前たちの居る世界が無くなるのがイヤなだけなんだ。だから戦うんだ」


 それだけじゃダメなのか? 問い掛けられた仲間たちは恥じたように俯いた。


 まったくその通りだ。自分たちはいつの間に人から感謝されなければ『割に合わない』などと思ってしまっていたのだろう?


 戦う目的など、自己の消滅を防ぐことだけで十分なはずだったのに。


「ば、化け物! 悪魔!」


 ハッと我に返ったハーメルンの笛吹きは、不幸にも捕まってしまう事となる。彼の言う化け物にでは無い。文字通り本物の化け物にだ


「は、はぎゃぁあああ!?」

「!?」


 引きずり込まれる、と言うより喰われると言う表現の方が近いだろうか。彼の下半身は、見えない何かに蝕まれ消滅しかけていた。そしてその範囲は叙々に拡がってゆく


「あ いやだ、助け」


 必死に地面を掴もうとした手が、消えた。


「うそでしょ……」

「今のがヨグとやらの仕業か」


 喰われた空間に取り込まれた人間がどうなったのか、それは本人にしか分からない事だ。


「っ!」


 キッと塔をにらみつけた金魚は走り出した。 置いて行かれまいと必死に後を追う仲間も気に止めず、ただ走る。


 その場に残されたホンモノたちは、微動だにしなかった。


***


「金魚は!」


 ようやく塔までたどり着いた頭夜は、途方にくれる二人に眉をひそめる。雪流と灰音はそのまま無言で上を指す。指されれば見てしまうのが人としての心理なワケで――


「う……ぇぇえ!?」

「お、危ないぞー、そこ」


 ドゴッ


 腹ダイブを決めた金魚に、軽いデジャヴを覚えた彼は叫んだ。


「どうして! お前は! いつも上から降って来るんだ!」

「私の着地地点にいつも頭夜が入り込んで来るからじゃないのか?」

「うるせー!」


 尋ねておきながら――と不満げな金魚は、塔の外壁のツルツルした面を指でなぞり上げながら説明した。


「いや、中から登んのもメンドくさいと思ったからよ。外から登れないかと試してみたんだ」

「非常識ですよ……」


 なお、この塔の側面は足掛かりの突起も何もない事を特筆しておく。


「登るには登れたんだが」

「化け物認定よ、アンタ」


 そんな常識をことごとく捻り潰す金魚に、呆れ返った灰音は目線だけで続きを促した。


「ねずみ返し」

「は?」

「半分くらいの所がせり出しててよ、どーしてもダメだった」


 おそらくはそう言った反則事項(壁登り)を封じるために、魔力の壁を造り出しているのだろう。


「やっぱ正攻法でいくしか無いのか」

「みたいね」

「よし、行くか!」


***


「で、何なんだこの塔は」


 ムリも無い事を頭夜は呟いた。なぜならこの天まで突き抜けるヨグの塔。登るごとにフロアがでかくなると言う建造構成をまるで無視した造りになっている。


「おかしい、物理的にあり得ねぇ……」


 しかしこのメンバー内で常識を振りかざしてはいけない。9階を過ぎた辺りでついに彼女がキレた


「だぁー! 知るかンなもんっ、どうでも良いだろっ」

「良い訳あるか!」


 ザンッ


 振り下ろされた斬撃を紙一重で回避し、頭夜はその腕を切り裂いた。


「世の中の常識がだな――」

「捕われてろ~そういうヤツは新しい発想の転換ができないんだ、いしあたま」

「んだと!?」

「でも~確かに気にした方がいいかもしれないですよぅ」


 続く雪流も周りを凍らせ、困ったようにほほ笑んだ。


「どんどん敵が増えてます」


 実は先ほどから彼らはザコ敵に囲まれていた。淡々と命令をこなす機械兵たちは階を増すごとに増えてゆく。そのために、フロアを広くせざるを得ないのか。ならば確かに気にする必要があった。あったのだが……


「とは言っても私たちにはどうしようも無いじゃないっ、この――っ」


 遠距離攻撃がメインである灰音は苦戦していた。その背後に影が迫る。


「伏せろ!」

「っ!」

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