5 黒装束の男達、黒幕を告げられる

 ルカと入れ違いでレリアと話し始めたシエルが険しい表情でこちらへと戻ってきた。

 先程までマルコと痴話喧嘩していた時の軽い空気は完全に消え失せていて、同一人物かどうかを疑うような、どこか殺気めいた雰囲気が伝わって来る。


(……一体どんな話があったんだ?)


 自分と入れ違いでどんな話があったのかは分からないが、それでも明らかに軽い話ではなかったのだろう。

 そして明らかな空気の違いをこの場で一番敏感に感じ取るであろうマルコがシエルに問いかける。


「どうした。そっちで何話してた。俺らに言える話か?」


「皆に言える話かどうかの相談を受けてたって感じ。それをウチが独断で良いって事にした。これで色々と良くない事になったらウチの所為だから」


「馬鹿みてえな事言ってねえで話せ。おい! 全員集合だ!」


 マルコの号令に散らばっていたマフィアの構成員達が集まって来る。

 そしてこの場に全員が揃ったのを確認してから、シエルは口を開いた。


「皆、此処だけの話にしておいて欲しいんだけど……レリアさんのおかげでこの空間を作っている魔術師が誰か分かった」


「本当か!? いや歴史上の偉人ってのはマジで凄いんだな。すげえよアンタ」


「ボス。微妙に方向ズレてます。もうちょっと右側ですよレリアさんがいるの」


「あ、マジで? コホン。すげえなアンタ」


「いやもうちょっと左です」


「なんかスイカ割りしてるみてえだ……」


「ごめん、悪いけど今そういう小ボケ挟まないでくれるかな。ウチが言える立場じゃないのは分かってるけどさ」


「……すみません。少し場の空気が和めばと思いまして」


 そう言って謝罪するアリアにクライドは言う。


「……って事は別に方向ズレてなかった?」


「ズレてましたよ。元はと言えばボスが滅茶苦茶な方向向いて話し始めたのが悪いんです……なんてやり取りも今は不要ですか」


 小さく息を吐いてアリアは問いかける。


「それで、その魔術師と言うのは?」


「俺達に伝えて理解できるような奴か?」


「分かる人も居るんじゃないかな……ユアン・ベルナール」


「……ッ!?」


 その言葉に声にならない声を上げたのはルカだ。


「ユアン……ベルナールだと!?」


 それに続いて反応したのはミカだ。


「待って、ベルナールって……アンナさんと同じ苗字……」


「……」


 ミカの言葉にどう反応するべきか分からず言葉に詰まった。


 ミカの言う通り同じ苗字。

 そして本人から言質を取っているが、ユアン・ベルナールは間違いなくアンナの父親だ。

 ……関係は非常に悪そうではあったが。


 もっとも関係が良い悪いはこの際どうでも良い。


 大事なのは今回の一件の敵側の中心人物として名を上げられた存在とアンナに血縁関係があるという事実が表に出そうな状況を、黙って見ていて良いのかという事だ。


(…………いや、良いのか、そこは)


 自身と入れ変わりで行われた会話でこの話をこの場でしても良いか相談をしていたのなら。

 ただの腐れ縁でしかない自分よりも遥かに関係性の深い人間がそうした選択をしたのであれば、自分が場を搔き乱すのはきっと違うだろう。


 そこまで考えたところで、少々遅れて自覚できた事があった。


(敵の名を聞かされて、まずはベルナールの心配……か)


 もし本当にユアン・ベルナールがこの一件の主犯なのであれば。

 即ちクーデターを起こさせ国家転覆を完遂され、自身の親友であるクラニカ王国の王を死に至らしめた。

 そんな惨劇の元凶……どれだけのヘイトを向ければ良いのか分からない程の相手という事になる。


 アンナ・ベルナールはそんな外道の娘だ。

 ……そんなアンナに対して怒りの感情が向くことはなった。


 それを自覚して安堵すると同時に……自分自身に落胆していた。


(……違うだろ、それは)


 アンナに対しヘイトを向けなかった事では無い。


 宿敵に対する解像度が大幅に上がったにも関わらず、真っ先に湧いてきた感情がユアン・ベルナールに怒りではなく知人の立場の心配や恨まなかった事に対する安堵だったのだ。


 ……それは前を向いて歩く気力と一緒に、牙まで抜かれてしまっているように思えて。

 本格的に誤用の意味での役不足に陥っていると思えてしまった。


 ミカを守る為の盾となり。

 ミカの志を支える為の剣となる。


 その資格が自分からどうしようもなく欠落しているように思えたのだ。


 そしてそう考える中で。

 ユアン・ベルナールという有名人の名前が出てきてざわつく空間の中で、マルコが言う。


「三つ程確認させろ」


「何かな?」


「まずそのユアン・ベルナールっていう男は、お前の親友の聖女の血縁者って事で良いのか?」


「父親だよ。殆ど絶縁状態だけど」


 絶縁状態という言葉に力が籠ったシエルに対しマルコは言う。


「大丈夫だ。そこで親族にまで手を伸ばすような組織なら、とっくの昔に空中分解してるし……お前も此処にはいねえだろ」


 その言葉を聞いてルカも安堵する。

 ……どうやら想定出来た最悪な事態は回避できたようだ。


「うん、そうだね……だから包み隠さず話してる。それで二つ目は?」


「アイツの親友のお前が本人に伝える前に、父親のやらかしてる事を俺達に公表したって事は……その事実をアンナ・ベルナールの耳に入れないようにしたい。そういう事でいいか?」


 その言葉にシエルは頷く。


「これを知ってもあっちゃんには毒にしかならない。だからあっちゃんがこの国に居ない内に全部片付けたいんだ。実行やその後の後始末、口裏合わせまで。ウチとレリアさんだけで動いてたらきっとうまくやれないだろうから」


「……とはいえ俺達が頷かなくてもお前は動くんだ。選択肢ねえな……ねえよな?」


 一応確認するようにマルコは他の面々に声を掛ける。

 ……反論は基本的になかった。

 約一名を除いて。


「確かにシエルがそう言うなら、実際に毒でしかないんだろうが……それでも、家族だからこそ、知らなければならないんじゃないか?」


 この場で唯一レリアの事が見えて居ないが故にやや浮いていた男。


「知らないままで身内の問題が全部終わってる、なんてのは……良くないんじゃないか?」


 この場のマフィアを束ねるボスの男、クライドだ。





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最強聖女は追放されたので冒険者になります。なおパーティーメンバーは全員同じような境遇の各国の元最強聖女となった模様。 山外大河 @yamasototaiga

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