第9話 退き返しますか? 進みますか?

 女王は殻の内側よりナイフを突き立てました。百戦錬磨の姫にとって、それは決して避けられない物では無かったのです。しかしなんと言う事でしょう、透き通った刃は深々と姫の肩に突き刺さってしまったのです。


「! 離さぬか!」


 殻の内側から突き出したままだった女王の手は、ふいに力強く掴まれます。それを見つめる姫の眼は、怒りという燃料によりどんな炎よりも荒々しく燃え盛っていました。


「あいにくだが、こればっかりは口を出させてもらわないと気がすまない! 雪流は、アンタのために、アンタを思って……!!」

「離せと言うに! 離してくれ!」


 姫の肩から流れ出る紅くきらめく血が手にかかり、女王は悲鳴をあげました。なぜならそれは彼女が最も嫌う色。火の色。命の色。そしてそれは皮肉にも雪流の眼の色でもあります。


「なんでだよ! どうして写真の中じゃあんなに幸せそうだったのに――」

「もう消えろ! おぬしの顔は見とうない!」

「!」


 金魚姫を消そうと、忠実な氷たちは狙いを定めます。氷の針山はさぞかし痛いでしょう。勝ち誇った顔の女王は手を振り上げます。


「消え――」




「母上。もう止めてください」




 静かに燃えさかる炎を背に、静かな雪流の声が響きます。彼はうつむいたまま淡々と続けました。


「数十ヵ所に火を付けました。この城もすぐに溶けるでしょう」

「雪? おぬし何ということを……」

「頭夜さんや他に氷付けにした人たちを元に戻して下さい」

「知った事か! それよりもはよう火を消さねば」

「戻して下さい」


 有無を言わせぬ雪流の口調に、迷いはもう有りませんでした。あの優しさの中に、母そっくりの冷たさを兼ね備えていたのです。何も言えなくなってしまった女王は、自分の身体が溶け始めていることに気がつき恐怖の表情を浮かべました。


「頼む……火を消しておくれ、わらわはもう動けぬのだ。溶けてしまう……」

「母上、僕はあなたのおっしゃった通りの人になりましょう。人に情けをかけず、常に雪のように冷酷であれ」

「………」


 絶望したかのように目を見開いていた女王は、ふいに溶けかけた手で自らの頭をかきむりました。


「……はは、あはは、あははははははは!! 皮肉な物よ、自らの教えが生き延びる道を絶つとは!」


 狂ってしまった女王は、普段の冷静さからはとうてい考えられないような行動を取りました。燃え盛る火へと自ら歩みを進めたのです。


「母上!?」

「あぁ、あなた、あなた、今そちらに参りますわ、その体を溶かした忌むべき炎によって、自分の息子の炎によって!」


 何の迷いも無かったのでしょう。女王は一気に身を踊らせました。即座に形を失っていく身体から、かすかな声が流れます。


「どうか、わらわを許して、こんなに醜い顔だけれども、どうかお側に――」


 何も特筆すべきことはありません。女の姿の氷のかたまりは、瞬時に蒸発してしまいました。


 ただそれだけの話。


「雪流……」

「大丈夫ですよ灰音さん。雪女はとてもとても冷酷なんです、息子の僕も冷酷です。きっとそうなんです」


 震える声は深々と彼を囲んで降る雪に吸い込まれてゆきました。




「熱っちィィイ!!」

「意外とアッサリ溶けるもんだな」

「焙るヤツが有るかバカウオー!」


 少し離れたところの騒ぎを眺めて、軽く微笑んだ灰音はしっかりと雪流の手を握りました。


「行きましょ、アンタまで溶けちゃうわよ」

「灰音さん……」


 一瞬だけ迷いました。その手を振り切って両親の後を追えば、と


「さー出るぞっ! ほぉらさっさと歩けよ頭夜」

「どわっ! まだ体が上手く――」

「雪」


 首だけ振り返った金魚は二カッと笑いました。


「私はお前が悪くないなんて言わない。それを決めるのはお前自身だからだ」

「僕は……」

「だけどな」

「?」


 ――生きろ。


 単純な命令とでも言うのでしょうか。だからこそそれはストンと胸に落ちたのです。


「はいっ」


 顔をクシャッと歪ませ、仲間の背中を追って雪流は駆け出しました。きっと罪の意識は消えないでしょう、ですが、自分にはこれからがあるのです。


「僕は、前に進んでいきます。行かないと」


***


 溶け落ちる城を脱出した4人は、そこで誰かが待ち構えているのを見ました。緩やかに吹く紫色の風を背負う、その人は、


「魔女……?」


 ぽつりと呟いた金魚の言う通り、完璧なまでのシルエットは深海の魔女その人でした。なぜ岩場の洞窟に居るはずの彼女がここに居るのでしょう? そんな疑問も吹き飛ばすほど魅力的な笑顔で彼女は話しかけてきます。


「久しぶり、かしら? 金魚、元気そうね」

「あ、いや、あの、うん。元気だぞ私は、ハハハハ」


 たじたじの金魚の心は、いまだに用意できていない『元の足に戻るための報酬』のことでいっぱいです。引きつった笑いを返しながら電光石火、金魚の刀の柄が男性陣二人のみぞおちに叩き込まれした。


「ぐっ!?」

「かはっ」


 崩れ落ちる体を抱えたまま、魔女の方へと差し出します。


「ほ、報酬だ」

「ふざけないで!」


 仲間を売り切りしようとする彼女に、すかさず灰音のツッコミが入ります。まぁ当たり前ですよね。


「そりゃ確かに雪流はアンタが買い取ったものだけど、青ずきんまでくれてやる事は無いでしょ!」

「僕は良いんですかぁっ!?」


 そんな微笑ましい(?)光景とは裏腹に、魔女の顔は切羽詰まったように緊張を含んだものでした。


「聞いてほしいことがあるの」


 胸騒ぎを覚えたのでしょうか、金魚の口元は引き締められ真剣な顔つきになります。


「どうしたんだ魔女。なにか……」

「金魚。いえ、 レプリカ達よ。あなたたちに世界を変える勇気は在るかしら」


 ――ズンッ


「!?」


 その言葉がきっかけだったとでも言わんばかりに、突如大地は揺らぎ、空は不穏の雲に覆われました。


「なんだぁ!?」

「見ろ!」


 突然の地震に戸惑っていた一行は、頭夜の刺すような声に視線を上げます。何とそこには――


+++


ちょいと ちょいとお客さん。


アンタ立ち読みは自由だがね

アタシゃ眠り込んでまで話に入れとは言ってないぞぇ ヒッヒッヒ


えぇ? 何か不満げじゃないか この続きはどうしたのか、とな?

バカを言いなさんな、キッチリ終わっているでは無いか


金魚姫、青ずきん、ツンデレラ、白雪女


それぞれの本はバラバラの物だろう? 一冊完結。4つの童話で終わりのはずじゃがのぅ


なに、繋がっている? ほほぅそれはそれはなぁ、お客さん あんたに







いえ、あなたに

結末を見届ける覚悟はあるかしら。


……そう。夢の記憶だけでは済まないかもよ?


それでも良いと言うのなら、こんな本はいかがかしら

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