第3話 ツインテールと銃~ツンデレを沿えて~

 うっそうとしげる森の中を、男の子と女の子が特に急ぐでもなく歩いていました。先を歩く金髪の女の子に黒髪の男の子はたずねます。


「ならお前は元の……人魚の姿に戻るために地上に来たのか?」

「偶然×魔女×観光=私はここに居る」

「…………」

「おい頭夜~、反応しろよぅ 頸椎へし折るぞ」

「あだだだ! 冗談になってねぇー!」


 ふたり――金魚姫と頭夜が仲良くじゃれあいながら進んで行くと、森の向こうからお城のてっぺんが見え、続いて崖下にすそ野のように拡がる街が現われました。


「あれは?」

「とりあえず力をゆるめてく……れ、きんぎょ」


 もはやペシペシとしか金魚姫の腕を叩けない頭夜はドサッと落とされ、息をめいっぱい吸い込みました。


「ゲホゴホッ……なんでそんな細っこい腕してゴリラみたいな筋力なんだよ!」

「鍛えてるからな」


 ブンブンと腕を素振りしはじめる姫を見て、彼は本気で逃げ出そうかと思ったのでした。


「それで、あのでっかい建て物はなんなんだ?」

「ありゃ城だろ、カームだかパームとか言う貴族のだったか……」

「城ぉ?」


 金魚姫はすっとんきょうな声をあげます。それと言うのも彼女の住んでいた水底の城は天然の岩床を利用していたお城なので、地上のあのような城を見たことが無かったのでした。


「ニンゲンはずいぶんカッコ悪ィ城を建てるんだな~?」

「まぁ、悪趣味ではあるな」


 崖の上に立ちながら二人はお盆のような丸い城下町を見下ろします。ちょうど夕暮れ時、中央のお城を針として街はまるで日時計のようでした。


 ふと西風になぜられていた姫は気付きます。


「城、ってコトは金持ち?」

「一応は貴族だしな……おい、何考えてんだ?」


 城→貴族→金持ち→お宝=魔女への支払い。


 チキチキチキチーン


 姫の頭の中でそろばんが弾かれました。その間約0.2秒


「突撃だ行くぞー!」

「は? ちょっと待てコラ!」


 頭夜の制止も聞かずに、姫は崖からぴょんッと踊り出しました。


 そう、地上20メートル上空に


「金魚ぉ―――ッ!?」

「待ってろお宝ぁぁぁぁぁぁ!」


 そして何事もなかったかのようにスタッと華麗な着地を決めた姫を見て、頭を抱える頭夜が一人。


「アイツ元人魚だろ……なんなんだよあの超人的な脚は」


 ***


「灰かぶり! ワタクシのドレスの調節をしてちょうだい!」

「部屋の掃除は済んだの灰かぶり!」

「私の名前は灰音(ハイネ)です。灰かぶりって呼ばないでくれません? お姉さま」


 紫色の長い髪の毛を、高い位置で二つに括りあげた女の子、灰音はぞうきんを持ったまま振り向きました。


 お姉さまとは言いましたが、彼女たちの間に血のつながりは無く、無くなったお父さんの連れ子だった灰音は……可哀想に、今ではまるで奴隷のように扱われているのでした。


「それではいってらっしゃいませ」


 今夜もお母様とお姉様はカーム公のお城で開かれるダンスパーティーに出かけます。もちろん可哀想な灰音はおいてけぼりでした。


「……くやしくなんか無いんだから」


 金無垢の瞳をうるませて、灰音はお皿洗いを始めます。ウワサでは今日のダンスパーティーには王都から王子様も来ているのだとか。


「でも、ちょっとだけ行きたかった……な」

「行きゃいーじゃん」

「!?」


 お台所にふさわしくない、堂々と響く声に灰音は驚きます。


「だ、誰なのよ!」


 右腿に吊っている三八口径リヴォルバーを引き抜き油断なく構える彼女の目の前に、唐突に誰かが現われました。


 パンッ


「ぎょぇあ――!?」


 なんの躊躇もなしに飛んで来た弾丸を、金魚姫は反りに反ったブリッジで避けます。


「見つけたぞ金魚ォ――! 先行くなって言 ぶべしっ!!」


 的を失った弾は、ちょうど勝手口を開けた頭夜のアゴに命中してしまいました。それはもう綺麗に。


「あら?」

「死んだか?」


 そしてパッタリと倒れた彼を見て、ようやく灰音は銃を収めました。


「貴方たちは……?」


 ***


(話し声が 聞こえる)


 ――おとぎばなしを紡ぎましょう、あなたがよく眠れるように


 流れるような調べに、頭夜のまぶたはどんどん重さを増していきます。


(なんだ? これは 古い記憶?)


 ――むかしむかし、これはまだ妖精たちが人と仲良く暮らしていた時のお話です……


(いや、どうでもいい。何もかも忘れて眠れば――)


 ……


「お~い おきろ! 屋根のてっぺんから吊り下げるぞー」

「んな斬新な起こされかたゴメンだぁー! ――うっ!」


 頭夜は飛び起きた瞬間、脳が揺さぶられるような感覚に再びパタリと横になってしまいました。そして薄目を開けたまま古ぼけた屋根を見やります。


「……俺、撃たれたよな?」

「目覚めたの?」


 カチャッと軽い音をたてて開かれたドアの向こうから、灰音が顔をのぞかせました。その手には水をいれた金ダライがちゃぷちゃぷと音を立てています。


「誤射したのはゴム弾よ、死ぬわけないじゃない」

「灰音がベッド貸してくれたんだぜ」

「あ、悪かったな」

「べ、別にアンタの為に貸してたわけじゃないわよ! 後々めんどうになるのが嫌だから――!!」

「いでででで!」


 真っ赤になった灰音はゴム弾で赤くなった頭夜のアゴをタオルでこすります。俗に言う『つんでれ』ですね。


「それにしても、アンタら何なのよ。人ん家に勝手に入ってきたと思ったら撃たれるんだから」

「おう、自己紹介がまだだったな。私は金魚っつーんだ。こっちは青ずきん」

「頭夜。名前は頭夜だから。青ずきんはあだ名」


 律儀にツッコミを入れる頭夜ですが、金魚姫は気にも留めずに灰音へと尋ねます。


「ところで灰音はさっき何をぼやいてたんだ? どっかに行きたいとか言ってなかったか?」


 聞かれた彼女は、ふっと視線をそらしました。


「別に。お城に行きたいのはただの憧れよ、そんな大それた事できないわ」

「なんでだ?」

「お城のダンスパーティーなのよ? こんなみすぼらしい格好で行ったら良い笑い物だわ」


 確かに彼女の着ている物は色のあせたスカートに染みだらけのエプロンでした。どうひいき目に見てもドレスには見えません。


 しばらく彼女を見ていた金魚姫は、唐突にこう言いました。


「なぁ灰音、奇跡って信じるか?」

「きせき?」


 わずかな夕陽が姫の背後にゆっくりと沈んで落ちていきます。笑っているのでしょうか、その口元だけがゆっくりと弧を描いていきます。


「この私が信じさせてやろうか」


 タッと降りた姫はニヤと笑いました。


「魔法使いって本当に居るんだぜ」


 ***


「こんな物で本当に大丈夫なの!?」

「さぁな……」


 ぼやいた頭夜は、ドサッとカボチャを焦げ目のついたまな板へと落としました。その横にはキーキーとわめくネズミが4匹に雨水に塩こしょうを少し。姫の指示通りに集めてきたは良いのですが、一体全体何に使うと言うのでしょう?


「じゃ、始めるぞ!」


 そう言うとおもむろに姫は全ての材料を鍋にブチ込みコトコト煮込み始めました。神秘的なムラサキ色の泡が出始めた頃、姫はその鍋を抱えて外に出、ランプの灯りが優しい通りにドンッと置きました。


「何をするつもり……?」

「心配すんなって!」


 顔をしかめる灰音の横で、姫はふところから何やら怪しげな緑の小ビンを取り出しました。


「さてさてお立ち会い。取り出したりますは魔女から盗……譲り受けた魔法の液体。そいつをこの中に――」

「今さらだがツッコミ処満載だな!?」

「まぁまぁ気にしない、そんでもってこっちはーっと」

「っ!」

「冷たっ……」


 パッと続いて取り出したコハク色の小ビンを、今度は頭夜と灰音の二人に頭からかけてしまいます。スーッと流れていくミルク色の液体は、白いケムリを出しながら、撫でるように彼らの体を覆っていき、そして


「うそ!」


 ケムリが晴れた後に立っていたのは、淡い水色のドレスに包まれた灰音でした。


「ちょっと待て! なんで俺まで!?」


 信じられないような顔で立ち尽くす彼女の陰から、これまた礼装の頭夜が現われました。


「さて、なんででしょう。さぁ、そしてお前らはこれに乗っていくのだ!」


 姫が指し示す先には、カボチャと4匹のネズミから作られた、白い馬がいななく4頭立ての立派な馬車が待ち構えていました。


「タイムリミットは0時。よい夜を……」


 ***


 それから数十分ほど経ったころです。


「待たせたな灰音ちゃ~ん! この大魔法使いさまがキミを美しいレディに変身させてやろーじゃねーの!」


 バタン、とハデな登場をした自称大魔法使いは、もぬけの空の台所を見て固まったあと、しばらくしてから持っていた手鏡に話しかけました。


「どういう事さね? 深海の魔女さんよ」

「結論から言うなら遅刻ね。あと金魚の暴走」


 ***


 お城の鐘が10時を打ったときでした。


「まぁ素敵なお方達……」「どこのご令嬢かしら」


 お城の前に立派な馬車が停まります。その中から降りてきた男女に広間はざわつきました。ぎこちない動きながらもエスコートしている頭夜のとなりで、灰音は満足そうにニコッと笑います。


「ごきげんよう、皆さま」


 いつもとまるで違う雰囲気に、彼女の継母も姉も灰音だとは気が付きません。その華が咲いたような表情に、王子様はスッと立ち上がりました。


「あの人だ。あの女性が私の妻となるのにふさわしい」


***


 一方、城の外では単身残った金魚姫が表通りに出てストレッチを始めました。


「さぁ~ってと、アイツらが居ない間におっしごと~」


 雄大なお城を見上げた金魚姫は、軽く屈伸運動をしてからパシン!と頬を叩いて気合いを入れました。


「うしっ!」


 そして軽く助走をつけると、思い切り踏み込みました。


 金色のまんまるお月さま。


 そこに一瞬、人のシルエットが重なり、お城の上へと消えていきました。


「……」


 それを目撃してしまった靴屋のご主人は、酒場でしきりにこう繰り返すのでした。


 ――本当だって! 赤い服を着た女が空を跳んでたんだ!

 ――ははぁ、靴屋よ。おまえさんここに来るまでにどこで一杯引っかけてきたんだ?

 ――嘘じゃない!


***


「踊らないの?」

「ん? あぁ、踊れない」


 つい先ほどまでキャアキャアと貴婦人に取り囲まれていた頭夜は、ようやく波が去った後ウンザリした顔でため息を吐きます。しばらくモジモジとしていた灰音は、覚悟を決めたかのようにまっ赤な顔を上げるとこう言いました。


「仕方ないわね、私が一緒に踊りながら教えてあげるわ!」

「は? オイ俺は別に――」


 なぜ農民の息子である自分がダンスなんて覚えなくてはいけないのかとか、そもそも何故アイツは俺までこのパーティーに行かせたのだとか、踊るより向こうにあったショートケーキが喰いたいだとか――


 色々な事を考えていた頭夜は、気付くとフロアの中心で灰音と踊っていました。真っ赤な顔はしていますが、彼女は上手に初心者である頭夜を上手くリードしていきます。


「上手いもんだ」

「……アンタの筋が良いのよ」


 回って手を取り、クルリとくぐって引き寄せる。ふ、と顔をほころばせた頭夜は、次の瞬間いきなり灰音を突き飛ばしてしまいました!


「きゃっ、なにすんのよっ!!」


 怒りにキッとにらみつけた灰音は、目の前でキィン!と、切り結ばれた剣に目を丸くしました。


「その女性は私と踊るのだ!」

「王子様!?」


 頭夜に切りつけたのは、なんとこのパーティーの主役とも言える王子様でした。頭夜は牽制しつつ間合いを測っています。


「突然なにしやがる! っていうかあれ? なんだかここんとこ俺不意打ちされてばっかじゃね?  なにこれ天中殺? こわい」

「その女性を速やかに此方に渡せと言っているのだ。さもなくば――」


 さもなくば。なんだったのでしょう? 再度切り掛ろうとした王子は、上から降って来た金魚姫に押し潰されてしまいました。


「金魚!」

「何やってんのよ!?」


 2人がそう叫びたくもなるような格好を姫はしていました。頭にはダイヤのちりばめられたティアラ、柔らかそうな赤い外套、指には大量の指輪。手にしている袋はパンパンになるほど物が詰めこまれているようです。


「やべぇっ、ここ大広間かっ!?」

「ほー? つまりは後ろめたい事をしていたと言うことか」


 静かに怒りながら近づいてきた頭夜に、姫はあせりながら後ずさりを始めました。


「いや、あのな? お前らを囮に逃げようなんて思ってないから、ホント」

「あはははは。本音がだだ漏れてるぞ金魚姫ぇ~??」

「危ない!」


 ハッと飛びのいた頭夜と姫が居たその場所に、剣が振り下ろされます。二人の間に割り入るように斬り込んできたのは、眼をギラギラと光らせる王子様でした。


「泥棒ネコと無礼者め。まとめてこの私が叩きってくれる!」


 熱く語る王子に、2人は呆れたような視線を向けます。


「しかたねーなー、アイツは私が引き受けよう」

「いや、俺が行く」

「そうか、頼んだ」

「もうちょっと引っ張れよ!」


 ギャーギャーと騒ぐ頭夜と姫の間に、再び斬撃が走ります。なんだかんだ言いながらも打って迎えたのは頭夜でした。そのまま王子と頭夜は広間の中心で打ち合いを始めてしまいます。


「……なによ、ダンスは? パーティーは?」


 周りの女性は悲鳴をあげ、男性は沸き立ちながらヤジを飛ばします。その喧騒の中で灰音はブツブツとつぶやいていました。着実に怒りのボルテージを上げながら、ゆらりと佇んでいます。


「さぁ! お前を倒せばあの女性は私の物なのだろう!?」

「くっ……」


 その言葉が引き金でした。


 チュインッ


「はーっはっはっ   は?」


 高笑いを間の抜けた疑問符で締めた王子の頬を、何かがかすめていきました。手をやればゆっくり流れるのは鮮やかな赤い血。呆然とする王子に向けて、静かな、けれど怒りを押し殺したような灰音の声がかけられます。


「何よ『物』って。私はただダンスパーティーと食事をしに来ただけなのにどうしてこんな風になるわけ?」

「私の妻にしてやろうと言うのだ! 黙って大人しく……」

「願い下げよ――っ!!」


 王子の発言をきいて、ついに灰音は爆発してしまいました。ガラスの靴を脱ぎ捨てると、それをおもいっきり王子に投げつけます。


「げぱ!?」


 ガラスを口につっ込まれた王子でしたが、出て行こうとする灰音の前に立ちはだかりました。ここまできたら意地でも行かせたくないようです。


「しつこいわね……!」


 その時、0時の鐘が鳴り響きました。ボーン ボーンと、重々しい音を出しながら、広間の大時計は日付が変わったことを告げます。


「げっ! 逃げるぞ二人とも!」

「ちょっと、どう言うこと!?」


 慌てて駆け出した姫に伴走しながら走り始めた2人の服が、なんといつもの服に戻っていくでは有りませんか!


「タイムリミットか……」


 慣れたいつもの服に戻り、走るスピードを上げた頭夜は邪魔なテーブルを蹴り飛ばし道をつくります。


「まったく……俺らをおとりに使うなよ」

「おとりじゃない! 引き付け役だ!」

「同じよ!」


 弾丸のような勢いで出口から飛び出した3人は、闇夜の中に消えてゆきました。

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