第5話 死とは完成された芸術品である
ガサッ
「おぉ、茶色いシャチだ」
「バカ言わないでよ、こんな森の中にそんな物が居るわけ無いでじゃない。これはバクベアって言うモンスターなのよ」
「悠長に話してないで戦えお前らーっ!!」
森の中を歩いていた3人組みは突然現われたバクベアと戦闘を開始しました。黒髪の少年が大剣を振るい、紫髪の少女が弾丸を放ち、赤い着物少女が空高く跳ぶと
グオオオオン!
アッサリと敵は倒れてしまいました。
「いっちょ上がり~っと……頭夜、これ食えるかな」
「腹壊したいんなら食え」
チン! と刀を鞘に戻した少女は頭夜と呼んだ少年へと振り返り、そして冷たく一蹴され落ち込むのでした。
「? どうした灰音、ケガでもしたのか?」
「あ、青ずきんに心配される謂われ何か無いわよっ! ただ……」
それとは別に、一人茂みの向こう側を覗いていた灰音と呼ばれた少女は、戸惑い顔で見た物を報告します。
「人が、死んでる」
「え」
そんなバカなとそちらを覗いた頭夜は、茂みのむこうに透明な柩の中で眠るように横たえられたそれを見ました。
「死んでる」
「でしょう?」
ひとまず近寄ってみようと言うことになった一行は、バクベアを残し移動を始めました。
「金魚? 行くわよ」
「なぁっ 意外と耳がコリコリしてて美味いぞ!」
「食うな!!」
近寄ると、それは確かに死体でした。なめらかな白い肌。対照的に紅いくちびる。きっちりと切りそろえられた淡い銀髪はまるで雪のようです。
「生きてるみたいな綺麗さだなぁ」
屈んだ姫は花の中にうずもれるように置かれた柩を真上から覗き込みました。と、その時
「あーダメダメッ! それ以上近寄るなら別料金だからねっ お客さん!」
パタパタと走りよって来たのは、姫のヒザの高さも無いほどの小人でした。長く伸ばしたヒゲが地面まで届いていて、今にも踏んづけて転んでしまいそうです。
「おい、大丈夫か?」
期待通りにスライディング土下座をしてきた小人を見下ろしながら、頭夜は呆れたように声をかけますが、
「観覧料」
「は?」
「か・ん・ら・ん・りょう!」
ずいっと手を差し出されても何のことだか分かりません。その時、灰音が遠慮がちに口をはさみました。
「ねぇ、もしかしたらこれのことじゃ無いかしら?」
彼女が指差した場所、白い死体が横たえられている棺の側面にはこう書かれていました。
【今、巷で話題の白雪姫. 期間限定展示中!】
「その他にも白雪まんじゅう、白雪サブレ、ゆくゆくは白雪温泉をこの地に建設予定です。とにかく見ちゃったんだから観覧料払ってください」
「ただの観光名物じゃないか、死体を冒篤するなよ……」
呆れ顔の頭夜は先ほどの文章をよ~く見てみました。妙な違和感を感じたからです。
【今、巷で話題の白雪姫.(?) 期間限定展示中!】
「偽者じゃねぇか!」
なんと、あの名前の横の小さな点は「?」マークでした。よくある騙しの手ですね。そんなバカらしいやりとりをしている時、ふと白雪姫(?)をみつめていた金魚姫は、こんな事を言い出しました。
「なぁ、これ買って良いか?」
なんと言う威力のある言葉。その場に居た全員が凍りついてしまいました。
「ききき金魚アンタついに死体趣味に!?」
「おい止めろ! いくらお前が非常識でアホだとしてもそれだけはやっちゃいけない!」
「何気に失礼なこと言うんだな、お前ら……」
頭夜と灰音の制止もむなしく、姫はジャラジャラと懐から宝石ティアラその他貴金属類を取り出します。
「……どうしたのよそれ」
「仮にも私は「お姫さま」だぞ? こんくらい――」
「軽く盗み出せるよな。灰音の居たあの街から、あの城から」
金魚は聞こえなかったかのように「複雑なジジョウで手に入れた」それらを、小人へと手渡しました(この場合の複雑とは、おとりとか引き付け役とか灰音とか頭夜とかをダンスパーティーに行かせている間に盗み出すことです)
「足つくと困るからよ、慎重に売りさばけよな」
わなわなと震える手で受け取った小人は、飛ぶような速さで走っていきました。
「さて、と」
「で? どうするんだ死体なんて」
機嫌の良さそうな姫は肩ごしに笑顔で振り返ります。
「元に戻るために、魔女へのおみやげにするんだ」
先ほどとはまた違った意味で二人は黙りこんでしまいます。もともと金魚姫は海の底のお姫さま。人魚の体に戻る為に今ここに居るだけなのを忘れていたのです。
「も、もう少しこっちに居たって良いじゃない!」
「そうだ! 第一、今のお宝、俺らの分け前も一緒に渡しただろ。それを払わないと帰さないからな!」
「アホぅ そんなん払えるかバーカバーカ」
とてもお姫さまとは思えない発言をしながら金魚姫は棺を抱え逃げ始めました。
「ひゃっほーい! あの魔女は宝石よりこう言う方が好きそうだからな~。オヤジも反省した頃だろ」
走りにくい体勢ながらも軽快に走り回る姫の敗因は、足元を見なかった事です。飛び出していた木の根っこは確実に姫の足を捕らえました。
本日何度目か分からないドッキリを、頭夜はスローモーションで見届けました。音だけで表しますと「ガッ ガタン ドサッ チュッ」と言った感じです。
「チュう?」
「ってオイ……」
棺から放り出された白雪姫(?)の上に覆いかぶさるようにして、金魚姫は転んでしまったのです。沈黙の中、真顔の金魚姫は袖で口元をゴシゴシとこすりながら立ち上がり、神妙な顔つきで振り返りました。
「……ましゅまろ」
「「キス――っ!?」」
のけぞった頭夜はふと「白雪姫」を思い出しました。話の通りですと彼女は――
「ん……」
果たして期待通りに白雪姫(?)は微かにうめいたのです! 長い睫毛がふわふわとゆらいだ直後には、その唇と同じくらい鮮やかな赤い瞳が金魚姫を見つめ返していました。
「貴方が、わたくしの?」
「と、とりゃ!」
ドスッ
「はぅ!」
驚いたのは後ろで見守っていた二人です。なにしろ目覚めさせた張本人が「ぼでぃーぶろー」で気絶させてしまったのですからね。
「なにしてんだバカ!」
「だって……だって……生きてるなら魔女は受け取らないだろうし……」
「本気で困ったような顔をするな! こっちが泣きたいわっ」
「ちょっとアナタ大丈夫!?」
慌てて金魚姫から隔離した少女を、灰音は心配そうに介抱します。
「あ、ごめんなさい。なんだか急にお腹が痛くなってしまって……」
「その事については忘れてちょうだい」
うろたえる姫をようやくなだめてから、改めて4人の若者はお互いに自己紹介をしました。
「俺は頭夜。出身は西の森」
「私は灰音よ、城下町から来たの」
「金魚。海の底からだ!」
ふふふ、と少女は笑いました。そうするとますます清楚で可憐な美少女に見えます。
「わたくしは雪流(ゆきる)と申します。皆さんはどうしてこちらに?」
「そのまえに、どうしてあんな処で見せ物になってたワケ?」
「あ、でしたら立ち話もなんですからわたくしの家でお茶でもいかがでしょう?」
少しお腹の減ってきた一行はありがたくその申し出を受けることにしました。
彼らが去った後、どこからともなくヒソヒソ声が聞こえてきます。
「分かっているな雪流……確実に仕留めるのだ」
「そーだそーだ」
「特にあの黒髪の男!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます