第4話白雪姫
ステータスをどう割り振ろうかと考えながら、僕は部屋に備え付けられていたベッドに座った。ベッドは座ったそばから身体が少し沈むほどに柔らかく、洗いたての洗濯物の様な優しい香りがふわりと広がる。
窓はカーテンで締め切られていたが、カーテンの切れ目から入った昼の日差しがベッドに反射して眩しい。真っさらな純白のベッドだ。そのまま僕はベッドに大の字で寝て、ぐるりと部屋の中を見渡した。
部屋の壁はエントランスで見たのと同じく乳白色の大理石でできており、元いた世界の自宅の自室よりも大きく、下手なアパートよりも設備が良いように思えた。小さなキッチンのようなものも備え付けてあり、幼稚園生が書いたような文字で
『おフロとおトーレわここれす』と書かれたプレートがついた個室もある。読んで字のごとくなら、トイレとお風呂が兼用なのだろう。……いったい誰が書いたのだろうか。
窓際に目を向けると、小さな木製のテーブルと椅子がある。その上になにかの本だろうか。文庫本よりも少し大きい本が一冊だけ置いてある。
少々殺風景な気もしないでは無いが、僕のような高校生が暮らしていくには十分すぎるくらいだろう。
「ま、とりあえずは……」
室内“散策”は後にして、まずはステータスを割り振ろう。僕はステータス画面をもう一度開くためにさっきと同じように紋章を擦り、身体ステータスを確認した。相変わらず貧相な、1という数字と最大値らしい20というアンバランスな組み合わせが並んでいる。
HP:20
レベル:20
残りボーナスポイント:20
身体ステータス
筋力:1 持ち上げることのできる重量の最大値
耐久:1 耐えることのできる衝撃の最大値
精神:1 精神的負荷への抵抗力の最大値
スキル:情報収束
「うーん……どうしようかな……」
正直に言えば、僕はこういった何かをを自由に割り振ったり分けるということが得意ではない。むしろ苦手だ。
割り振る時にワクワクはする。ワクワクはするのだが小一時間ほど悩んでしまうたちだ。だから自分でボーナスポイントを割り振るタイプのゲームは余り遊んだことがない。その手のゲームに慣れている人なら、きっと直感的に割振れるのだろうが、生憎と僕にそんな直感はない。
さて、どう割り振ったものか……。
筋力に割り振ってスーパーマン的なチートになった気分はもちろん味わいたい。異世界転生の醍醐味だろう。
かといって筋力が高いせいで前線に行かされるのは絶対に嫌だ。魔王軍と戦うこと自体は構わないし、むしろウェルカムだ。蘇生魔法があるなら前線で戦ってもいいくらいだ。
けれど、さっきのソレの口ぶりからして蘇生魔法はないようだし、僕は健やかに異世界生活を満喫しながら戦いたい。だから怪我や死のリスクが一番高いであろう前線には立ちたく無い。
「とりあえずは……」
HPの底上げをしようと思い。画面を軽くタップして耐久に5ポイントを割り振ってみた。
「あれ……?嘘だろ……?」
どうやら一回割り振ったポイントは取り消せないようで、耐久に振ったポイントを戻すことができない。しまった、一気に5ポイントも割り振らなければよかった。
僕は少し後悔しながら耐久が6になった身体ステータスを悔しさを込めて睨みつけた。
思えばこんな重要な情報を事前に伝えなかったソレが全部悪いような気がしてきた。ふつふつと怒りが湧き上がってくる。
「あぁ……もうどうでもいいわ」
なんだか白けてしまい、ステータスをめちゃくちゃに割り振った。どうせレベルアップか何かでまたポイントはもらえるだろうし、こんなゲームじみた世界なら割り振りポイントを初期化するアイテムのようなものもあるだろう。もうどうでもいい。
そうして出来上がった僕の身体ステータスがこれだ。
HP:200
レベル:20
残りボーナスポイント:0
身体ステータス
筋力:9 持ち上げることのできる重量の最大値
耐久:12 耐えることのできる衝撃の最大値反射神経の速さ
精神:1 精神的負荷への抵抗力の最大値
スキル:情報収束
ソレの言うことが正しければ、今の僕の身体は1.2tの、kgに言い換えるなら1200kgの衝撃をも耐え切れると言うことだ。筋力ステータスも、9もあればいいだろう。試しにベッドの前にしゃがみこみ、ベッドの裏に右手を滑り込ませ持ち上げる体勢をとる。900kgは持ち上げられるステータスだ。果たしてどうなるのか。
念のため少しだけ力を入れて、右手を挙げた。
「うわぁ!?」
右手を挙げたと同時に、僕は体勢を思い切り崩してベッドを壁に激突させてしまった。ドカンと言ういささか景気の良すぎる激突音が響く。
体勢を崩してしまったが、ベッドが重かったせいではない。むしろ余りのベッドの軽さに拍子がぬけしてしまっただけだ。ベッドの重さはわからないが、紙でも持ち上げているかのような軽さだった。
放り出されたベッドの方に目をやると、ベッド自体はマットレスなどの寝具が散らばっただけで無事ではあった。無事ではあったが問題は壁だ。
大理石でできた壁には痛々しい亀裂が走り、一部抉れてさえいる。候補生に弁償の義務が生じない事を願うしか無い。
『あ、あの!大丈夫ですか!?』
僕がどうやって部屋の惨状を誤魔化そうかと考えていると、テンポの速いノック音とともに、外から女性の声が聞こえてきた。さっきエントランスで話した受付嬢よりもずっと声が若い。いったい誰だろう。僕は音を立てないようにドアへと近づき、ドアの上部にある覗き穴から声の主を覗いてみた。
『大丈夫ですかー!?返事して下さーい!!もしアレなら助けを呼んできますー!!』
覗き穴を除いた先には、濃いめの紅色をしたブレザーに、青い大きなリボンを胸元につけた少女が立っていた。顔は覗き穴が曇っているせいでよく見えないが、雰囲気からして僕と同い年か少し下くらいに見える。恐らくだが彼女も僕と同じく候補生の一人だろう。僕の他にもあと6人の候補生がいるはずなんだし。
それにしても……最初に会った候補生が異性とは運がない。女の子と話すのは正直に言って苦手だ。別に女の子が怖いというわけでは無いが、何を話せばいいのかよくわからないし、そもそも身体の作りからして違う全く別の生き物だ。それだけならまだしも、犬や猫よりも何を考えているのかよくわからないからたちが悪い。だから苦手なのだ。
「………大丈夫です。驚かせてしまってすみません。今出ます」
僕は少し躊躇したが、少女の口ぶりからして返事を返さなければ余計に大ごとになるだけだと思い、ドアを開けて少女に応対することにした。
「あ!よかったぁ!無事だったんですね!」
「は、はい!……えぇ、まぁ……はい」
目の前の少女の事を一言で表すなら可愛い、だ。可愛いという言葉がここまで似合う少女を、彼女以外僕は知らないかもしれない。
身長は小柄で、童顔と少し撫で肩気味な肩が相まって庇護欲がそそられる。肌は雪のように真っ白で、ほんのりと赤い頬と唇が可愛らしい。
綺麗に結われた艶やかな肩まで下がった長い黒髪のツインテールと、大きく見開かれた両目から覗く青い目が美しい。……そして、目線を外しても視界の端にチラチラと映り込む胸元が僕の心拍数を余計に上昇させる。この青い目から察するに、純粋な日本人ではないようだ。
この少女にあだ名をつけるとしたら、白雪姫がぴったりかもしれない。
「大きな音が聞こえたのでびっくりしましたぁ。お怪我はないみたいですね!はぁ〜……よかったぁ……」
そう言って彼女は心からホッとしているとでも言いたげに、少々大げさ気味にため息をついて目を細めて小さく笑みを浮かべる。
猫を被っているようには見えないが、こういう可愛い女の子というのは、往々にして自分の可愛さを自己認識して可愛こぶるものだ。
手放しに信じるべきではない。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。私、京子・テーベ・ウィンストンと言います!候補生同士、仲良くしてくださいね!」
「あぁ、えっと京子さんっていうんですね……えーっとその、僕は----」
名前を名乗ろうとして、僕はあることに気がついた。なぜ今まで違和感を抱かなかったのだろうか。僕の名前は----
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