第4話 あなたに捧ぐガラスの靴(15cm)

 翌日。街のあちこちにはこのようなビラがばらまかれました。


【おふれ:王子の持つガラスの靴にピッタリの女性を探しています、草の根をわけてでも探し出します、逃げ場は無いものと思え】


「これで誰が自首するって言うんだよ……」


 物置小屋の薪の束に腰掛けながら、頭夜はビラを姫へと渡しました。


「こう喧嘩売られたら私なら菓子折りもって乗り込むぞ。返り討ちだ」

「いい、やめろ。余計話がこんがらがる」


 バシンバシンと両手を打ち込み始める姫に、痛む頭を抑えつつ頭夜は制しました。その時、きしむ音をたてて物置小屋の扉が開かれます。舞い上がるホコリに顔をしかめながら入ってきたのは灰音でした。


「けっほ、アンタたちよくこんなとこ居られるわね」

「お、どうだった?」

「こってり絞られたわよ、まったく……」


 元の服装に戻ったのをバッチリ継母たちに見られていた灰音は、散々いびられた挙げ句、王子の前には出るな! と、言われたのでした。王子の怒りようは家族にまで飛び火しそうな勢いでしたから。


 しかし、そんな危機をよそに、物置小屋に勝手に居座った二人はこんな事を言い出したのでした。


「なぁ、灰音ぇ~腹へったぁー」

「そういや俺も……何かないか?」

「まったくアンタたちときたら。待ってて、パンくらいならあるかもしれないわ」


 出て行く時チラッと頭夜を見て、彼女はパタパタと駆けていきます。その背中を見送りながら、姫は『ふ~ん』と、どこか面白そうに笑いました。


「なぁ、頭夜は灰音のコトどう思う?」

「なんだよ急に……つーか寄るなっ、近い!」


 ずいっと迫られた青ずきんは、どぎまぎしつつ金魚姫から顔を背けました。


「い、まのところ灰音にそういう感情は無い」

「ま、まさか男に興味があるとか……!」

「んなわけあるかー!」


 飛躍しすぎる姫の襟元を揺さぶる頭夜に対し、姫は半笑いの表情を浮かべます。


「きひひ、憎いねぇ色男」


 反論しようと息を吸い込んだその時――彼らの耳に空気を切り裂くような悲鳴が届きました。聞き覚えのある声に反射的に立ち上がります。


「灰音!」

「何かあったかっ」


 2人は即座にそれぞれの武器を手に飛び出します。


 声の出どころに駆け付けた時、灰音はたくさんの兵士に囲まれて捕えられていました。暴れる彼女の前へ、顔に包帯を巻いた王子様が現れます。彼は灰音のアゴをつかむとグッと引き上げ薄く笑いました。


「やぁ、こんにちわ御令嬢。僕のメンツを傷付けてくれた罪。軽くは無いよ?」

「……」

「しかしまさかこんな下賎の者だったとはねぇ。あ、そうそう、このガラスの靴はお返ししようか」

「なっ!?」


 そう言って王子が取り出したのは、どんな足も入らなさそうな、それはそれは小さなガラスの靴でした。灰音に仕返しする為に特別にこしらえさせた物です。ニヤニヤ笑いながら彼女の足を掴んだ王子に、灰音は悲鳴を上げました。


「そんなの入る訳が無いわ! やめてっ」

「確かに貴女の愛らしい足にも、この靴は少々小さいようだ。おい、そこの兵、彼女の足の指を切り落としてさしあげなさい」

「!?」


 傍らの兵士に命じると、満足そうな笑顔を浮かべて王子は言いました。


「なに、シンデレラの姉もやった事です。アナタに出来ないはずが無い」

「へへへっ、動くなよお譲ちゃん」

「い、いや……いやぁ――!!」


 素早く振られた刀身は、寸分たがわずにそれを切り落としました。


「ぎゃぁああ!!」

「振られたハライセにそりゃねーんじゃねぇの? 王子サマ」

「金魚……!」


 腕を斬り落とされた兵士をグイッと押しやったのは、ニヤリと笑った金魚姫でした。そして――


「まったくだな」


 背後から近づいていた頭夜は、灰音を捕えていた2人をアッサリと昏倒させてしまいました。フラッと倒れかけた灰音を支えて短く聞きます。


「怪我は?」

「へ、平気よ! なんでもないわこんなの。アンタに聞かれるまでもないの!」

「なら良いんだが。立てるか?」

「……うん」


 あせった王子は残っている兵たちを、姫と頭夜に向けようとします。


「何をしている! さっさとあの2人を倒せ!」


 その言葉に、金魚姫はニィッと笑い、血のついた刀をビュッと振ります。


「いっちょ行くかぁ~」

「大人数に銃は不向きだ、どっか隠れてろ」

「言われなくても分かってるわよ!」


 50人あまりの兵に囲まれた姫と頭夜は、背中合わせに声を掛け合います。


「どっちが多く倒せっか勝負な」

「望む所だ」


 平穏なはずの街角のお家の庭は、一瞬にして血と斬劇と肉片が飛び交う戦場となりました。




 そして


 泣く子も黙りそうな大乱闘は、わずか数分で決着が着いてしまいました。


「……」


 累々と積み上げられた兵士たちの上で、2人は得物から血を払います。王子はただ口をパクパクさせてそれを見ているばかりでした。


「にじゅーろく」

「チッ、24だ」


 どうやら総勢50人兵士をかけた勝負は姫の勝ちのようです。その勝者はカラカラと笑い、刀を肩に担ぐとこう言いました。


「それにしても地上ってのは抵抗がなくて戦いやすいんだな、海の中とは大違いだ」

「……そーかい」


 どこか苦笑いで答える頭夜はコッソリ息をつきました。まったく、26人も倒しておいて呼気一つ乱さぬとは恐ろしいお姫様です。


 その時、我に返った王子はバッと身構え声を張り上げました。その姿はまるで威嚇をするネコそっくりです。


「この化け物どもが! 僕に手をかけたらどうなるか分かってるだろうな! 死刑だぞ死刑っ、今に各地から兵が集まってくるんだからな!」


 呆れたような顔を見合わせた二人は、軽く言い合います。


「化け物だとさ、頭夜」

「お前に関しては否定できないな」

「なにをぅ!?」


 ひとまず目の前の化け物たちから逃げようと、及び腰の王子様はジリジリと後ずさりし始めました。


「良いか!? そこを動くなよ!」


 ゴリッ


「ひっ……」


 しかし後頭部に何か冷たい物が押し当てられ、それ以上逃げることが出来なくなってしまいます。


「王子サマ? どこへ行かれるのかしら?」


 鈴を転がしたような灰音の声に、王子の顔は今日の晴れ渡った空よりも青くなりました。ひとまず命だけは助かろうとプライドもかなぐり捨てた王子様は、振り向くことも許されない彼女に話しかけます。


「き、きみ、宝石でもお金でも綺麗なドレスも好きな物なら全部あげるから、その銃を早々に降ろしてくれないかい? そうだ、僕のお城の近くにある小さな美しい別荘をあげよう! 侍女もたくさん付けてあげよう。それから――」

「形のある幸せなら要らないの。欲しいのは本物」


 ニコッと笑った灰音は、眼にも止まらぬ早撃ちで王子の足の指を全て吹き飛ばしました。


「ギャァアア!!」

「自分でガラスの靴でも履いたらどう? さ、行くわよ金魚! 青ずきん!」

「あいよ~」

「青ずきん言うな! 俺には頭夜って名前が」


 未練も何も残さない晴れやかな笑顔の灰音は、去り際イモムシのように転げ回る王子とあっけに取られて居る姉たちに向かってこう言い放ちました。


「それではごきげんよう、皆さま」


***


「あらら~、こりゃまたハデにやられちまったなぁ」


 数分後、何もないところから現われた魔法使いはその場の惨劇をとくと眺めました。


 50人ほどの兵士は『もー動きたくない』とでも言うようにそこかしこに転がっていますし、ガタガタと震える3人姉妹とお母さんは話になりそうにありませんし、何よりこの国の王子様が苦痛でゴロゴロと転げまわっているのです。死人が出ていないようなのは不幸中の幸いでしょうか。やれやれ、と頭をかいた魔法使いは、懐からピンク色の液体が入った小瓶を取り出して王子に与えました。


「それ使えば指くらいならまた生えてくるからさ、灰音ちゃんのことは運が無かったと思って許してやってよ」

「な、ぜだ? あの女は何者なのだ? 貴様はいったい……」


 その問いに魔法使いはひょうひょうと答えました。


「いやぁ~、何て言うか後始末? 道から外れすぎた童話は修正しなきゃな。とくに部外者が入り込んで暴れすぎちゃった時なんか」


 ふっと瞳を陰らせ魔法使いは空を仰ぎます。悲しげな笑みで仰ぎます。


「それがニセモノの童話だとしても、だろ? 深海の魔女さんよ」

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