第7話 ウダウダ考えるより食らい付いて見せろ

 手をパタリと落とし、うつむき加減に話す彼の周りには、霜が降りはじめています。


「父が亡くなってから、母は3日3晩部屋に籠って泣き続けました。どうやら父が死ぬ前の晩、二人はケンカをしてしまったようなのです」


 両親の罵りあいが雪流の脳内によみがえります、扉の影からおびえて覗いていたあの時に戻ることが出来たのなら、身を呈してでも言い合いを止めたのに。


「母はそれからずっと苦しみました……夫が死んだのは私が醜かったからだと。この顔を見るのが嫌になったから炎に飛び込んで自殺したのだと」


 遠い昔を見透かすような眼で、彼は窓の外の雪を眺めます。感情が高ぶると降り出してしまうらしいその雪は、とても脆く切ない物のように感じられました。


「それから母は綺麗な物を異様に憎むようになりました。眼につく物すべてを氷づけにした母の次の狙いは、僕のようでした」


 息子を殺す寸前に、雪女はふと思います。この子にも私と同じ周囲を凍らせる能力がある、ならば外に出向かせて同じような「仕事」をさせれば良いじゃないか、と。


「その仕事を青ずきんで実践したってワケなのね……」

「本当にごめんなさい~」


 すっかり罪悪感にさいなまれた雪流は、金魚と灰音も凍らせる予定だった事を次々と白状したのでした。首を傾げた灰音は、残る疑問について眉を寄せます。


「でもどうして仮死状態で見せ物に――」


 ジャキン


 彼女にとっては聞き慣れた音が頭のすぐ後ろで聞こえました。


「40年代に王都で衛兵に支給されていたNZ‐Oa800、かしら」

「ご名答じゃないかお嬢ちゃん」


 そう答えたのは一番の年長者の小人でした。その手には重たそうな銃が握られています。


「カスタムにクセがあって、掃除をサボるとすぐに音が汚いものに変わるのよね。旧制が陥落してからは裏市場に流れて一般に出回ったと聞いたけどまさか本物をこの身で試すことになるなんて」


 見れば隣の金魚も他の小人たちに拳銃を突き付けられているではありませんか。


「おわぁ、ピンチ?」

「のんきに言わないでよ」


 予定にはなかった小人達の乱入に一番あせったのは、他ならぬ雪流でした。立ち上がり困惑したように訴えます。


「み、みなさん止めてくださいよ! この人たちはダメです、ダメなんです!」

「よぉ白雪姫。お前さんそう言って何人逃がしてきてると思ってるんだ、え?」

「そ、それは……」


 心優しい雪流の事です。以前にも通りかかった旅人を逃がしてきてしまったのでしょう。


「もう我慢がならねぇの。しかも今回はこんな上物たちだろう、さっさと凍らせて雪の女王様に献上するべきだ」

「そーだそーだ!」

「でも僕はぁー……」


 煮え切らない態度にイラついた小人たちは、蔑むような視線で彼をみつめます。


「ほんっとに見せ物にする以外、能が無い奴だな」

「……」


 ホールドアップの体勢で両手をあげていた金魚姫は、その言葉に不思議そうに首を傾げました。


「雪流は、お前らが思ってる以上にスゲーぞ?」

「!」


 その口調は「海は海・空は空だ」とごく自然な事を言うような感じでした。 その言葉に雪流はハッと目を見開き、小人たちはバカにしたようにハァ? と呟きます。


「勝手にしゃべるな!」

「あだっ!」

「さぁ雪流。コイツらを氷のオブジェに変えてやれ」

「……どうしてですか?」


 俯いたままだった雪流は、ここに来て顔をあげました。見れば泣く寸前か、笑う寸前か、怒る寸前のような表情をしています。


「え? どうしてって――」

「少しお尋ねしたいのですが、僕が見せ物になっていたと灰音さんはおっしゃりました。これはどういう事です?」

「あ、いやその、それは……」

「あの時リンゴを売りに来た老人。あれは皆さんのお知り合いでは無いのですか?」


 答えは火を見るより明らかでした。穏やかに問い掛ける雪流でしたが、その真紅の瞳は烈火のごとくたけり狂っています。


「し、仕方ねぇだろう! こっちにだって生活があるんだ! 役立たずのオマエなんだから、ちょっとくらい――」

「もう沢山です! あなた方の商売道具にされるのも母の手駒にされるのもっ!」


 雪流は爆発したかのような叫び声を上げました。その感情の高ぶりが呼び寄せた吹雪によって、部屋は一気に氷点下へと急降下します。従順な少年が逆らった事が信じられないのか、小人たちはただただ呆然とするのでした。


「よーく言った雪流!」

「いい加減、離しなさいよこのっ」


 そしてその隙を逃すほど彼女たちは素人ではありません。即座に小さな部屋の中は文字通り戦場となり果てました。


「このっ……」


 三十八口径のリボルバーの反動に灰音が顔をしかめる頃には、小人の武器はその手から弾け飛んでいました。その横からは金魚が飛び出します。


「っらぁ!」


 流れるような動きで端から斬り伏せ、縦横無尽に駆け回ります。いえ、跳ね回ると言った方が正しいかもしれません。


「こっ……のアマぁ!」

「金魚さん!」


 しかし真に注目すべきなのは雪流でした。彼は破れかぶれで姫の背中に挑みかかった一人に狙いを定めると、長く凍え付くような吐息を浴びせます。


「へ、へっ! 痛くもなんとも――」

「ごめんなさい」


 ふわっと瞬時に間合いを詰めた彼は、その白く美しい手で小人をギュッと抱き締めました。


 パリ パリリ


「あ? あああああああ!?」


 急速に冷やされた事により、ガラスよりも脆くなっていた小人の腕は、悲しい抱擁ひとつで儚く砕け散ってしまいました。


「ひ、ひぃいい! 逃げろぉ!」

「なんだよっ、冗談じゃねえよ!!」

「俺の腕がああ!」


 同居人たちが泣きながら逃げていくのを見て、残された雪女の息子は切なげに笑うのでした。


「薔薇で実験はしてたのですが、肉体とは何と脆くできているのでしょうね」


 ***


「ふぃ~、頭夜をどうするかだよな」


 一段落した部屋の中で氷付けの青ずきん像を囲むのは、見た目だけは文句なしに可憐な美少女3人でした。中身は到底可憐とは言いがたいのですが。


「かまどに突っ込んだら溶けるかな?」

「ヤケドしたらどうするのよ! ちょっと、何とかできないわけ?」


 氷像を抱えて暖炉に投げ込みかねない姫を制止して、灰音は訊ねます。すると凍らせた張本人は困ったように眉を寄せて申し訳なさそうに話しました。


「あ、あの……僕は知りませんが、もしかしたら母が何か分かるかもしれません。以前に気に入らない物を凍らせた時に解凍をしていた気がします」

「じゃ、雪のかーちゃんとこ行くか」

「………」


 ドアへとむかう足がわずかに躊躇したのを見て、敏感な灰音は心配そうに問いかけました。


「大丈夫なの?」


 決して逆らう事の無かった少年は、初めて母と言う絶対的な存在に立ち向かう事になるのです。迷う雪流はボソッと呟きます。


「母には逆らえないです、けど」


 はらはらと流れ落ちる氷の涙が床に落ちて砕けます。


「いつかは意見を言わなくてはいけないんですよね。でも僕はなにも出来ない人間で……母の前ではすくんで動けないかもしれなくて。あぁでも」


 やりきれない。葛藤は。いつまでも


「……き、金魚さん。聞かせてください。僕は母に勝てると思いますか?」

「知るか」

「!?」


 必死の問い掛けに金魚姫はポリポリと頭を掻きます。


「お前に何が出来るかなんて知ったこっちゃねぇよ。今の雪流はエサを前にして釣りのエサかどうか迷ってる魚みたいだぞ。あーだこーだ考えるだけで実際に動いて確かめようとしないんだ」


 そのまま氷付けの頭夜をヒョイと持ち上げ、姫は扉を開けました。すぐさま冷たい冷気が戦闘でほてった顔に頬擦りします。


「食らいついてみなけりゃ、いつまで経っても結果は分からないままだ。そうだろ?」


 唖然としたままの彼は、かろうじて一言だけ、聞く事ができました。


「もし、食らい付いたのが、間違いだったなら?」


 ニッと笑った金魚姫は、こう言いました。


「釣り人に逆に喰らいついてやれ!」

「逃げれば良いのよ、ね」


 灰音にも諭され、雪流が顔をあげた時、赤い瞳はもう潤んでは居ませんでした。


「ご案内します。僕を同行させてください」

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