ex 黒装束の男、悪手

「ほうほう、これはまあ中々にエグい事をしておるの。やってる事すごーく悪人って感じの奴じゃ……中々どうして、やる事はちゃんとやっておるんじゃの」


 部屋に入った三人を待ち受けるのは、何やら特殊素材の透明なケースに入れられた脳である。


「コイツが先日の事件の……いや、今俺達が戦っている連中の関係者の脳だ。そして態々脳に魔術的なプロテクトを掛けられる位には重要な情報を握っているんじゃねえかと思っている」


「まあそうじゃの。大した情報を持っていない奴の脳に態々プロテクトなど掛けんじゃろうし」


 言いながらレリアはケースの上に手を翳す。


「どうだ、プロテクトは突破できそうか?」


「うむ、超厳重ではあるが然程難しい物ではないかの。どれど……」


 と、そこでレリアが口を閉じる。


「どうした? なんかあったか?」


「……一つ尋ねるがマコっちゃんとやら」


「てめぇまでその呼び方かよふざけやがって! ……で、なんだ?」


「ワシの前にこのプロテクトの解除を試みた者がおるじゃろ? 11番と3221番のコードじゃ」


「11番? 3221番? なんだそりゃ」


「ああ、お恥ずかしながら俺がやりました」


 専門的な事が分かっていないマルコに変わりルカは軽く手を上げて名乗り出る。

 マルコ達に出来たのはこの脳にプロテクトが掛かっている事を把握するまで。

 その先に踏み込んだのは。少なくともそのコードに触れたのはルカで間違いない。


 レリアはルカの方に向き問いかけてくる。


「……何か気付かんかったか?」


「……いや、特には……何かあったんですか?」


「なんというか……いや、えーっと……」


 レリアはまるで言葉を選ぶようにそう言って視線を反らす。

 最大限、気を使おうとしてくれているみたいに。


(……成程、此処まで差があるか)


 おそらくレリアはルカが解除を試みた痕跡を見付けたのだろう。

 そしてレリアにとっては容易に突破できる地点で躓いた事に対して、どう声を掛けたら良いのか分からない。

 そういう類いの事を言おうとしたのだろうと、そう思った。


 だけど結果だけ言えばそれは大外れだ。

 実際にはもっと最悪な事実。


「……もうこの脳には何の情報も残っとらんよ」


「……え?」


「このプロテクトは爆弾付きのパズルのような術式じゃ。少しでもやり方を間違えると中の情報が消し飛ぶように作られておる」


 あまりにも最悪な醜態。


「……あまり言いたくは無いが、せめてそういう類いの術式であるという解除以前の問題には気付いて欲しかったの」


「……ッ」


 果たしてそういう類いの術式であると気付ける魔術師がこの世界にどれだけいるのかは分からない。

 だけど、偉人の魔術師は最低限のレベルとしてそれを設定していて、ルカはそこに到達していない。

 それどころか……結果論として、やってはいけないミスをしている。

 託された手掛かりの一つを、完全に終わらせている。


「まあお主はまだ若い。ここから成長の余地もあるじゃろ。あまり気を落とすな……おいマコっちゃんとやら。この脳はもうなんの資料にもならん。早急に適切な処理をする事をお勧めするぞ」


「……ああ」


「……すまない」


「いや、良い……」


「……」


 こうして先日の戦いで得た多くの情報が記憶されているであろう脳は、何の役にも立たず処分される事となった。








「ツモ! ……よし、裏が乗ったからこれ4000オールだね。大勝大勝」


「うわ、マジかよ! ……ちょっと待て。4000オールって事はニック飛んでね?」


「えぇ……と、飛んだ? 俺東一局で飛んだの!?」


「てめぇイカサマしてねえだろうな!」


「流石にマフィアの事務所で麻雀打ってイカサマはウチにはできないよ。ただの豪運と……ほんの少しの実力」


「くっそ、そのドヤ顔腹立つぅ……」


 事務所の一階に戻ると、どこかへ行ったと思っていたシエルがマフィアの構成員と麻雀を打っていたのに遭遇した。


「おい、お前こんな所で何してんだ」


 マルコが問いかけるとシエルは言う。


「ウチはあっちゃん達に付いて行かなかっただけ。言ったよね? 一旦席を外すって。最終的にレリアさんの指輪を受け取らないとだから帰れないでしょ。だから麻雀打って時間潰してた」


「マコっちゃんさん、コイツヤバいんすよ!」


「前に卓囲った時もそうなんすけど、マジで豪運すぎるんす!」


「飛んだって事は……財布の中身消し飛ぶ……ってコト?」


 犠牲者達……主にニット帽がトレードマークのニックが頭を抱える中でルカがシエルに声を掛ける。


「とりあえずこの指輪は返しておきます」


 シエルの言う通りこの指輪は元々アンナがシエルに渡したものだ。これ以上自分が持っている訳にもいかないだろう。

 そして指輪を受け取ったシエルはルカに聞いて来る。


「えーっと……大丈夫?」


 やらかした事に対して表情に出てしまっていたのだろうか。

 ……そうかもしれない。

 またしても何の役にも立たなかった上に足まで引っ張った事が、相当メンタルに来ているのが流石に自分でも理解できた。


 大丈夫かどうかなどと聞かれても、大丈夫な訳が無い。

 メンタルだけでなく、あらゆる意味で。

 そしてそういう事を聞いて来る相手に虚勢を張っても通用しないだろうし、そもそも文字通りあらゆる意味で大丈夫ではない事になったのだ。


「まあ……あまり」


 色々な意味で大丈夫だとは答えられなかった。

 そしてそんな一言を聞いた後、シエルは言う。

 深く追求する事も無く、一言だけ。


「何か美味しい物でも食べたら良いんじゃないかな。養っていこうよ英気」


 そう言って会話は終わりとばかりにシエルは立ち上がる。


「じゃあウチは麻雀の切りも良いからこれで。じゃあまた今度ね、ルカさん」


 そしてマルコの前へと歩み寄り、小声で何かを伝えてからその場を後にする。


(……多分気を使われたな)


 元々今回の脳の一件をシエルは深く知らない。

 それでも自分が大きく関わる事になった一件でおそらく何かが起きた事までは気付いているのだ。

 色々と追及されても仕方が無かったと思うが、その辺は人付き合いにおけるバランスのとり方が良いのだろう。

 とにかく、色々と気を使われた。


 そして去っていくシエルを見送った所でマルコが言う。


「気持ちは分かるがあまり気にすんな」


「……」


「俺達じゃプロテクトが掛かっている所までしか分からなかった。その先に進もうとする事ができたのは、てめぇが魔術師として優秀だからこその事だろ。今回起きた事は結果的に悪い方向に転がったってだけだ。どんな形であれお前には転がすだけの力がある。いくらだって挽回できるだろ」


「……なんで俺の事をフォローする?」


「……まあアレだ。こっちにも色々あんだよ色々と」


 そう言って言葉を濁した後マルコは言う。


「ところでルカ。お前酒は飲めるか?」


「は? いや、俺はまだ19だ。酒は……」


「この国は16から飲める。行くぞ、飲みに」


「は? え?」


「めんどくせえ気分は飲んで忘れるってのも一つの手だからよ。良いから来い」


「お、おう……」


 勢いに飲まれるようにマルコと酒を飲むことになった。

 ……明らかにマルコにも気を使われている。

 何故気を使ってくれるのかは分からないが。


 とにかく、断る事はしなかった。

 善意で誘ってくれているのは分かったし、なによりきっと、一時的にでも飲んで忘れたかったのかもしれない。

 ここ最近の、何の役にも立たない自分の醜態を。


 一時的に忘れても、現実が変わる事はないのは分かっていても。





──────

おしらせ


 次回からアンナ視点に戻ります。

 しばらくは明るい話をやれそうです。

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