【実験シリーズ】火を熾《おこ》す
鬼無里 涼
第1話 思い出しちゃった⋯⋯
さてと、皆様は野外で火を
ライター? マッチ? はたまたガスバーナーやトーチ?
今は安価で便利なものがたくさんありますよね。
しかし、もしも手元にそれらの道具が何もない場合、どうやって火を熾せばいいだろう?
そんな機会はないに越したことはありませんが、不意に災害が起こって野宿しなければならなくなったり、キャンプ場で忘れ物に気づいたりなんてこともあるかも?
な~んてことを考える機会がありました。別に危険な目に
いわゆる『乗り鉄』と呼ばれるジャンルの私。出張先でお休みがあると、ついついその地の列車に乗って小さな旅に出かけてしまいます。
それは、数年前の出張先の休日。列車の都合で朝ゆっくりめのスタートだったので、ホテルで朝食のあと「たまにはTVでも見てみるか」とTVの電源を入れました。
その日は日曜日。電源を入れて最初に映った番組は『仮面ライダー』シリーズのとある作品でした。特撮ものは元々嫌いではないし「たまには面白いかな」とそのまま観ていたのですが……とあるシーンを観た瞬間、私の中で何かが
――昔、大学時代に友人に頼まれて書いた話と一瞬重なった?!――
いや、内容が似ている訳ではないのですよ。時代背景も違えば舞台も違う。なのにどこかの回路が急につながってしまったようです。すっかり忘れていた四半世紀前の「1週間で同人誌の漫画の原作書いてみない? 条件は『女の子が帰る話』で『ファンタジー』ね」という無茶ぶりの記憶と物語が頭の中で鮮明に蘇り、ぐるぐると巡って暴れだしたのです。
――ダメだ、こりゃ書いて吐き出して形にしなきゃ収まらない――
その日の旅に必要な荷物をまとめて、さっさと部屋を飛び出した私。ちょっとした食料と飲み物、それから小さなノートを駅のコンビニで買い求め、列車に飛び乗りました。そして楽しみにしていた車窓も眺めずに、頭の中で暴れまわるその話を一気に書きなぐりました。
そのさなかに、もうひとつ蘇った記憶が。それが当時この物語を書くときに調べた『火打石』のことだったのです。
子供の頃、道端で拾った石を打ち合わせて「火打石~!」と遊んだことはありませんか? 私はよく白くてガラスのような艶のある石をふたつカチカチやって遊んでいました。
今思えばあれは純度の低い石英で、打ち合わせると時々見えた青白い光は火花じゃなくてプラズマだったんですよね。それじゃ火は熾せません。
それじゃ、本物の道具としての火打石ってどんなもの? と調べてみると、現在では
石に関しては瑪瑙のほかに水晶の類や黒曜石やチャートなど⋯⋯ん? 石英も使えるじゃん。
その出張から帰った数週間後、今度は京都に出張しました。京都到着は午後3時ごろで、仕事は翌日から。なので、まだ開いているおみやげ屋さんをちょっと覗いてみました。すると⋯⋯
――火打石、あるじゃん!――
たまたま見つけた火打石と火打鎌のセットを衝動買い。実用サイズと携帯用、両方手に入れてしまいました。
折しも8月。学生さんは夏休み。夏休みといえば自由研究♪ ってもう学生じゃあございませんが、夏っていろいろ試してみたくなりません?
暦の上ではもう秋ですが、細かいことは置いといて、Let's try !
数日後。家に帰った私は携帯用サイズの火打石と鋼の火打鎌で火花が出せるか実験。左手で持った四角い火打石の鋭い角に、右手で持った勾玉型の平べったい火打鎌を打ちつけてみました。
――おおっ、火花出た!――
石のエッジがしっかりある部分に、それなりの勢いで鋼の板の角を擦るように打ちつけてやると、わりと簡単に火花が散るものなんですね♪ 石の鋭い角で鋼を薄く削るようなイメージです。石の平らなところや角の丸くなった部分に当たると火花は発生しませんでした。
何度か試していると、小さなオレンジの火花がぽつりと出ていただけの鋼から、先がパッと三ツ又に分かれる火花が出るように。鋼って、成分や硬さによって飛び散る火花の形が違うんです。
――おおっと、これなら出てくる火花で鋼の成分まで判定できちゃうじゃん♪――
携帯用勾玉型のこいつは炭素0.1%くらいで、ちょっとニッケルが混ざっていそう。ほんのちょっと硬めね。
実用サイズの火打鎌は、枝分かれなしの火花。炭素0.05%くらいで不純物の少ない、柔らかめな鋼のようです。こちらのほうが柔らかいだけあって、散る火花は多めかな。楽しいぞ♪
火花が出たところで、それだけじゃ火は熾せません。手に火花が落ちたとしても、一瞬「あちッ!」で終わり。燃えやすい
この火口、どうやら水辺にあるフランクフルトのような見た目の植物『
んー、作らないとないなぁ⋯⋯と考えていたら⋯⋯
「火打石セット、あるよ」
父が突然、
火打石と火打鎌はもちろん、火口や「つけ木」と呼ばれる先端に
――何てこったぃ、こいつの存在すっかり忘れてたぁ~!――
あくまでも試しの火熾しなので、今回はこのセットの中身を使ってみることに。
火をつけるのが目的なので、ここからの実験は庭で。
ふむふむ、石は右手・鎌は左手で合ってるのね。
で、ほぐした火口を少量、石の角から2~3mm離したところに乗せて右手の親指で押さえてっと⋯⋯
いっくぞー、えいっ! カチッ!
んー、火花は散ったけど、火口に乗ってくれなかったな。
えいっ! カチッ!
火花が火口に乗ったけど火がつかない。こりゃ火口が湿ったかな⋯⋯
えいっ! カチッ!
今度はかなりいっぱい火花が乗ったけど、やっぱりダメ?
えいっ! やあっ! ていっ! カチカチカチカチ⋯⋯
やったッ、ついた! 火口の一部が赤熱してる♪
しかし、つけ木を押し付ける間もなく自然消火⋯⋯。やはりこりゃ、火口が
――火口を脱脂綿にしてみたらどうだろう? 消し炭ほどの火つきの良さは望めないけれど――
と思い立ち、家の中に取りに行きました。
その時ふと頭をよぎったことが。
「日本の火打石と西洋の火打石、両方試してみようかな~♪」
そう、数年前に秋葉原で捨て値で売られていたメタルマッチを購入していたのですよ。あれは確か東日本大震災の翌年。大量に仕入れて売れ残ったであろうそいつは、破格の安値だったんだもん♪
あ、メタルマッチとは、フェロセリウムという「セリウム」と「鉄」の合金を鋼の板で擦って火花を散らして着火する道具で、西洋の火打石っぽいものです。ファイヤースターターと呼ぶこともありますね。
ちなみに、100円ライターで火花を散らしている石がフェロセリウムです。
それを適当な太さの棒にしたものと、擦って火花を散らすためのストライカーと呼ばれるブレードがセットになって、主に登山用品店などで売られています。
濡れていても火を起こせる素敵アイテムですが、これまで使う機会が全くなくて。火打石同様、初めての経験なら、今回の実験はぴったりじゃないか!
てなことで、メタルマッチも引っ張り出して実験再開♪
まずは日本の火打石。
先ほどと同様、今度は火口を脱脂綿に変更して何度かカチカチ。うーん、だいぶ慣れてコツがわかってきたので、火花の量が最初と全然違うんだけど、やっぱり火はつかず。
――まさか脱脂綿まで湿っているんじゃないよね?――
火打石を一旦置いて、メタルマッチをスタンバイ。まずはフェロセリウム棒の表面の酸化層、黒い被膜を付属の鋼のストライカーで削り取って、いざ本番!
ストライカーの角を少し強めに銀色のフェロセリウムに当てて、振り抜く直前で寸止めすると
ジュボッ!
100円ライターを擦った時のような音で、笑っちゃうほどすごい量の火花が脱脂綿に降り注ぎました。間もなく脱脂綿から炎が立ち、一気に燃え尽きて灰になりました。
――うおーっ! 一発着火ですとぉ?!――
脱脂綿は乾いてますな。たぶん。
再度メタルマッチから火打石に持ち変えて、脱脂綿を火口代わりにカチカチカチカチカチカチ⋯⋯
――まるでつかないっすよぉ~――
メタルマッチでは?
ジュボッ!
やっぱり一発着火。ゆっくりめにストロークしてあげた方が、火花の量が増えるんですね。
念のためちょいと湿ったティッシュペーパーを丸めたものを用意し、メタルマッチで着火実験。さすがに一発は無理でしたが、5~6回のストロークで火がつきましたよ。すごい⋯⋯
こりゃ、火打石は火口を乾燥させて再実験だなー。
ということで、一旦実験終了。
ここまでで言えるのは、火打石での着火はそれなりのに技術が要りそうだってことと、火口が湿気ていたら相当苦労するということ。火口に火花を乗せるのが結構難しいです。
メタルマッチはそれに比べたらずっと簡単で万人向けに感じましたね。火口になりそうなものを一緒に持ち歩くか近場でうまく見つけられさえすれば、メタルマッチはかなり心強い火熾し道具になってくれそうです。
ただし火花の量が結構すんごいので、ガソリンや高濃度のアルコールなど、揮発性の高い可燃性の液体の近くで使うのはかなり危険かも。
あと、ストライカーにしっかりバリが残っていないと擦るのに苦労しそうです。鋭い部分がないと、火花が散らないことがわかりました。
以前は時間がなくて検証できませんでしたが、「この火熾しはいつか体験できれば」と思っていたことも実験途中で思い出しました。念願叶ったり!
とにかく、これが最初の火打石体験記でした。
まさかこの知識が役に立つ日が来ようとはねぇ⋯⋯
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