第8話暴発
京子が連れてきた少女をどう例えればいいかと聞かれれば、どんなにオブラートに包んだとしても
ヤンキーとしか言いようがなかった。
まずただでさえ小柄な京子がより小柄に見えるくらいに背が高い。おそらく165cmくらいはある。
体型自体は痩せ型ではあるが、半袖のワイシャツから覗く腕は引き締まっており、女性の格闘家の腕にも
見える。胸はまぁ……一応はある、くらいか。
顔は中性的で、男子よりも女子から人気がありそうな顔立をしている。わかりやすく言えば女子からバレンタインデーチョコを沢山もらっていそうな顔だ。
多くの女子を魅了したであろうその顔は今は残念ながら般若の如く歪んでおり、吊り上がった口角から覗く犬歯が恐ろしい。
人間の場合犬歯じゃなくて八重歯というのがいいのだろうが、ことこの少女に限っては犬歯と呼んだ方が絶対に良い。こんなに尖った凶悪な牙が、女の子のチャームポイントである八重歯だなんて呼びたくない。
八重歯に失礼だ。
「連れてきましたよぉ! さぁニノ宮さん! やっちゃってくださ……あれ? 山本さんは?」
「あー京子さん。山本なら俺と村田さんで追い払ったよ。……そこのお前くんは見てただけだけど」
「姫!! しっかりしろ!!」
「美雨ちゃん……! こ、怖かった……」
ニノ宮さんと京子に紹介された少女が、紗和城さんに駆け寄る。姫、はおそらく紗和城さんの下の名前だろう。二人の様子を察するに、ニノ宮は紗和城さんの“騎士様”といったところか。
別に二人の間にロマンチックななにかがあるかどうかなんて僕には至極どうでもいい。それよりもだ。これから起こるであろうことに僕は心の迎撃体制を整えなくてはいけない。
「アンタ、お前くん、とか言ったか?」
「はい……」
ニノ宮は紗和城さんの安否を確認するや否や、僕の方に向き直ると苛立ちを隠そうともせず僕を思い切り睨みつけてきた。
思った通りだ。
だいたいこういう誰かを“守ってあげてる”奴は、自分が守ってる相手は他人もその子を守って当然だと考えている輩が多い。
だから今の僕がするべきことは謝罪じゃなく、ただ申し訳なさそうな顔を浮かべて僕が悪かったですと言いたげに俯くことだ。
あとは相手の演説を聞き流してやればいい。
「突っ立って見てただけって本当か、オイ」
「そうなんだよニノ宮さん。お前くんってさぁ……ほんっとアレだよね……」
「野郎ォ!!」
「……」
「なんとか言えや!!」
「……」
長瀬がニヤニヤ面を浮かべながらニノ宮に合いの手を入れる。やはりコイツ、生前碌な死に方をしなかったな。なにが人助けが趣味だ。
かくいうニノ宮はというと、長瀬の合いの手で余計に僕に対してムカッ腹がたったのか、僕の胸ぐらを掴んで怒鳴ってきた。ここでなにを言っても無駄なのは経験則からわかる。僕はただ申し訳なさそうな顔をして押し黙ることを続けた。言うなれば根気合戦だ。
「あわわ……二ノ宮さぁん! 落ち着いてぇ!? 長瀬さんも貴方さんを責めないであげてください」
「う、うん。 美雨ちゃん、そんな怖い顔しないで? ね?」
「………姫がそういうなら」
紗和城さんと京子が二ノ宮を止めに入った。京子はいいとして、問題は紗和城さんだ。目をわざとらしく潤ませて縮こまって悲劇のヒロインよろしく止めに入る様は全身に蕁麻疹が出そうになる。京子がストレートなぶりっ子なら、紗和城さんは良い子ちゃん、よく言えば八方美人タイプのぶりっ子か。
止めに入ってくれたことには感謝しないといけないが、正直言ってこんな茶番を見せられるくらいなら二ノ宮に殴られてる方がマシだった。
「紗和城さんは優しいなぁ。 ほら、みんなもう行こうよ。お前くんはそこで反省してれば?」
「気分悪い……おい姫、行こうぜ。気分転換に外でも歩こう」
「あ、えっと……う、うん」
気分悪いのはお互い様だ。
学舎を出る前に紗和城さんが僕を気遣うようにチラリと振り向いてきた。本当に気遣う心があるなら振り向くだけじゃなくて僕のことも誘えばいいのにと思う。一緒に行きませんかくらい言えるだろう。まぁ誘われたところで断るけれど。
「さ、災難でしたね貴方さん。二ノ宮さんはあんな感じですけど、紗和城さんが絡まなければ普段はおとなしんですけど、あのですねそのぉ!」
「落ち着いて京子さん。 それより村田さんどうする? みんなほっといて行っちゃったけど」
紗和城さんが絡まなければおとなしいとはいうが、この7人で魔王軍とやらと戦うわけだし、必然的に絡まないといけなくなる。
下手に地雷を踏んで背後からフレンドリィファイアなんてされたらたまったものじゃない。
さっきの剣幕といい言動といい。二ノ宮なら紗和城さんのために本気で仲間殺しだってやりそうな気がする。だから二ノ宮と紗和城さん対策はしておかないといけないだろう。
……ただ今は僕と京子の足元で伸びてる村田を処理するのが先だ。とりあえず介抱して好感度を上げておきたい。僕を庇ってくれる仲間は多い方がいい。
「村田さん、しっかりしてください村田さん」
気絶している人を下手に揺すらない方がいい、とテレビで見た記憶がある。耳元で村田に呼びかけるが、反応はない。
「起きてくださいよぅ村田さぁん!」
「あ、ちょっと京子さん……」
痺れを切らしたのか京子が思い切り村田の身体を揺さぶった。その瞬間
「アダダダダダダダダ!?」
悲鳴と共に村田が飛び起きた。なるほど。呪いのせいで激痛が走るわけだから、逆に飛び起きても不思議ではない。起こす側にとっては便利な
呪いだ。
「痛いってば京子ちゃん! あれ? 宗馬に……他のみんなは?」
「えーっと……外に行くとかなんとか」
「あぁそう。ちぇっ。俺は置いてけぼりかー」
そう言って村田が唇を尖らせて、不機嫌そうに眉をしかめたが、本気で怒っているわけではないようだ。雰囲気から察するに、こうして放ったらかしにされることはよくある事なのだろう。なんとなくだが、僕は村田が哀れに思えた。といっても哀れに思えただけで、別に村田を利用するのをやめるほど、僕はお人好しじゃい。そういうわけだから存分に利用させてもらうことにする。
「災難でしたね、村田さん」
「いやいや、いぃんだって。気にしない気にしない! で、二人はこれからどうすんの。俺の暇つぶしに付き合ってくれたりしちゃう?」
「えーっと、京子さんは?」
「私も暇なのでぇ……村田さんに付き合いますよぅ」
「だそうなので、僕も付き合いますよ」
「いよっしゃぁ! じゃあとりあえずグラウンド行こうぜ!」
そう行って意気揚々と村田は歩き出した。よほど構えってもらえるのが嬉しいのだろうか。哀れな奴だ。
生前も多分上っ面だけの友達しかいなかったのだろう。
「そういや俺、お前くんの連絡先もらってなかったな。貰っといてもいいか?」
「そういえばまだでしたね。交換しましょうか」
「そうこなくっちゃな!」
「えーっとじゃあ拳を合わせれば良いですか」
「あん?俺の場合はちげぇよ」
村田が言い終えないうちに、僕の頭の中で聞き慣れた通知音が響いた。もしやと思いステータス画面を表示すると、京子の時と同じように許可画面が現れる。京子の時は手と手を触れ合わせて交換したが、村田は違うのか。
「あのですね貴方さん、村田さんは女の子に触るとビリビリしちゃうので……」
「そういうこと。交換のたびに気絶してちゃメンドクサイだろ」
「……なるほど」
なんとなくだが、呪われることが前提で能力が与えられているように思えた。特例を設けて呪いを一時的に無効化するんじゃなくて、呪いを一時的でも無効化させない為に別のシステムや能力を弄る。
よく考えてみれば、候補生はどこまで行っても世間的に見れば命を大事にしなかった連中だ。魔王軍と戦うのも、結局は……罰の一環なんじゃないのか。なら、候補生という言葉が持つ意味は------
「おーい、お前くん? お前くんさんぁん? それとも貴方くんって呼べば良いですかぁ?」
「そ、それは私の呼び方ですよぉ」
「…っ? あれ……僕は一体……」
「なんかぼーっとしてたけどどうしたよ。能力が暴発でもしたか?」
「え? 暴発?」
「あーうん……とりあえず追い追い説明するわ」
頭がボーッとする。なにか……何かに気づいたきがするのに……。僕は村田と一緒にグラウンドに出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます