第5話
梅雨も明けて真夏日の暑い日に自転車を漕いでいる。
坂道の途中で力尽きて、降りて自転車を押して登る。
空に傘が風に流されて漂っている。
そうじゃない。いつか見た電車で出会った存在が傘を用いて飛んでいる。
「また飛んでるの」
声をかけるとこちらに気づいた様子。
彼女にもこちらは見えていないようだが、そこに何かあるという直感と、過去に出会ったときのバイブレーションで声をかけた。
ふわりと傘が足元に落ちる。
「魔女がホウキにまたがって空を飛ぶだろう。傘と風の流れを利用して重力への反発力を傘に応用して飛んでいたのさ。」
「なにそれ、私にもできる?」
「出来ないことはない。」
冗談で言った言葉に真面目に返事が返ってくる。
「重力場の発生源は地球の自転や宇宙の星々との調和でなりたっていて、一定ではないんだ。」
ふーんと話半分に聞き流して先に進む。
興味があるのはなぜその手段で空を飛ぶのかということ、その必要性についてだったから得たい答えでなくてがっかりしていた。
汗を流しながら押す自転車がなだらかな坂に到達して軽くなる。
それじゃあ、と声をかけて自転車でかけていく。
興味の対象は多いに越したことはないが、話が噛み合わないのは気に食わない。
一連の流れであった会話も記憶も置き去りにして自転車が進むのを楽しんだ。
木々や草花が生茂る草と土の香りを感じながら、風邪を切って汗を流しながら進んでいく。
あの存在にはこのような体験は無縁なのだと知ったら今の時の快感が特別なもののように思えて嬉しくなって笑った。
打ち水の水を跳ね飛ばして散らして自転車を漕ぐ私は無敵かのように思えて、しかし、同時に彼の存在が不可解に思えた。
なぜこの世界で世の傍から離れて過ごすのか。煙のように漂いながら消えることなく同じ時を過ごすことに違和感を覚える。
出会っていながら隔たりがあって、お互いの存在ではなくなにか別の形にこだわるようにして触れ合うことの不可解さ。不気味な気分に苛まれながら、そんな存在との記憶ややりとりを一切忘れ去ろうとするようにスピードを上げて駆けていく。
心臓の鼓動ははちきれそうに唸り、身体が水分を欲していることに気づきながらも、足を止めることなく突き放すようにして前進し続けた。
見えない病 現代幸之晋 @ryou_0707
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