夏祭

 夏休みに入り、とうとう葉月の浴衣の日。


 葉月は特免の試験をクリアし、無事に実地試験を受けることとなった。夏の百鬼夜行中、一条の山で試験を行うらしい。今年こそは葉月の望む百鬼夜行になるだろう。

 葉月の試験中、俺は兄貴にちくちくと文句を言われながら報告書を書き、なんだかんだいってほとんどの仕事を手伝って貰った。今はほとんど仕事が片付きスッキリした。


「和兄、またニヤニヤしてる。気持ち悪い」


「.......もう気持ち悪くてもいいや」


「うわぁ.......」


 妹の本気の軽蔑の目は、やっぱり堪えた。


「清香ー! 葉月ちゃん来たから着替えるよー!」


「はーい!」


 ニヤニヤが止まらない。葉月に浴衣着てくれと素直に頼んだのは正解どころか大正解。姉貴の協力のもと最高の浴衣が見られることは確定した。


「和臣、お前は着替えないのか?」


「あれ、父さん。今日休み?」


「ああ。お前の浴衣あるだろう? 着替えたらどうだ?」


 正直俺の格好などどうでもいい。今この待ち時間の焦れったさを味わっていたい。


「.......俺は別に」


 いいや。という前に、居間に葉月が入ってきた。


「こんばんは。今日もありがとうございます」


「いや、いいんだよ。よく似合ってる」


 葉月が着ていたのは見覚えのある水色の浴衣。安っぽくない水色に、金魚の柄が映えている。

 姉が近づいてきて、耳元で囁いた。


「あんた、あれ好きでしょ。どう? お姉ちゃんの仕事は?」


「完璧.......」


 あの浴衣は姉の物だ。昔から俺はあの金魚が好きで、祭りの度に姉についてまわった。それを好きな女の子が着ている。奇跡か。


「ねぇ、お父さんもお祭り行くの?」


「清香が行くなら行こうかな」


「やったー!」


 父が妹を抱えて、玄関に向かう。


「和臣、あんた早く着替えてきな。私は父さん達ともう行くから、鍵閉めてよ」


「.......うん」


 居間に2人だけになって。


「.......和臣。どうかしら?」


 いつもと同じ表情で、でもちょっと耳を赤くした葉月が聞く。


「.......似合ってる」


 もう軽くフリーズしている俺は、そんな事しか言えなかった。それからいつの間にか俺も浴衣に着替えていて、カラカラと下駄を鳴らしながら外を歩いていた。家の近くの坂道に屋台がずらっと出ている。坂が終わってもまだしばらく祭りは続いている。


「和臣、大きいお祭りね」


「.......うん」


「去年はおばあちゃん家にいたから、気づかなかったわ」


「.......うん」


「和臣」


「.......ん?」


 葉月がきゅっと俺の裾を掴む。


「.......こういうの、初めてよね? .......ど、どうするのが正解なのかしら?」


「.......ええ? もう全部大正解.......」


 べしっと巾着で殴られて、少し冷静になる。これは絶対に楽しい。確定事項だ。


「葉月、行こう! 屋台見ようぜ!」


「ええ」


 屋台を冷やかしながら坂を下る。


「あ、タコ焼き食いたい」


「.......今焼きそば買ったじゃない」


「お好み焼きも食べよう」


「.......食べきれないわよ?」


「大丈夫だ、お祭りの時っていくらでも食べられる気がする」


 葉月と焼きそばを食べながら歩く。葉月が何かをじっと見ていたので、それを見れば真っ赤なりんご飴。


「りんご飴買う?」


「.......いいわ。食べきれないもの」


 そう言えば俺もよくりんご飴を欲しがって姉に食べきれないからと言われた。結局兄貴が買ってくれて、半分以上食べてくれるのだが。


「残ったら兄貴.......じゃなくて俺が食べるよ。ほら、買いに行こう!」


 その後も葉月が欲しそうなものを片っ端から買って、俺も綿菓子やら何やら買い込んで、坂が終わった。


「いやぁ、楽しいな!」


「ええ。.......私、お祭りでこんなに買ったの初めてよ」


 びょーんと水風船を弾きながら葉月は言った。暗いせいかもしれないが、ちょっと楽しそうだ。


「俺も。いつも姉貴に止められるから」


 笑いながらお面まで買った。何故か葉月はひょっとこで、俺はキティちゃん。葉月セレクトだ。


「金魚掬いかー。池に入れたらバレるかな?」


「.......和臣」


 きゅっと手を握られる。そっぽを向いた葉月は、そのままグイグイと俺を引っ張る。


「お? どうした?」


「.......私、お祭りがこんなに楽しいのは初めてよ。また来たいわ」


「.......うん。来年もこよう」


 素直な葉月。可愛いが過ぎる。

 そして、もう屋台がなくなって、帰るかという事になった。


「あら? 和臣、あの子迷子かしら?」


 みれば、屋台と屋台の間、大きな木の根元に腰掛ける浴衣の男の子かいる。


「ん? .......あー。迷子っちゃあ、迷子」


「え?」


「大丈夫、祭りは楽しいから。悪い物は消えるし、きちんと自分の場所にだって帰れるさ」


「.......あの子、人じゃないの?」


「どうだろうな、何かって括れるものじゃないんだろう。ただ、俺たちとは違う所に居るんだろうな」


 迷子の彼は、じっと動かない。きっと不安だろう、迷子はそういうものだ。


「あ、迎えが来たぞ」


「あ」


 提灯を持って、のっぺりとしたお面をつけた男が、後ろに子供達を引き連れて歩いていく。男の子は急いでその列に加わって、楽しそうに祭りに消えた。


「ほら、大丈夫だった。祭りは楽しいから、遊びに来るんだろうな」


「.......不思議ね」


「ここら辺は山が近いから。ちょっと不思議な事はよく起こる。怖い?」


「.......全然よ! ちゃんと帰れて良かったわ!」


 ふんっと胸を張った葉月は、浴衣の金魚よりも可愛い。


 帰ったあと大量のお土産を見て姉に呆れられ、妹にお面をあげた。俺の綿菓子はいつの間にか父に食べられ、いつの間にか帰っていた兄貴は俺が残したりんご飴を食べていた。


「和臣」


 葉月と妹は寝て、兄貴達は酒を飲み始めた。


「お前、葉月ちゃんがあの浴衣着てくれて、嬉しかっただろー? 金魚、お前べったりだったもんなー」


 真っ赤な兄貴はやたらと上機嫌。これは父も姉も同じ。


「私が選んだのよ! 絶対これしかないって!」


「和臣も清香も大きくなったなぁ」


 さっさと寝てしまえば良かった。むず痒くてしかたない。


「でもりんご飴食いきれないのはなおらないのかー。兄ちゃん毎回りんご飴食ってる。ひひ」


「兄さん甘やかしすぎよ」


「.......あ、酒が切れた」


 その後3人はそのまま寝て、俺も居間で寝てしまった。


 翌朝4人で妹に怒られた。

 風呂に入る時、胸元からペラリと何かが落ちて、拾ってみれば葉月の浴衣の写真だった。裏にはイラつく金魚の絵。


「.......変態め」


 まあ今回はよくやったと言おう。写真は部屋に堂々と飾るとしよう。もはや恐れる事はない。


 すぐに写真が葉月に発見され、写真は没収の上殴られた。涙を堪えて、いつか取り返そうと誓った。

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