第7話不安要素
「嘘……だろ?」
「なんだ、人の顔を見て怯えて。失礼なやつだな」
僕はこの声の主を知っている。知っているとは言ってもクラスメートでもなければましてや友人として知っているわけでもない。
ただ、こいつの顔と元の世界で犯した罪を僕はよく知っている。
「山本……宗馬……?」
「あぁ。ニュースで見て知ってたか。じゃあ自己紹介はいらないな」
------山本 宗馬 18歳。元の世界で女子高生6人を刺殺した殺人鬼。たしか……獄中で自殺したとニュースで見たことがある。
候補生の選定基準が自殺者や自業自得で死んだ若者ではあるから、こいつがこの世界に候補生として召喚されても不思議ではない。しかし、なぜよりにもよってこいつが召喚されたのか。もっとマシなやつを召喚すればよかったじゃないか。
心が恐怖心と苛立ちでいっぱいになっていく。ただでさえ京子という爆弾を背負ってしまったというのに、こんな奴とも関わり合いを持たなければいけないのか。
「おい、宗馬よぉ。お前もうちょい他人と仲良くしない? せっかくだしさぁ。な、な。過去はもうみんな忘れてさ!」
「はいはい……」
「ほら、仲良く握手。 な?」
「ハァ……」
呆れた、とでも言いたげに溜息をつくと山本はつまらなそうに踵を返して食堂から出て行った。気まずい沈黙が僕たちの間に流れていく。度胸のない僕には、誰かが話し出すのを待つことしかできない。
「っはぁ〜……村田さぁん! マジかっこよかったです!!」
「え? そう? いやでも……俺なにもしてないけどな」
「そんなことないですって! 村田さんがあそこでビシッと言ってくれなかったらお前くんが何されてたか! ね、お前くん?」
「そ、そうですね。えーっとその……」
「いやぁ〜さっすがだよなぁ! いよっ! 我らが兄貴!」
「お前………調子のいいやっちゃなぁ〜」
最初に沈黙を破ったのは長瀬だった。太鼓持ちよろしく村田をオーバーに褒めちぎる。胡散臭い奴、という認識は間違っていなかったようだ。
胡散臭いだけならまだいいが、人のことをダシにして他人を褒めるのはタチが悪い。どうせ長瀬は碌な死に方をしなかったに決まってる。
「貴方さん、こっちこっち……」
「京子さん?」
「しーっ……」
そう言って京子は僕の制服の裾を引っ張る。ここから抜けよう、ということだろうか。
「どうかしましたか」
「二人のことは放っておいていきましょ?」
「はい……」
村田と長瀬にバレないように、僕と京子はそっと食堂を後にした。長瀬は村田を褒めちぎるのに夢中なようで、村田は村田で気を良くしたのかずっと得意げな高笑いが響いている。
「……」
「……」
「あの……貴方さん」
「え?」
「……ごめんなさい」
長い廊下を戻っていると、京子が急に立ち止まって謝ってきた。自分のせいではないというのに酷く申し訳なさそうに僕に頭を下げる。
悲しそうに歪む口元がやるせなくて、僕の方が京子に謝りたくなってくる。
情緒不安定な爆弾女なのは間違いないだろうが、やはりどこか根は優しいのだろう。なんだかいじらしく思えて思わず抱きしめたくなる。
ただまぁ。うん。
なっただけでそんなことをするわけがないし、できるわけがない。妄想で済ませる分にはいいが、現実でやったらただの痴漢だ。
「なんで京子さんが謝るんですか。誰も悪くないですって」
「でも……貴方さん、いやな思いしましたよね……」
「あぁ、いいんですよ。長瀬がそういう性格だってわかったし。ゆっくり仲良くなっていきますよ」
「ごめんなさい……でも長瀬さんも根っこは悪い人じゃないんです! あぁ見えて人出すけが趣味というか」
「ひ、人助け?」
人は見かけによらない、とはいうがまさか長瀬の趣味が人助けだとは思わなかった。ただふと疑問が浮かぶ。じゃあなぜ僕が山本に絡まれてる時に助けてくれなかったのだろうか。村田みたいに助けてくれても良かったのに。それとも趣味というくらいだからただの気まぐれか。それともどうせあの性格だし、可愛い女の子以外は助けませんというスタンスなのか。
「長瀬さん曰く……その人が酷い目にあいそうだったら助けるそうです。こう……候補生の能力だって」
「なるほど。じゃあ敵かどうかを察知する能力ってことですね」
「多分、そうだと思いますよぅ」
そういうことならまぁ助けてくれなかったことを水に流してやってもいい。
……僕をダシにしたことはまだ許せそうにはないが。しかしあんまり根に持ちすぎても今度は京子が情緒を崩すかもしれない。彼女の性格的に僕と長瀬のお友達大作戦とかいって何かしでかさないとも限らない。それが一番恐ろしい。
「流石にそんなことはしませんよー」
「え!?」
「うふふ」
もしかして、だが……。京子は人の心を読めるのだろうか。もしそうだとしたら僕が彼女を地雷よばわりしたこともバレているということになる。
……全身から力が抜けた。背筋が凍る、とはこの感覚のことを言うのだろうか。京子は悪戯っぽい笑顔を浮かべて僕を見ている。
「どうかしましたかぁ?」
「あの、その」
「へんな貴方さん。……あれ? た、大変!」
「どうかしたんですか、急に」
突然京子が声を上げた。つられて僕も京子がせ視線を送った先に目を向ける。そこには、山本と見知らぬ少女が立っていた。
しかし、二人の様子がおかしい。山本は拳を握り締めながら少女を睨んでいるし、睨まれている少女は青ざめた顔をしながら俯いている。ただごとではないのはすぐに分かった。
………助けに行くべきか、それとも助けを呼ぶべきか。それか京子と二人掛かりなら止められるか?僕は意を決して京子に目配せをした。
その瞬間、
「私、助けを呼んできますぅ!」
「え!? きょ、京子さん! 待ってくださ----」
京子はそう言ってあっという間に“逃げた”。脱兎の如くとはこのことか。
助けを呼んでくるとか言いつつ、食堂にいるであろう村田や長瀬のもとに行くでもなく、山本と少女の前を通り過ぎてさっき僕たちが降りてきた階段を大急ぎで駆け上がっていくのが見える。少し京子を見直しはじめていたが僕の間違いだった。
「覚悟しとけよ、お前。-----を------で------やがって」
「ひっ」
山本は少女の胸ぐらを掴んでなにかを捲し立て始めた。掴まれた少女はというと、恐怖からか完全に竦んでしまっているようで、過呼吸気味に荒く息を吐くことしかできないようだ。
助けに入るべきなのだろうが、僕の両足も情けなく震えていた。だって仕方がないだろう。相手は激昂している殺人鬼だ。なにをされるか分かったものじゃない。それに今ここにいるのは僕一人だけだ。だから、仕方ない。
「おい!! 山本ぉ!! お前また!!」
「この野郎!! いい加減にしろ!!」
食堂に引き返して助けを呼ぼうかと思っていると、ちょうど後ろから村田と長瀬の声が聞こえた。二人は怒号を発しながら山本と少女の間に割って入る。今度は長瀬が山本の胸ぐらを掴み、村田が庇うように少女の前に立つ。形勢逆転、とでも言おうか。
「山本。そんなに殺しがしたいならあと少し待てよ。お前くんだって来たんだ。訓練が終われば好きなだけ魔物と殺し合いができるぞ、な?」
「チッ。離せよ、その手」
「……行けよ。何度も言うけどな、二度と紗和城さんに近づくなよ」
「なぁ宗馬さぁ……ほんと医務室で一度見てもらえよ、な? お前おかしいぞかなり」
「余計なお世話だ」
山本の姿がなくなると、緊張の糸が途切れたのか紗和城さんと呼ばれた少女はその場にへたり込んでしまった。
「こ、怖かった……」
「もう大丈夫ですよ、紗和城さん!」
「うんうん。 宗馬にも困ったもんだよ……。 まっ! また絡まれたら助けるけどさ!」
「うぅ……村田さん!」
「アダダダダダダダダダダ!!!」
感極まったのか少女が村田に抱きつくと、村田は奇声を発しながら倒れてしまった。慌てて駆け寄って村田の顔を覗き込む。村田は完全に気絶しているようで、だらしなく口を開けてうっすらと白目を剥いてさえいる。まさか死んだのかと思い、脈を確認したが、どうやら死んではいないようだった。
「あぁ、気にしないでいいよお前くん。 村田さんの抱えてる呪いだから」
「呪い?」
「候補生の呪いだよ。 女の子に触ったり、逆に触られると電流が走るの」
「へ、へぇ……」
「そんなことより、お前くんさぁ! なんで紗和城さん助けなかったんだよ! ボーッと突っ立っててさぁ!」
「す、すみません」
「すみませんじゃないよまったく。情けない奴。それか俺たちを呼びにくればよかったじゃん。それとも何? 勝手に京子さんと抜け出したのバレたくなかったの?」
「その……」
「もういいよ……ハァ〜」
何か言い返してやりたくなったが、正論だ。たしかに僕は見ているだけだった。2人を呼ぶことだってしなかったし、そこまで考えなかった。
長瀬の言い方には腹がたつが、言い方が悪い以外は何も間違っちゃいない。ここでムキになって言い返したら、余計に僕の方が悪くなる。
ぐっと出かかった文句を堪えて飲み込む。
「そういえば京子さんは?」
「あーえっと……」
「ただいまー!! 応援呼んできたよ!!」
そう言って京子は1人の少女と一緒に戻ってきた。その少女の纏う雰囲気を見て、僕は頭を抱えた。あぁ、僕はまた面倒な奴と関わり合いになるのか、と。
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