04. レリッサの憂鬱4

 王宮の扉に続く階段を登りながら、リオネルは「実はこの国で夜会に出るのは初めてなんだ」とレリッサにささやいた。


「あら、デビュタントは?」

「事情があってね。してない。軍に入ってからはずっと、夜会の時は警備する側だったから」


 だから、無作法があったらごめんと、彼は言った。


 階段を登りきると、軍の下級士官が入場者の確認をしていた。普段ならここで招待状を見せ、リストと照らし合わせるのだが、彼が軍の関係者だからだろうか、下級士官は一切確認せず、敬礼だけしてリオネルとレリッサを通した。


 扉を抜けると、目もくらむようなまばゆい光が視線を惑わせる。金や銀の装飾が施された見事な回廊だった。シャンデリアは大ぶりのダイヤモンド。それに魔法で灯された明かりが反射して、回廊中に煌めくような光彩がきらきらと揺らめいている。いつ来ても、華美で頭がくらくらするような豪華さだった。


 金の縁取りと房飾りのついたふわふわの絨毯の上を、足を取られないようにそっと歩いていく。中央の螺旋階段を登り、たどり着いた先が舞踏会の会場である大広間だ。


 レリッサたちが最後の招待客だったようで、扉の脇に控えていた執事がすでに閉じてしまった扉をそっと隙間だけ開けて中に入れてくれた。


 入った途端、ざわりと人の気配が揺れた。視線がこちらに一気に注がれたのが分かる。人から人へと小さな声が移っていき、レリッサたちが広間の奥へと歩いていくごとに、ざわめきと視線が波紋のように広がっていく。人々の視線が注がれるのは、主にリオネルの方だ。


「あの方は誰?」

「一緒にいらっしゃるのは、ラローザ家のお嬢様ね」

「なんと…」

「初めて見る方だわ」

「素敵ね」


 値踏みするような視線だ。その視線を注がれる方は、あまり気分は良くないだろう。

 レリッサが気遣うようにリオネルを見上げると、彼もレリッサを見下ろしていて、唇の動きだけで「ごめん」と囁く。

 それに、レリッサは顔を横に振って答えた。


 その不快な雰囲気も長くは続かなかった。楽団が一旦音楽をやめたのだ。それはまもなく国王が入ってくることを示していた。金管楽器が一等大きな音を上げて、国王の来訪を告げる。大広間の奥の、最も贅沢な造りの金の扉が開いた。


「まぁ…」


 国王の御前で口を開くなど、言語道断。だと言うのに、レリッサの唇からは、小さな声が漏れ出してしまった。


 まず入ってきたのは王太子セルリアン王子だ。銀の長髪を後ろでまとめて、今宵は髪と同じ銀にも白にも見える正装姿だった。そして、王子に手を引かれて国王がゆっくりとした足取りで入ってきた。


 その風貌たるや。


「まぁ…」と声を上げてしまったのは、レリッサだけではなかった。

 一人一人の動揺が、確かなざわめきとなって大きな広間に広がっていく。それも致し方ないほどの、国王の変わりようだった。


 国王は御年八十二歳。スタッグランドの国王としては、歴代最年長だと言う。確かに年々、足腰が弱り夜会でも立ち上がることはほとんどなくなっていた。だが、表情は溌剌として、とても八十を超えたとは思えぬほど、しっかりとしていたのに。


 今、目の前に現れた国王は、昨年、シーズンの終わりの最後の舞踏会で見たその姿とはまるで別人だった。痩せて頬骨の目立つ顔。足取りもあまりに弱々しく、王子に握られる手や袖から見える手首も枝のように細かった。


「国王はどうされたのだ」

「とても健康なようには見えん…」


 人々の声が次第に大きくなり始めた。それを、パンッと手を打って静める者があった。

 いつの間にか国王のそばに控えていた、シンプトン宰相だった。アイザックの父親だ。あんなに反りの悪い親子だと言うのに、髪の色から瞳の色、人相まで、まるでそっくりだった。


「静粛に」


 声は、魔法によって拡張され、広間の隅にいる者にもしっかりと届く。


「これより陛下の御言葉を頂戴する。とはいえ、陛下はデビュタントの挨拶でお疲れである。よって、今回はセルリアン王太子殿下よりお伝え頂く」


 宰相に促されて、王太子が席を立った。


 八十二歳の国王に対し、王太子は二十七歳。息子ではない。今の王太子は孫である。

 本来、王太子であったはずの国王の息子、そしてセルリアン王子の父親は、十九年前に不慮の事故で亡くなっているのだ。国王には他に子供がいなかったために、セルリアン王子はわずか八歳で王太子の座についた。スタッグランド王家は、古来より短命で子の数も少ない。他国では一夫多妻の形式を取っている国もあると言うのに、スタッグランド王国はこの近辺では珍しい一夫一妻の王族だった。


 だから、このセルリアン王子がなんらかの理由で命を落とせば、それはすなわちスタッグランド王家の消滅を意味するのである。

 今シーズンの夜会で、父が全面的に警護に回ると言うのも頷ける。


 レリッサが物思いにふけっている間に、王子は手短に挨拶を終えていた。周囲の者が動き出した音で我に返って、レリッサは横に立つリオネルを見上げた。


「リオン様?」


 リオネルは、じっと前を見据えていた。数段高くなった壇上にいる、国王と王太子の方だ。

 だが、レリッサが声をかけたことで、リオネルはハッとして慌ててレリッサの方を見た。


「ごめん」

「いえ」


 先ほど見たリオネルの表情は、険しかった。けれど今は打って変わって、優しい微笑みでレリッサを見下ろしている。

 そっと両手を握られる。


「踊ろうか」


 気づけば、楽団が音楽を奏で始めていた。


 王太子が、婚約者候補の中で最も有力とされる令嬢の手を引いて広間の真ん中へと進み出た。レベッカ・シンプトン公爵令嬢。アイザックの姉である。

 デビュタントを迎えた若いペアや、熟年の夫婦、気さくな様子の友達同士や、甘い雰囲気を漂わせる恋人たち。それぞれが音楽に乗って、あるペアはぎこちなく、あるペアは慣れた様子で、それぞれに踊り出す。


 レリッサは、リオネルに促されて彼の肩に手をかけた。


 思えば、初めての相手だと言うのに、こんなに密着してしまう。急に胸が大きく鳴り初めて、レリッサは顔に朱が指すのを止められなかった。


 リオネルのリードで、レリッサたちもダンスの輪に加わる。


「お上手ですのね」


 この国では初めてだと言うから、慣れていないのかと思ったが、足捌きがスムーズで、基本に忠実で癖が少ないために、とても踊りやすかった。


「そうかな。そう言ってくれたのは、君が初めてだけど」


 リオネルはそう言うと、嬉しそうに笑う。


(よく笑う人――)


 レリッサは、リオネルにつられて微笑んだ。


 踊りながら視線を落とせば、彼の軍服が目に入る。真っ黒、だと思っていたが濃紺の艶やかな糸で精緻な刺繍が施してあった。だから、まるで喪服のようなのに、野暮ったくならずに映える。いや、それだけでは、きっとない。

 彼が、服を映えさせる。


 少し視線を上げる。襟の間に彼の喉仏が見えて、レリッサはキュッと唇を噛み締めた。


(ダンスに集中しなくちゃ)


 そうでなければ、きっとレリッサの顔は真っ赤になってしまって、踊り終わった頃にはリオネルに笑われてしまうだろうから。


 その後は、ひたすら音楽だけを聞いて、ダンスに集中した。音楽が終わると、途端に人々の囁き声や笑い声が広間に満ち始める。


 ファーストダンスさえ踊ってしまえば、後は自由だ。

 音楽は終わりまでずっと流れているので、また踊ってもいいし、パートナーと別れて友達と談笑するのでもいい。恋人同士なら、このまま広間から抜けて、滅多に入ることのできない王宮の庭園を散歩しながら愛を囁き合うのでも良かった。


「これからどうする?」


 リオネルがレリッサの手を握ったまま言った。


「そうですね…。少し喉が乾きました」

「俺も。じゃあ、ちょっと移動しようか」


 手を引かれて、広間の隅の軽食が置いてあるコーナーへ移動する。

 その自然なエスコートに、レリッサはまたこっそりと頰を染めた。


 軽食コーナーの付近には、グラスを持った給仕係が立っていて、レリッサはカクテルを、リオネルはシャンパンを手に取った。

 彼とカチンと小さくグラスを鳴らして、レリッサはカクテルを少し口に含んだ。本当は喉がからからで飲み干してしまいたいくらいだったけれど、そんなはしたないことは、彼の前ではできそうにもなかった。


「もう一曲踊る?」

「そうですね…」


 どうしようかな、とレリッサが時間をかけてゆっくりと空にしたグラスを給仕係に返したところで、ふと広間の中央が騒がしいのに気づく。

 先にそちらに視線を動かしたのはリオネルで、レリッサはそれを追うように騒ぎの中心を見た。


 見間違えようもない、美しい銀髪がそこに立っていた。そしてその周りを、色とりどりの令嬢たちが囲んでいる。赤にピンクに、黄色にオレンジ。ああ、それだけで、今シーズンのドレスの流行が暖色系なのだと分かる。レリッサは急に自分の着ている若草色のドレスが恥ずかしくなって、キュッとスカートを握りしめた。


 騒ぎの原因は、王太子と次に誰が踊るかと言う小競り合いのようだった。王太子の手前、酷い言い合いにはなっていないが、その分決着がなかなかつかずに、令嬢たちはすっかりれているし、中央に立っている王太子はすでに疲弊した顔をしていた。


 ふと、王太子が顔を上げた。


 こちらを見たと、レリッサは思った。

 こちらを。レリッサではない。リオネルを。


 ちら、とレリッサは隣に立つリオネルを見上げる。彼は、今度はレリッサを見なかった。王太子から視線をそらさずに、見返している。


 そうしているうちに、王太子が令嬢たちの囲いを抜けて、こちらへと歩いてきた。周りで歓談していた人々も、王太子が近づいてくるので口をつぐんで、成り行きを見守っている。

 王太子が近づいてくる。あと数歩、と言うところで初めて、王太子がレリッサを見た。そしてリオネルではなく、レリッサの前に立った。


 そして、あろうことかレリッサの前に手を差し出したのだ。


「一緒に踊っていただけますか?」


 レリッサは目をみはって、その手とセルリアンの顔を交互に見た。


 どうしたら良いかわからない。ここで手を取らねば不敬になる。だが手を取ると言うことは、婚約者争いに名乗りを上げることと同義だ。

 周囲の、さっさと手を取れと言う圧を感じる。そう、断るなんてありえない。


 レリッサはそっと手を持ち上げた。

 けれどその手は、セルリアンのてのひらにたどり着く前に、別の手に包み込まれた。


「失礼。彼女は、この後、私と踊ることになっているのです」


 リオネルだった。

 彼はレリッサの手を優しく引くと、レリッサを庇うようにセルリアンの前に立った。


「そうか。では、その後ではどうだ?」

「残念ですが。彼女のエスコートをする機会を、ようやく得たばかりでしてね。いくら殿下といえども、彼女を譲ることはできません。今日はお引き取りを」


 リオネルは毅然とそう言うと、レリッサの手を引いて歩き出した。


「あっ」


 レリッサはセルリアンの横を通り過ぎた。

 王太子は引き止める様子もなく、挨拶もせず立ち去る無礼を咎める様子もなかった。


 成り行きを見守っていた人々が、割れるようにリオネルとレリッサの行く手を開けていく。その隙間をリオネルが心持ち早足で歩いていくのを、レリッサは小走りで追いかけていく。視線の隅に、ホーリィの驚く顔を見かけた気がするが、それもすぐに過ぎ去っていった。


 やがて、広間を突き抜けて、回廊に出た。普段、招待客であるレリッサたちが立ち入ることのない部分だ。そこを迷いなくリオネルは歩き進めると、回廊から大きなガラス戸を抜けて、バルコニーに出た。


「あ、ごめん」


 ずっと引かれていた手が、パッと離れる。

 そしてリオネルは軍服を脱ぐと、レリッサの肩にかけた。


「寒そうだから」

「…ありがとうございます」


 実際、冬の夜に肩を覆っただけのドレスは冷えた。リオネルの軍服の前を合わせてぎゅっと握りしめる。


「先ほどは、ありがとうございました」


 レリッサは頭を下げた。

 そして再び顔を上げると、彼は困ったような、喜ぶような複雑な顔をして、首を少し傾けた。


「いや、困っていると思ったから。余計なお世話かと思ったけど」

「いえ、実際困っていたので、助かりました」

「あの手を取っていたら、君は王太子妃になれたかもしれない。…良かったの?」


 その言葉に、レリッサは首を振る。


 王太子妃に興味はない。

 それに、王太子は直前までレリッサを見てすらいなかった。彼は、リオネルを見ていたのだ。そのことに、彼が気づいていないはずはなかった。


「なら良いけど」


 リオネルはそう呟くと、バルコニーの欄干に腕を乗せてもたれかかった。


「ここ、俺のお気に入り。警護の任務につくとき、よくここで休憩する」

「そうなのですか…」


 レリッサは数歩、歩みを進めてリオネルの横に立った。

 そしてバルコニーから下を見下ろす。思わず「わぁ…」と声が漏れた。


 広大な王宮の庭園が一望できた。時期的に花は少ないが、魔法で灯された小さな明かりがぽつぽつと庭園を彩って、幻想的な風景だった。


「綺麗でしょ」

「はい」


 しばらく無言でその幻想的な風景を見つめた。


 広間はどうなっているだろうか。あの後、王太子は誰か別の令嬢を誘って踊っただろうか。そういえば、ライアンとサマンサはどうしただろう。余裕がなくて、声をかけることもできなかった。こんなことになって、ホーリィが心配しているかもしれない。


 けれど、ここを急いで立ち去ろうと言う気にはなれなかった。

 彼の隣が妙に心地よく、もう少しここに立っていたかった。


 レリッサのその気持ちが通じたのか、リオネルが欄干に肘をついたまま身体をこちらへ向けた。


「パトリスは元気?」

「兄…ですか?」


 レリッサは首を傾げながら、再度口を開いた。


「元気ですけど…。兄をご存知なのですか?」

「うん。ちょっとね。友達なんだ。同い年なんだよ」

「そうなんですか!?」


 知らなかった。パトリスの口から、彼の名を聞いたことはないはずだ。

 同い年ということは、レリッサより六つ上ということになる。


「最後にちゃんと顔を合わせたのは随分前だけどね。でも手紙のやり取りはしてる」

「兄にそんなお友達がいたとは知りませんでした…。兄はまだ領地にいて。最近、領地の改革に力を入れているんですけれど、新しく掛ける橋の竣工が遅れていて。兄はそれを見届けてから王都に戻ると…」

「ははっ、パトリスらしいな」


 リオネルはからりと笑うと、すっと優しげな表情になって、レリッサの方へ手を伸ばした。

 するりと、いつの間にかセットが緩くなって解け落ちていた髪がすくわれる。


「薄い茶色の髪に、紫の瞳。すっごく可愛い妹だって、パトリスがね。何度も言うもんだから。すぐに君だってわかった」

「えっ…」


 リオネルの手の中で、くるくるとレリッサの髪が弄ばれている。

 それが、妙に恥ずかしい。


「あの、でも、その…兄弟姉妹きょうだいの中で、私だけこの色でっ…。母方の祖母がこの色で…。多分、隔世遺伝なんですけど、私はちょっと、あんまりこの色が好きでなくて…」


 エメリアやホーリィのような美しい金髪。あるいはパトリスや双子達のような柔らかな明るい茶色に比べて、レリッサの髪色は地味だった。この色はスタッグランド王国では滅多に見ない色なのだ。それがずっとコンプレックスだった。


 けれど、リオネルは「ふーん?」と言うと、手の中で遊ばせていたレリッサの髪の一房に唇を寄せた。


「そう? 俺はこの色、好き。ミルクティーみたいで美味しそう」


 今度こそ、レリッサの顔に熱が集まった。


 レリッサはこんな扱いをされたことがない。思えば元婚約者も、こんな風にレリッサを扱ってくれなかった。こんな、慈しむようには。


 だから、口から余計なことが飛び出たのは、そのせいだ。


「でも、あの人は、地味な色だって」

「あの人?」


 しまったと、レリッサは口を押さえる。


 今、言わなくたって良いことだ。思い出したくもないことなのに。


 けれど、リオネルはなかったことにはしてくれなかった。レリッサの手を口の上からそっと外して、「聞かせて?」と優しく囁く。


「聞きたい。そいつのこと」

「…婚約者です。元、ですけど」


 レリッサはスカートを握りしめる。


(ああ、お酒のせいだ。きっと。彼も私も、さっき飲んだから)


 だからつい、口から滑り出してしまうのを、止められない。そうに違いない。


「このドレスの色も、彼は好きではなくて。地味だって。髪も目も地味なのに、そんな地味なドレスばっかり着てどうするんだって…」


 思えば、そんなことを言う人だったのに、どうして好きだったのだろう。

 彼は、レリッサの全てを受け入れてくれていたわけではなかったのだ。そのことに、今頃気づく。


「そう」


 リオネルの手が、握っていた髪をそっとレリッサの耳にかけた。ひやりと、かすめた手が冷たい。


「俺に言わせれば、それはその男に、婚約者にドレスを贈るだけの甲斐性もなかったってだけの話だと思うけどね。君は十分そのドレスでも輝いてるし、その髪の色も瞳の色も十分素敵だよ」


 そう言うと、リオネルはレリッサから少し距離を取った。

 それと同時に、ベランダのガラス戸が開いた。


「お父様」


 父は、正装用の白い、いつもより華美な軍服を着てそこに立っていた。


 そしてレリッサを一瞥して頷くと、リオネルに顔を寄せて何事かを囁いたようだった。

 先ほどまで柔らかだったリオネルの表情が、瞬時に変わった。すっと厳しい顔つきになる。


 リオネルはレリッサの方へ向き直った。今度は、また先ほどの優しい表情だった。


「ごめん。仕事だ。行かないと」

「今日はありがとうございました」


 レリッサは頭を下げて、肩にかけていたリオネルの上着を差し出した。


「お返しします」

「別に持っててくれても良いよ。寒いでしょ?」

「いえ、もう帰るだけですから…」


 リオネルは「そっか」と言うとレリッサが差し出した上着を取って、さっと羽織った。


「次の夜会はいつの予定?」

「えっと…十日後の、マルセル侯爵家です」

「わかった。君さえ良ければ一緒に行こう。迎えに行く」


 彼はそう言うと、「じゃ」と片手を上げて、父とレリッサを置いて先に出て行った。

 そう言えば、彼の家名さえ知らない。身分も知らないと、レリッサは今更ながらに気づく。

 けれど、尋ねようとしたレリッサをさえぎるように、父がガラス戸を開けた。


「来なさい。馬車寄せまで送ろう」


 レリッサは父に続いて回廊に戻った。そこから、来たのとは別の道を通って馬車寄せに出る。


「お父様、あの…」


 馬車に乗り込んで、話しかけたレリッサの頭を、父がぽんと撫でた。

 そしてふっと笑う。


「年頃の娘の付き合いに口出しをするような、口うるさい親ではないつもりだ。――出してくれ」


 レリッサが話そうとしたのは、そう言うことではなかった。

 けれど、父の合図で御者が手綱を引いて、馬車がゆるりと動き出した。


 そのまま、見えなくなるまで見送ってくれる父の姿を、レリッサもまた窓から顔を出して見送った。


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