二胡弾きの玉蘭 3
「あ、ああ……いや、ありがとう。……まさか、こんなところで故郷の唄を聴けるとは思わなくて」
「主さん、秦青の出身ではない? きっとそうよね、その初雪のような御髪が、眩しいくらいだもの」
「え、ええと。……その……俺は」
落ち着きなく視線をさ迷わせ、彼は連れの男たちを見やった。
けれど部下らしき若い男たちは誰も彼もが女たちの手管にまかれて、酔いつぶれている。
助けがないとわかると、彼はがっくりと項垂れつつ、髪をがしがしとかく。
「やはり、この街では目立つだろうか。その、貴女たちにとっては……野蛮人の色、だものな」
「いいえ、綺麗なお色だから、目を引くんだと思うわ」
「不快では?」
「まさか。とても素敵よ。羊みたいで」
「ひ、ひつじ?」
「しかも、とびきり柔らかくてふわふわで、優しげな瞳の羊さんよ。この毛をつむいだら、さぞ美しい糸になるのでしょうね。天女の羽衣だって織れてしまいそう」
「ちょっ、ちょっと、玉蘭……」
周りの妓女たちは卒倒しそうな青い顔で、あたしと青年を見比べている。あの鈴蘭すらもが、気遣わしげにこちらをうかがっている。
場の空気が微妙に良くないものに変わったのを敏感に感じとって、あたしはぴたりと喋るのをやめた。
(あっ、……やば。やっちゃった、かな……?)
あたしの悪い癖!
歌に集中したあとに、べらべらといらないことを言ってしまうのは!
異国人とはいえ、今宵の最高のお客様の前で。
──よりにもよって『家畜に似てる』だなんて!
──あんた、それでも金花楼の女なの!?
そんな
無礼だ、気に食わないからと、妓女が手打ちに合うこともしばしばだ。
男たちはいつだってあたしたちの運命を握っている。
抱くのも、生かすも、殺すも彼らの自由。
だからあたしたちは、男の前では決して本音を出さない。彼らにとって必要な女を、演じなくてはいけない。
それなのに、今のあたしときたら。
いつのまにか背後に、彼のお付きらしい武人の姿もある。
その手が剣の柄にかかっているのを見て、あたしは息を呑んだ。
(あっ……これは……し、死んだかな、あたし……)
あたしは焦って、しどろもどろに言い訳をした。
「あっ、あの、私……その、御髪があまりに柔らかく綺麗な白髪なので、……そのっ仙女のようだとか、うらやましくって、」
もう喋るな! と仲間たちがあたしの背に皿を投げた。
「ひっ……も、申し訳ありません!」
あたしはその場に平伏した。こんなんじゃ、もう、いつ斬られてもおかしくない。
誰も、何も言わず、動かない。
沈黙が場を支配する。
その中心で目を瞬いていた青年は、突然、ぷっと噴き出した。
「羊か! よくわかったな。そうだ、俺の名は
凍りついていた空気が一瞬で溶けてしまうほどの、朗らかな笑い声が響く。柔らかな微笑みだった。
その笑顔にぼう然と見惚れていたあたしは、我に返ってあたふたすると、またしてもうっかり口を滑らせてしまう。
「ほ、本当に、羊さんだったのね」
「玉蘭ッ!」
「よい。彼女はなにも、悪くない」
それを咎めることもせず、彼は口元を押さえて笑いをこらえている。
上品な見た目に似合わず、けっこうな笑い上戸なのかもしれないななんて、あたしはまだうまく思考のまとまらない頭で、そんな事を考えていた。
「俺のことを羊と言ったのは、我が母と、親愛なる友人に次いで、あなたが三人目だ。公羊という名は、この国での通り名で、その友人にもらったものなのだ。とても気に入っている」
どうやらあたしは彼のご友人とやらに救われたらしい。
この人が、見た目だけでなく中身も、慈悲深く優しい羊さんで本当に良かった。
周囲の喧騒がようやくこの場に戻ってくる。
女たちはそれぞれの男の元に戻り、お付きの武人も帯刀している剣から手を離して、少し離れたところで再び酒を呷り始めたようだ。
公羊はあたしを手招きし、先ほどより近くに侍らせた。
「……あなたは、
あたしはハッとして顔をあげた。
微笑みを消した彼は、小さな声でため息まじりに言う。
「『羊』というのも、俺への偏見や嘲りで出た言葉ではないのだろう? 俺は女性の心の機微には疎い方だが、そのくらいはわかる。あなたは最初から、俺のことをそのような目で見てはいない」
この国では多くの民が、北の民を毛嫌いしているのに、と。
からになった杯に視線を落として、寂しそうに公羊は笑った。
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