第2話 出会いⅡ
颯爽と俺の居る車両に乗り込んできた女子高生を俺は凝視した。第一に俺と同じ制服を着ている生徒だったからだ。紺色のブレザーをボタン全開でただ羽織っている彼女には「遅刻」の跡が垣間見える。だが、俺はそれ以上に驚いていた。
――この女、まったく動揺していない、だと?
俺の頭が不安も焦燥もとっぱらって目の前の状況への疑問だけで埋め尽くされた。
同じ高校であるならば、例え何年生であっても今日がテストであることは変らない。受験を控えていないにしてもテストを受けられないというのは進学校の一生徒としてあるまじき行為である(俺自身のことは棚に上げるが)。この女、そんなものにおびえる様子も焦る様子もない。なんなら寧ろギリギリ間に合ったみたいな顔をしてスマホに目を落としている。いや、間に合ってねえからな!!
いやしかし、実はこういう女子高生は天才肌、という可能性もあるなと俺は思った。世間では往々にして「天才はめんどくさがり」というイメージがある。ヒーローは大体遅れてやってくるし、学年最下位が東大に行くみたいな劇的展開をもたらすのは一部のそういった「一見だめそうなやつ」であるのが世の常だ。
で、あるならばこの女も・・・
ピロン、ピロロロロ~~ん
腑抜けた音が彼女のスマホから流れていた。
「え・・・」
彼女の目が大きく見開かれていた。どうやら驚いているらしい。
「10コンボだポ~~ン」
続けざまにスマホが軽快な電子音と共に声を上げた。声で分かる。巷で話題の有名スマホゲーム「パラゴン」(『擦って振って!パラゴニスト!』がキャッチコピーだったきがする)である。
「いやゲームかいっ!!!!!!」
俺は余りに期待を裏切ってくるこの女子生徒についに声を上げてしまっていた。彼女はどうやらスマホから音が出てしまったことに驚き慌てているようだったが俺にはそんなこと関係なかった。俺の不安と焦燥、推理の数々をかえしてほしかった。
「え・・・なに?」
彼女は顔を上げて立っている俺を見た。それもそうか、突然知らん奴から声かけられたらそうなるわ。何してるんだ俺。
「あ・・・いや、ごめん、何でもない。」
渦巻いていた訳の分からない気持ちが頭のてっぺんまで登っていたせいで叫んでしまったのに、そいつらはどうやらもう喉元まで引っ込んでしまったようだった。チキンめ。
「ゲームかいって、言ってなかった?」
彼女は訝しむように俺を見上げている。整った顔のパーツとサラサラの髪から漂うオーラが「ただものではない」雰囲気を醸し出していた。でも手元には「パラゴン」・・・
乗客が少ないとはいえ、そのごく数人の乗客に見られていることがひしひしと空気で伝わってくる。駆け込み乗車してきた女子高生よりも突然叫ぶ男子高生の方が確実にいかれている。暑くもないのに体中から汗が噴き出てきた。
「・・・言った。」
俺は死を覚悟した。
「それって、きみ・・・」
喧嘩を売ったんじゃない。こういう女子生徒は校内で絶大な権力を持ち、カースト上位の人間を顎一つで動かしてしまうような人種である!俺のような中の下の立ち位置の、同窓会で「あーそんなやついたな」って思われる程度の人の更にその下に位置するタイプの人間に太刀打ちできるはずがない!待つのは社会的な死!
「あー・・・」
俺は呻きにも似たような声を出す。
「パラゴンやってるの!?」
「!?」
俺は両の手を掴まれていた。俺よりも冷たく白い彼女の手が俺の手を包んでいる。
彼女は立ち上がっていた。眼は輝いていて、俺の視界を埋め尽くす。
「私、パラゴン知ってる板高生にあったの初めてかも!」
『板高生』というのは俺が通う『板岬高校』の通称である。『イタコウ』。
狼狽える俺の手と心を掴んだままの彼女はそのまま俺を隣の席に引きずりこんだ。俺は成す術もなくヘチョンとすわった。死を覚悟していた身はどうやら生き残っているらしい。
「えー!超嬉しいかも!!ねえ、ちょっとパラゴン談義に付き合ってくれない!?」
「え、えと、俺はその」
「最新の配布イベントクエストのダンジョンなんだけど、最適パーティーは・・・」
俺の応答を聞く前に彼女は自らのスマホの画面を俺に無理やり持たせ(彼女の手はそのまま俺の手に添えられている)パラゴン談義とやらを始めてしまっていた。
俺は彼女の凛々しい顔とスマホの画面(なんだこのアカウント無茶苦茶強いやんけ!)を交互に見てその度に驚きながら彼女の口から吐き出される膨大な情報を脳に送り込んだ。
周りの視線だとかタイムリミットだとかそんな状況を押しのけてしまった彼女の力技に俺は圧倒されっぱなしだった。
電車は、いつのまにか次の駅へと走り出していた。
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