第6話候補生たち

「まずは食堂から見ていきましょうかぁ」

相変わらず京子はさっきから僕の腕を引っ張りながら隣を歩いている。利き腕の右手をガッチリと掴まれており、逃げたくても逃げられないだろう。

はたから見れば嬉しいことではあるのだろうが、僕にとっては嬉しさ半分怖さ半分といったところだ。

食堂とやらに続く無駄に長い廊下を歩きながら、いちいち壁に貼られている肖像画や国王のものらしい銅像を見つけるたびにオーバーリアクション気味に解説をしてくる。


「これが王様なんですよこの国の!お髭がとってもふさふさなんです!この目尻のシワもすごいリアル!」

「そうですね」

このどこか情緒不安定な少女を刺激しまいと、僕は努めて笑顔で相槌を返す。このままいくと首の筋肉がとれてしまうんじゃないだろうか。

京子がまだ美少女だからいいものの、もしコレがブサイクだったら僕は全身全霊を持って逃げ出している。


「そういえばこの廊下ってこう………長いですよね」

「あぁ、やっぱり疑問に思いますか。みんな大体不思議がるんですよ」

「みんなって言うのは僕以外の候補生ですか?」

「そうですよぉ。この廊下が長いのには、一応理由があるんです。朝になればわかりますよ」

「朝ですか」

「はい、朝です」

朝になれば分かると言われたが、さっぱりわからない。体感でもう5分は歩いているような気がするのだが、朝にあるなにかのイベントか何かの為だけにここまで長くする必要があるのか。まさかとは思うがモンスターやらを毎朝放ってダンジョン攻略ごっこでもやらされるのだろうか。

「別にモンスターパニックが起きるわけじゃないですよぅ? むしろワクワクする楽しいことです!」

そう言って京子は僕の方を見ながらドヤ顔、とまではいかないが誇らしげな笑みを浮かべた。小さく上がった口角が可愛らしい。


「京子さんって、もしかして僕より先にこの世界に来て長かったりします?」

なんとなく心に引っかかっていたことを京子に訪ねた。僕が最後の候補生だし、当然彼女が僕よりもいわば先輩なのは理解しているが、案内役を買って出てくれた他に、こうした朝のイベントなんかにも詳しいことを見るに、ここに来てある程度長いように思える。

「そうですねぇ。私が一番最初にここに来たので……もう1週間はここにいますよ」

「1週間前、ですか」

なら、ここについて色々と詳しいのにも納得がいく。勢いに任せて死因についても尋ねてみたくなったが、

それを訪ねるのはあんまりにも無礼な気がして、僕は出かかった質問を飲み込んで黙ることにした。

なにかセンシティブな理由があるのかもしれないし、何よりそのことについて尋ねたせいで、情緒が乱れて

暴れられたら溜まったものじゃない。


「あぁ、死因はですね。心中したんです、彼氏と。私だけ死んじゃったみたいです」

「え?あ、そ、そうなんですか」

「はい。2人でこう、深〜い池にどボーンって。でも意識が消えかけてる最中……見ちゃったんですよね。

彼氏が1人這い上がって逃げてくの!酷い人だったなぁ〜」

そうあっけらかんとした顔で楽しげに京子は言い放つ。


僕は返す言葉が見つからなかった。全身から嫌な汗が噴き出して、じっとりとシャツが背中に張り付いていく。うなじにはぞわぞわとする感覚が広がる。

簡単に言えば僕は今、京子に対して猛烈にドン引きしている。

あって間もない、友達でもければ知り合いとも呼べない、ほとんど他人のような男にこんな話をするか普通。


「そ、そうだったんですね。なんと言えばいいか」

とりあえずは場をしのごうと思い、当たり障りのないことを言っておく。京子が下手に刺激しない方がいい

タイプの人間なのはよくわかった。

たまにアニメや漫画、小説なんかでヒロインが主人公にエゲツない秘密を暴露して、愛を確かめ合うロマンチックな場面があるが、女の子にリアルでされれば申し訳ないが不気味さしかない。ましてや僕と京子は恋人でもなんでもないのだ。余計に薄気味悪く感じてしまう。

僕がもう少し人間ができていれば話が違うのだろうが、ただの高校生にそれを求めるのは酷な話だ。とんでもない爆弾と関わってしまったと

後悔の念が溢れてくる。


「貴方も------ですか。でも------じゃないと------」

「えっと?何か言いました、京子さん……?」

「なぁーんでもないですよ?ほらほら、着きましたよ〜!じゃーん!食堂でぇ〜す!」

確かに京子が何かを呟いた気はするが、あまりに小さい声だったのでうまく聞き取れなかった。“貴方も,“じゃないと”。気になるフレーズは聞き取れたが、詳しく言いたくないのか京子は食堂の扉を空元気気味な掛け声とともに開いた。木製の大きなドアが音もなく開き、食堂の内部が露わになる。花々をあしらった大きなステンドグラスから西日が入ってきて眩しい。


「あ、ちょうどいいですね! 早速みんなにも貴方さんのことを紹介します! おーーーい!!みんなーーー!」

「あ、ちょ、ちょっと!?」

興奮気味に京子は僕を引っ張って、青年2人のいるテーブルへと走っていく。どちらも一瞬怪訝そうな表情を浮かべたが、声の主が京子だと分かると表情を変えて笑顔でこちらに手を振り、1人が出迎えだ、とでも言いたげにこちらに向かってきた。


「よぉ、京子ちゃん。今日も暴走機関車だな。……お?そっちの優男は……彼氏?」

そう言って大声で品のない笑い声を上げる。人があまりいないせいか、食堂に笑い声が響いて不愉快だ。

大笑いを浮かべている青年は典型的な不良のような格好で、黄色のメッシュが入った茶髪をオールバックにして、耳にはパンクロッカーが好きそうな厳ついピアスを3個もつけている。着ている服は骸骨があしらわれた白シャツで、その上に赤いアロハシャツを羽織っている。ズボンは少しくたびれたダメージジーンズで少々痛々しい格好である。

顔は僕よりかは老けて見えるので、高校生には見えない。多分大学生くらいだろう。


「ち、違いますよぅ!? 酷いなぁ村田さんは……」

「ははっ。悪い悪い。っとと、忘れるとこだった。はじめまして! 俺は村田 龍太郎。2番目の候補生だ。よろしくな!」

「あ、こちらこそお願いします。ただその、僕呪い? のせいで思い出せないんですよね、顔と名前が」

「あぁ。そうだったのかじゃあ……そうだなぁ。うん! とりあえず今はお前くんって呼ぶわ。ともかくよろしくな!」

そう言って村田はニカッと笑顔を浮かべると握手を求めてきた。僕は差し出された右手を握り返し、ぎこちなく笑顔で返す。まだあったばかりだが、見た目と違ってそこまで悪い人ではなさそうな気がした。


「村田さーん! 俺のことは紹介してくれないんですかー?」

後ろで座っていた青年が茶化すような口調で村田を呼んだ。おそらく舎弟か取り巻きか何かだろうが、着ている服から見て、僕と同じ候補生だろう。白いワイシャツにグレーのスラックスだ。僕の高校のものとは違うが、少なくとも同年代ではあるらしい。

「俺は長瀬 雄介。多分歳は……一緒かな。まぁいいや仲良くしようね!」

村田と違って握手を求めてくることはなかったが、長瀬は人懐こい笑顔を浮かべる。しかしどこか長瀬からは胡散臭い雰囲気が漂っており、手放しに善人だと言えるようなタイプの人間じゃない気がした。雰囲気自体は好青年だけれども、なにか真っ黒なものを抱えていそうな感じがする。


「なぁに猫かぶってんの雄ちゃ〜ん。お前くん、きおつけた方がいいよ? こいつすーぐいい子ぶるからさぁ〜」

「や、やめてくださいよ村田さん……」

そう言って村田は長瀬の首をヘッドロック気味に締めると、わしゃわしゃと頭を撫でた。2人の力関係がよく分かる。いい子ぶるというくらいだから、やはり胡散臭さは本物か。思わず苦笑いを浮かべて2人のやり取りを見ていた。こうして関わり合いを持ってしまったことだし、僕もその内

村田に舎弟のように扱われるのだろうかと思うと、少しげんなりしてくる。


「………新入りか」

「え……?」

不意に後ろから声が聞こえて、僕は振り返った。その声の主を見て、僕は愕然とした。






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