第2話 街並みを見渡す

ソレの話は長々と続いた。といってもこの世界に関する基本的な情報だったので、時間を無駄にしたというような気はしなかった。

気はしなかったが……とにかく疲れる。ソレは、大げさな身振りや手振りを好んで多用するのだが、古代の候補生たちの英雄譚や冒険譚を語るたびに一々立ち止まっては似合ってもいないファイティングポーズのようなガッツポーズのような、少なくとも元いた世界では見たことがないような奇怪なポーズをとる。

これで疲れないという人間がいれば、そいつは真性の聖人かソレの同類だと僕は断言する。


だんだん話に相槌を打つのにも飽きてきて、街並みに目をやりあたりを見回す。街路はアスファルトではなく平らに押し固めただけのむき出しの地面で、歩くたびに砂煙が小さく舞い少々埃っぽい。

昼時だからなのかはわからないがなかなか活気があり、長く続く……城壁だろうか。それを背にして百以上の屋台や露店が広がっていて、店主や売り子は威勢のいい声で客を呼び込んでいる。客は品物を手に取ったり果物や野菜なら匂いを嗅いだりしながら店主たちや売り子に負けないような威勢のいい声で何やら交渉をしている。

おそらくだが、

「新鮮なリンゴだよ!! なんと今ならたったの金貨1枚!」

「みずみずしくていいじゃないか! 3個買った!!」

「毎度あり!」

などと言っていたり、はたまた

「おいおい、なんだこの魚は。旬にしちゃ小さいぞ。もっと安くしろよ」

「あん? 文句があるなら試しに買って食ってみろ! 脂のっててうめぇぞ!」

「金貨2枚でなら買おうか!」

「もう一声!」

なんて言い合っているのだろうか。想像するとなんだか楽しくなってきてついついニヤケてしまう。


店々に並ぶのは何も食べ物だけではなく、子供向けであろう騎士や動物を模した木彫りのおもちゃなんかも売られていた。

そこに五、六人ほどの男の子たちの集団が店先に群がっては物欲しそうに眺めている様が可愛らしい。どうやこの世界の人々は子供も肝が座っているようで、男の子たちも店主と何やら言い合いを始めた。おそらく値切り交渉か何かだろう。

話し振りや身振りから察するに、こんな風に話しているのだろうか。


「おっちゃん! これ本当に公式のおもちゃ? 純正品ならロゴ書いてるはずだよ!?」

「ウルセェガキだな!! 買わないんなら失せろ!!」

「あったまきた! 著作権侵害で訴えてやるもんね!」

……そんな訳あるか。あってたまるか。そんな子供いて欲しくない。

うん、どうせ彼らの言語を僕は理解できないので気にしないことにする。チョサッケンとかいう響きが聞こえたがどうせ気のせいだ。

仮にそうであっても意味は違うかもしれない。それよりも人々のファッションに目を向けた方がまだ有意義だ。そう思って僕は人々の服装に改めて目を向けることにした。


街行く人々はいわゆる現代人とは違った飾り気のない質素な……というのとはまた違う。地味というべきか。

麻やコットンなんかでできているのであろう衣服を身につけていて、男性は皆どことなくポロシャツに似た、首元が大きく開いた服を着ている。流行りなのかはわからないが、ベージュ色のポロシャツモドキを着ている人が多かった。当然だが僕のようにナイロンでできたブレザーを着た人は一人もいないので、どことなく気まずい。……周りと違う服装で気まずく感じるあたり、やはり僕も現代人なのだと痛感する。


女性の服装はというと飾り気というか、派手さがあった。といっても男性の服装と比べて、という話ではあるが。

道行く女性たちは服の色こそ違えど、大半は袖と丈が長いワンピースで身体にはコルセットのような物を巻いていた。頭にはモブキャップのような物を被っており、ヴィクトリア調のメイド服とでもいうのだろうか。それによく似ていて、徹底的に露出を避けるようなデザインだ。

この世界では女性が肌を露出するのは、あまりいい顔をされないのだろ。


「候補生殿はヒュンノムの風俗や風習が気になるご様子ですな」

「ふぇ?」

あぁ、そういえばいたなこいつが。街並みを見るのに夢中ですっかり忘れていたが、長々と喋るソレが隣にいたんだった。ソレの声色は自分の話を無視されていたことを別段怒っているようでもなかった。正直に言えば少しホッとした。この手の手合いは話を聞いていないとキレるものだし。


「ふふふ 恥ずかしがる必要はございませんとも。古来より候補生の方々はすべからくまずヒュンノムの情景を観察されてこられました。やはり元いた世界とはまるきり違うというのは、それだけで観察したくなるのが人情にございます」

キリッという擬音がつきそうな芝居がかかった風に人情についてソレが語る。それがなんだか妙に笑える。というよりも滑稽だ。人間ですらないゴーレムが人情について語る。これが滑稽じゃないなら何が滑稽だというのだろう。僕は口元を隠してその下で笑ってやることにした。


「おや、如何されましたか候補生殿。急に口元をお抑えになって」

「え? あぁいや別に? 考え事ですよ、考え事」

「思案に耽ることもまた人の営みの一つにございます。どうぞごゆるりとご思考くださいませ……」

ソレは恭しい態度でそう言うと、執事のようにそっと胸に片手を当てて僕にお辞儀をした。その雰囲気は今まで見せてきたような頭のネジが数本抜け落ちたようなものではなく、映画やアニメで見るようなイメージ通りの執事然とした雰囲気だった。

「----」

その仕草がかっこよくて、なんとなくソレを心の中でとはいえ小馬鹿にした自分が恥ずかしくなる。落ち着かない。僕を落ち着けなくするなんてソレのくせに生意気だ。


「おや、いかがされましたかな候補生殿……あ!」

「な、何ですかいきなり」

「申し訳ございません、候補生殿……紳士の誇りを傷つけてしまうとは私は本当に情けない鉄くずにございます……!」

「へ? いや、急にどうしたんですか」

「……厠の場所をお伝えし忘れるとは不覚……!」

「は? 厠?」

「へ? いえその。ソワソワなさっていましたし。てっきり……」

「んなわけないでしょうが!?」

全言を全て撤回する。コイツは執事じゃなくてただのバカだ。鉄くず以下の大馬鹿だ。

「恥ずかしがることはございません、それは人に許された摂理で」

「違うって言ってるでしょうが!! てかまだ着かないんですか学舎には!?」

「はて。コレは奇異なことを。私共はすでに学舎におりますが?」

「は?」

「この街、この区画が全て学舎の敷地内にあるのです。 候補生たちが一刻も早くこの世界に慣れ親しむための国王様よりの心遣いにございます。私の説明を聞いておられなかったのですね」


そう言ってソレはケタケタと笑った。もしソレがいう通り目の前に広がるこの露店街が。この光景がすべて学舎の敷地内にすぎないのだとしたら……この世界の王国、ヒュンノム王国というのはどれほど巨大だというのだろう。この世界にはどれほどの未知の光景があるのだろう。心臓は興奮を抑えられずに高鳴り、鼓動はどんどん早くなっていく。

あぁ……こんなに胸が踊ったのはいつぶりだろう。元いた世界ではもう二度と味わえなかったであろう高揚感でいっぱいになる。


「候補生殿、こちらです。この門をくぐれば学舎本館に入れます。さ、どうぞこちらへ」

そう言ってソレは何かの花が描かれた城壁の一部を軽くノックすると、音もなくノックをした場所だけが消え、ちょうど人一人が通れるくらいの大きさの入口が現れた。魔法か何かだろうか。しかしそんなことは今はどうだっていい。後で幾らでも聞けばいいことだし。それよりもだ……ここを越えれば、今までのつまらない日常は全て消え去るんだ。僕ははやる気持ちを抑えてそっと足を踏み出した。

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