サマー・ソフト

葉野赤

サマー・ソフト


 終業式の前の晩、ユミとラインしてから寝るまえにふと思い立って決めた。今年の夏休みは毎日、図書館に行こうと。

 こんなこと思い立つくらいだから私は図書館自体はもちろん嫌いじゃないが、毎日行きたいくらい大好きなわけじゃない。読書も好きだが、死ぬほど大好きなわけでもない。でも、家にいると休日はつい特に目的もないのにスマホをいじったり、つまらないなーと思いながらテレビを見たりしてだらりと終わってしまいがちだ。もう高2なんだからその繰り返しじゃだめだな、と思ったのが理由といえば理由。というと意識高い感じに聞こえるかもしれないけど、もっと正確に言い換えれば「とにかく図書館に毎日行ったらダラダラひと夏過ごすより何かマシになるはずだ」というバカみたいな動機だ。ユミにはそのまんまバカみたいだと笑われたが、人から言われるとムッとするもので、別にバカみたいでもいいじゃんと言い返した。

「つか休館日はどうすんの」

「ユミと遊ぶ」

「都合のいい女扱いしやがって」

 

 そして夏休みが始まり、計画は開始された。

 溶けそうな暑さの中自転車を漕いでたどり着いた先、フロアに入った瞬間の冷房の心地よさは毎日味わっても飽きないたまらなさがあった。学生、老人、子ども。日々それなりにいる利用者の中、私はまず、フロアの中央にたくさん設置してある4人掛の大机について夏休み課題のその日の分にとりかかる。休憩しつつ1時間半くらいで終わらせると、前から読んでみたいと思っていた本を本棚から取ってきて、夕方まで読む。しばらくはこのスケジュールを続けたが、どうも私は読むのが比較的早いようで、1週間経つと目的のものはあらかた読んでしまった。

 さてどうしよう、と一晩考えた結果、次の日からは本棚の前をうろつき、何となく目を引いたタイトルのものを手に取り、最初の3ページを読んで引き込まれたらそのまま読む、ということをやった。文学、歴史、社会、ジャンル問わずに見ていくと、なかなか興味を惹かれるものが多い。もちろんハズレもたくさんあるけど、それも含めて面白かった。これは長めに楽しめた。

 それも飽きてくると、家から適当に紙を持ってきて画集の棚のものを模写してみたりもした。浮世絵、西洋画、民族模様、萌えイラストまでなんでも手当たり次第に描いてみた。これもなかなか楽しかった。ただ絵を眺めているだけでは気づかなかった発見もあった。これもジャンル問わずやったのでしばらくは続いた。

 さて、そこまでやるといよいよやってみたいことがなくなってきた。しかしまだ夏休みは10日ほど残っていた。でも、ここまできて図書館に行くことをやめるわけにはいかないな、と思い、残りをどう過ごすかを一晩うんうんと考えた。

「意地なってんだろ」

「意地なってるね」

ユミの指摘に素直に返信した。


 そして結論が出ないまま眠ったら、夢を見た。朝起きて、その夢の通りにしてみようと思った。私は図書館に行く途中花屋に寄り、小さな鉢植えを買って図書館に向かった。鉢植えを両手で持ってフロアに入ると貸出カウンターのお姉さんが目を丸くしていたが、私がこの夏毎日来ている人物だと知っているからか、とりあえずスルーされた。カウンターを通り過ぎて少ししてから振り向いてみると、まだお姉さんがこっちを見ていて目が合ったので、にへっと笑って会釈しておいた。

 いつもの机エリアに向かい、空いている席を見つけてハンカチを敷くとその上に鉢植えを置いた。そして椅子に腰掛け、目の前にある花を眺めた。小さな白い花。どんな名前だったっけか。たしか英語の…。買う時に聞いたはずだが、何だったかもう忘れた。

 さて。

 とりあえずこれが夢で見た景色だった。これを実現する以外にはなんにも考えていなかった。ここからどうしようかな。花をじーっと見ていた。花弁には薄い黄色が混じっていた。花ってすごく細かいなと思った。

 向かいの席にはおじいさんが本を広げたまま、頭を時々前後に揺らめかせながらうとうと船をこいでいた。花を見ていると自然にそのおだやかな眠りざまが目に入る。冷房気持ちいいもんね。なんの本を広げているかはわからない。このまま起きたらびっくりするかな、それはちょっと悪いなと考えていると、ふと、おじいさんが目を覚ました。

「お、本の花」

 おじいさんは起きて花を見るなり、平板な表情でぽつっとそう言った。私はびっくりしてなんにも言えなかった。ただ口をぽかんと開けているだけだった。そうしている間におじいさんは腕時計をたしかめると、いかんいかん、と言いながら立ち上がり、本を持って貸出カウンターのほうへ歩いていった。少し経って我に返り、席を立って、そのあとを追った。ちょうど、おじいさんが貸出の手続きを終えてフロアを出ていくところだった。私は駆け出して、自動ドアが閉じかけるタイミングで一緒に外に出た。午後の暑さが一気にのしかかってくる。

「あの、すみません!」

 私が声をかけると、おじいさんはゆっくりこちらを振り向いた。

「何だ」

「私、この夏にたくさん本を読んだし、たくさん絵も見たけど、そんなのどこにも載ってなかった。本の花って何?」

 おじいさんはやっぱり表情ひとつ変えなかった。

「何って、あんたが花を持ってきたんだろ」

「はい」

「本の中に花を置いたんだろ」

「はい」

「あんたが作った物語だよ」

「えっ?」

「それに名前をつけただけよ」

 そこまで言うとおじいさんは話を打ち切り、すたすたと歩いて行ってしまった。私はもう追いかけなかった。外に出てちょっとしか経ってないのに、もう汗がこめかみから頬につつ、と落ちてきた。

 


「妙なこともあるもんだなあと」

「それ夢でも見てたんじゃね?」 

「いや、でも鉢植え目の前にあるし」

「いやだからおじいが夢」

「そうなんかもなぁ」

「でもまぁ」

「うん」

「物語って夢か現実かわかんないもんかもね」

 ユミは時々、お?というようなことを言う。

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サマー・ソフト 葉野赤 @hanoaka

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