第2話 その質問は唐突に

「先生~、火打石で火をおこす方法、ご存知ですか?」


 その質問はあまりに唐突でした。

 それは最初の実験からわずか2か月後。別の出張先でお世話になっている方から、その質問は何の前触れもなく飛び出してきました。


――なんとタイムリーな!――


 この夏からマッチ・ライター・バーナーに頼らない火熾しの方法をいろいろ調べて実験中の私。この話はまだこちらの出張先じゃしていなかったはずなんだけど⋯⋯


 私の本業は笛吹き。彼女はとある神社の関係者で、私は年に数回そちらの神社にお邪魔して、笛を教えています。


「わ、わかるけど結構難しいですよ。なんでまたいきなり?」

「実は⋯⋯」


 みなさまは年明けに正月飾りや古くなったお守りを焚き上げる行事をご存じでしょうか。地方によって『とんど』『どんど』『どんと』『さんど焼き』『左義長』『三九郎』『鬼火焚き』⋯⋯その他いろいろな呼び方はありますが、お世話になったそれらに感謝しつつ、その火で焼いた餅を食べて一年の無病息災を願う祭りでもあります。

 ちなみに私は南関東の者なので『どんど焼き』の呼び名が馴染み深いですね。


 彼女の関係する神社では『とんど』と呼ばれるこの祭り。なんでも種火を作る『火熾し神事』はそれまで、神社の神職さん達だけで行っていたそうです。神事のさなかに非常に現代的な装置『チャッ〇マン』でロウソクに火をともし、種火にしていたそうな。

 しかしその『火熾し神事』に氏子さん達も参加したいという話が持ち上がり、着火にチャッ○マンじゃまずかろうと⋯⋯。悩みに悩んで思いついたのが火打石ということでした。


――しかし、なぜ私にそれをく? ⋯⋯ま、今は突っ込むまい――


 やり方はわかるけれど、火打石での火熾しはまだ成功させていなかった私。

 言葉で伝えるよりも、どれくらい大変かは体験したほうがわかりやすいです。

 そのときはたまたま翌週にもう一度笛のお稽古で神社に伺うことになっていたので、


「成功するしないは関係なく、来週実際にやってみましょう!」


 という話をしてその日は終わりました。



 さて翌週。その時期はいろいろ予定が立て込んでいたため、現地入り前日にバタバタと旅支度をしていました。


 火打石と火打鎌を一緒の袋にまとめたぞっと。

 火口ほくちは持った。

 火種から炎に育てるための麻紐も準備OK。

 ついでに長野出張時に仕入れた白樺の皮も少量持った。

 メタルマッチも興味津々だったから持参するか。

 よーし、これで大丈夫!


 翌日、現地に到着。その日はお稽古びっしりの予定だったので、次の日に実践じっせんすることに。

 夜遅く、宿に入って翌日のお稽古その他に必要な荷物をまとめていると⋯⋯



――わーっ! メタルマッチはあるのに、肝心な火打石・鎌セットの袋、入れ忘れてるや~んッ! 私のバカぁ――



 そう。火打石・鎌を一緒に入れた袋を、間抜けなことに鞄に放り込むのを忘れていたんですね。他のものは全部入れていたのに⋯⋯。


 で、翌日。お昼休みにようやく私も彼女もお互いに時間ができて、神社の境内で着火実験をすることになりました。

 ボケをかまして火打石を忘れてきたことを正直に話して謝り、メタルマッチでの火熾しだけ見て体験してもらうことに。


 折しもその日、神社は夕方から秋祭り。準備の手伝いで来ていた方々も興味津々でゾロゾロとついていらっしゃる。なかなか火をつけられなかったり、ついてもすぐ火が消えてしまうのでは申し訳ないような気分になる人数です。

 メタルマッチなら火口なしでいきなりほぐした麻紐に着火できるので、そっちは問題ないとして⋯⋯問題は燃焼時間。まだ使ったことがないけれど、白樺の皮は長く激しく燃えてくれると聞いていたので、これは実験チャンスです♪

 あまり長く燃えられても大変なので、白樺の樹皮はほんの少しだけ使って火を長めに持たせてみることにしました。


 まずは麻紐ほぐし。長さ15センチくらいの太めの麻紐を6本の縒り糸に分けて、そのうちの1本を更にほぐして細い繊維に戻し、それを丸めてジャストサイズな白樺の皮の上に。

 そこにメタルマッチを近づけて⋯⋯


 「じゃ、いきますね~」


 ストライカーで本体のフェロセリウムロッドを勢いよく擦ると、ジュバッとすごい勢いで火花が散ります。

 そして一発で麻紐に着火。


「おおーっ!」


 周りがどよめく中、麻紐はさっさと燃えて灰になっていきます。

 その炎はすぐに白樺に燃え移り、まるでプラスチックの一種を燃やしたような独特な匂いと黒っぽい煙を上げながら、元気な炎が立ちました。

 本当に小さな白樺樹皮の破片だったのですが、思ったよりも長く火が持ちました。さすが。


「まだ麻紐はありますので、やりたい方がいたらぜひどうぞ」


 手持ちの少ない白樺樹皮は申し訳ないけれどしまい込み、麻紐だけで火熾し体験を数人にしていただきました。ストライカーの当てかたさえ間違えなければ割と楽に火花を散らせるので、皆様数回のお試しで火を熾すことができました。


 メタルマッチは濡れていても使えることや、今回は麻紐を使ったけれどティッシュでも簡単に着火できるのでわざわざ麻紐を用意しなくても大丈夫なことなどをお伝えして、メタルマッチ講座は一旦終了。1か月半後の訪問時に火打石での火熾し講座をお約束して解散しました。





 さて、火打石での火熾し。知識としては知っていてやり方を教えられても、実際に自分で火を熾せないのではやはり問題があるので、出張から帰ったあと暇を見つけては練習していました。 次の訪問は12月。暮れも神事も押し迫っております。


 まずは彼女から頼まれた火打石セットを購入しがてら、上野の通称『仏壇通り』を歩いてまわりました。仏具店や神具店が多いので、何軒かその手のものを扱っていらっしゃる店があるんですよね。そこそこ値は張るけれど。

 ついでに自分の分も火打石や鎌・火口などを物色。頼まれたものはもちろんですが、木の持ち手がついていない『丹尺たんざく』と呼ばれるタイプの火打鎌を一枚と、実験用の火口も自分用に購入しました。


 後日、御徒町の石屋さんで格安の碧玉(ジャスパー)原石を購入。

 でっかい塊なので自分で割る必要がありますが、火打石には良いとされるモース硬度7の石なので、これが使えれば高価な瑪瑙めのうの火打石を今後買わずに済みます。実験実験♪


 ついでに摩擦の火熾しにも興味を持っていた神社関係者のために、マイギリ式の火熾しセットがないかと探しました。しかし上野には売られておらず、両国や他の歴史博物館にも足を延ばしてみるも見つからず。体験コーナーはあったのですがねぇ。

 自分の目でものを見て選びたかったのですが、仕方なく学習教材用マイギリセットを通販で購入することに。


 ちなみにお伊勢さんでは今でも摩擦で火を熾して炊事なさっているそうです。頭が下がります。



 さて後日。風のほとんどない晴れた日に、まずは届いたばかりのマイギリ式の火熾しセットを使って火を熾す実験をしました。

 キリモミ式は自分の手で棒を回さなければならないため大変だけれど、マイギリ式は円盤状のオモリをつけた回転軸(火きり棒)の上の方に紐を通して横木に結んであって、最初に紐を2~3回回転軸に巻きつけてから横木を上下させると勢いよく軸が回ってくれるのですよ。楽かつ強力。

 V字型の切れ込みの入った火きり板の上に、マイギリ式の火きり棒をセット。切れ込みの下にはティッシュを3枚ほど折って、火種受けに。


 よーし、いっくぞー!

 おりゃおりゃおりゃりゃ~!



 焦げ臭い → 煙発生 → キュッと急ブレーキ!



 ぐっ⋯⋯火種になる直前、摩擦係数が一気に上がってブレーキかかりよった⋯⋯


 気をとりなおしてもう一度。 次は負けない。

 おりゃおりゃおりゃりゃりゃりゃ~!



 火種ができるも着火ならず⋯⋯。

 火種が少なすぎて着火前に消えてしまいました。



 もう一度。今度はほぐした麻紐も近くに準備して、いっくぞー!

 うおりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ~!



 うあっと、やっとついたぜぃ♪

 1分近く火きり棒を回転させてようやく、充分な量の火種を得ることができました。

 火種を即座にほぐした麻紐で包み込み、息をフーフー吹きかけて炎を発生させることに成功。


 その後、この技を確実に身につけるために何度か挑戦しました。

 しかし、なかなかうまくはいかないもので。主に急ブレーキによる失敗で、成功率2割の惨憺さんたんたる結果になりました。


――力加減、難しいっす――


 板と棒、素材を変えればいけるかなぁ⋯⋯。




 またまた後日、日を改めて今度は火打石の出番です。

 家にあった火打石セットの中身(瑪瑙の火打石・火口・木の持ち手つきの火打鎌)を最初に取り出して庭へ。次いで先日仕入れた丹尺と火口、手のひらがすっぽり隠れるサイズの碧玉を持って庭へ。

 いつも通り、麻紐も準備済み。ついでにティッシュも数枚持参しました。


 火打石セットの火口を瑪瑙の火打石に乗せ、まずは持ち手つき火打鎌で。


――いざ、火熾しぢゃ!――

 カチカチッとな♪


 うん、やっぱりそう簡単にはいきませんな。


 カチカチカチカチカチカチ⋯⋯


 火花は散れど、火はつかず。一瞬火口に着火するものの、すぐに消えてしまいます。やっぱり火口が湿気しけてますな。



 らちが開かないので、新たに仕入れた火口を使ってみることに。


 カチッ!

 ジリジリ⋯⋯


――ん? 焦げ臭い?――


 なにこれ。いきなりついてますやん⋯⋯。

 あわてて麻紐をほぐしたもので火口を包んで、息を吹きかけて炎発生!



――んー、今までの苦労は何だったん?――



 結局、火口の湿気がいけなかったんですね。乾燥した火口がなきゃ、えらく苦労することを学習しました。



 火が無事熾せたところで、今度は火打石を変えてみることに。そう、碧玉さんの出番です。まずは火口なしで持ち手つき火打鎌を


 カッツカッツ⋯⋯


――うん、音は変わったけど火花はきっちり出ますな――


 じゃ、ついでに丹尺でいってみようか。


 カキンカキン⋯⋯


――うーん、火花少なめ――


 100%金属なので、音は完全に甲高い金属音です。


――次はもうちょい思い切って――


 ガキンガキンキンキン⋯⋯


――いい感じに火花が出るじゃないか――


 もう一度持ち手つき火打鎌を試すと、金属音よりも持ち手の木材の衝撃音が強く聞こえてきます。音の違いに改めて感動しました♪



 だんだん慣れてきたせいか、火花も結構な量が飛び散ります。

 乾燥した火口を左手で持った石に置いて親指で押さえ、持ち手つき火打鎌で火花を散らすと、やっぱり数回で火口に火がつきました。


 むー、火口重要! 今度いい火口を自分で作らないとね。

 ちょうど材料が手に入りやすい時期が来るし♪




 ということで、火打石・マイギリ式での火熾しは双方ともなんとか成功しました。

 あとは練習して成功率を高めるだけね。


 って、このスキルアップ、今後どこかで役に立つ日は来るのでしょうか⋯⋯。

 教えるのを抜きにして、実生活で役立つ時は何らかのピンチの時でしょうから、あまり来て欲しくないかも⋯⋯。

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