65 聖女さん達、エキセントリックな夜 下

「おい……アンナ。起きろ……起きろって」


「目ぇ覚ますっすよアンナさん」


 ん……なんか遠くから声が聞こえるような気がする。

 いや、ほんと……眠いんだけど。うーん、うるさい。

 私はゆっくり体を起こしながら言う。


「……私の眠りを……妨げる奴は……誰だ……シバくぞ……」


「半覚醒状態で物騒な寝言言うの止めてくれねえか」


「寝起きの不機嫌さがガチっぽさ出してて怖いっすよ」


「ん……ああ、ステラとシズクか。そういえば皆泊めてたんだったおはよう……って外まだ真っ暗じゃん」


 私に声を掛けて起こしたのはシズクとステラだった。

 ってなんで私こんな時間に起こされてんの?


「なんかあった?」


「「あった」」


 二人は口を揃えてそう言う。

 そしてその言葉を聞いていた頃には大分脳も覚醒してきて、何が起きているのかを予想できるようになっていた。


「……シルヴィは?」


「上をご覧くださいっす」


「上?」


 言われるがままに上を見て、思わず放心状態に陥った。


「……昨日より悪化してるじゃん」


 シルヴィは天井から吊るされた照明に足を絡ませて、コウモリのように逆さまにぶら下がっていた。


「っていやいやいや悪化し過ぎだよ! 本棚の上所の騒ぎじゃないよ!? 何をどうしたらそうなんの!?」


「しー! 静かにっすよ! シルヴィさん起きたら頭から床にドスンっすよ」


「あ、ごめん……それにしてもどうやったらこんなエキセントリックな事に……」


 いや、本棚の時点で意味が分からないんだけど、これはより一層分からないよ!?


「悪い。第一発見者のシズクがベッドから転がり落ちて目を覚ました時にはもうこの有様だったみてえだ」


「シズクも寝相悪いんだ……」


「もってなんすかもって。流石にこれと一緒にしないでくださいっすよ!」


「ごめん、確かにそれは失礼」


 ……それで。


「いや、本当に意味わからないんだけど……えぇ……」


「ま、まあベッドから転がり落ちた時に両手で着地して、両腕の腕力で跳び上がれば理論上可能な気はすんだけど……」


「いや、無理っすよそんなの」


「その理論適用できるのステラだけじゃないかな?」


 いや、強化魔術使う前提だし私達でも行けるかな?

 まあ行けてもやらないけど、こんなエキセントリックな事。


「……つーか悪いな。シルヴィの寝相云々完全に信用してなかったわ」


「ボクもっす。すんません」


「いいよ。私も逆の立場なら信用してないし」


 できる訳が無いよ!


「で、確か話だとシルヴィさん自分にあった枕じゃないと寝付きが悪いって話だったっすかね?」


「うん。だから枕買いに行かない? って話をしてた訳で」


「いやこれ枕変えた程度で治るのか?」


「治って貰わないと大変だよシルヴィのこれからの人生」


 まあこれまで大きな問題が起きてそれを認知しているような事が無かったって事は、良い感じの枕を使ってちゃんと眠れてたんだろうけど。


「……とりあえず、明日シルヴィの枕を買いに行く予定、何処かで捻じ込んでも良い?」


「あ、ああ。勿論」


「羽交い絞めにしてでも連れてくっすよ」


 二人はそう言ってくれる。

 これで二人共完全にこっち側の人間だ。


 ……なんかヤバい秘密を一人で抱えているような感じだったから、凄い安心感だよ。


 ……で、明日の予定が決まった所で。


「えーっと……とりあえずシルヴィをベッドに戻そうか」


「そのほうが良さそうっすね」


「ちょっと私脚立持ってくるよ」


 で、物置から脚立を持ってきてシルヴィを引きはがしベッドへ。


「すやすや寝てるっすね」


「本人は全くこの事実を知らないんだよな」


「悪質な嘘って言ってたっすからね。でもこの事実頑なに認めねえ事の方が悪質な気がするっすよ」


「確かに……こっちは怪奇現象と対面してるような気分なのにな」


「ほんとにそうだよ」


 ……まあそれはそれとして。


「だけど怪奇現象というか、怖い物見たさ的な意味では結構面白いよね」


「確かに……中々見れるもんじゃねえしな」


「中々所かここ以外で見られないっすよこの不思議体験。一体私達が寝てる間に何が起きたんすかね」


「すげえ気になるよな」


「正直私もその瞬間見てみたいんだよね」


 正直何が起きるか分からなくて怖いけど、意味わからな過ぎてなんか面白くなってきてるのも事実。


「……よし、シルヴィ観察タイム、始めようか」


「乗った。さあいつでも動いていいぞシルヴィ」


「これは面白い物が見られそうっすね。なんかワクワクしてきたっすよ!」


 なんかもう皆ノリノリだよ。


 そんな訳でシルヴィの隣だったステラのベッドに三人で陣取ってシルヴィ観察タイム開始。


 ……だけど。


「動か……ねえな」


「動かないね」


 しばらく観察していたけど、本当に気持ちよくスヤスヤ眠っているだけだ。

 さっき私が限界まで起きてた時もそうだけど、皆寝てる時しか動かないつもりなのかな?


「……つーか駄目だ。無茶苦茶眠い」


「正直私も……」


「……」


「おいシズク脱落してんぞ」


「無茶苦茶気持ちよさそうに眠り始めてるね……とりあえずベッドに寝かせよう」


 そんな訳でシズク脱落。すやすやタイム突入。

 そしてステラと二人でそれからもしばらく観察してた訳だけど。


「……ほんと動かねえな。これアレか? 悪い夢でも見てたのか?」


「朝起きたら理解者居なくなってるの普通に嫌だから止めてね」


「おう……」


「……ならいいや」


 ……で、明確に覚えているのはそこまで。

 つまり寝落ちしました。





 翌朝、最初に目が覚めたのは床で眠っていたシルヴィだったようで。


「そういえばシズクさんも寝相悪いんですね。仲間です」


「悪いっすけど同じ括りに入れないでほしいっすよ!」


 朝食の時に、シルヴィが寝起きで見た光景の話を始めた訳だけど……うん、シズクが不憫だよ。


「なんでそんなに嫌がるんですか。同じベッドから落ちる程度に寝相が悪い仲間じゃないですか」


「シルヴィさん全然その程度じゃないんすよ!」


「ま、まさか昨日はこっち側だったのに、シズクさんまで悪質な冗談を……こうなったらもう味方はステラさんしか……」


「いや、俺もこっち側だわ」


「なんで!?」


 なんでもなにも……ねぇ。


「アンナさん、一体どんな話術を……」


「いや、私が話術っていうか、シルヴィが奇術みたいな事やってたんだよね」


「奇術?」


「「「照明からコウモリみたいにぶら下がってた」」」


「……これなんかドッキリでも掛けられてるんですか?」


 ドッキリであってほしいよ。

 まあ面白いんだけど。


「まあ別に仲間内なら良いですけど、外でそういう悪質な冗談は止めてくださいね。ヤバい人だと思われるんで」


 ……事実じゃん。


「ってアンナさん私の寝相ネタにしますけど、自分も結構寝相悪いじゃないですか」


「え、私?」


「ほら、朝ステラさんのベッドで寝てたじゃないですか。寝惚けて隣のベッド行くって相当ですよ」


 ああ、その事ね。


「いや、あれは寝相が悪いとか寝惚けてるとかじゃなくて自分の意思で行ってるから」


「あ、なんだそうなんですか……ってちょっと待ってください」


 シルヴィが何かに気付いたようにハッとした表情を浮かべてから……少し顔を赤らめて言う。


「いや、あの、その……もしかして女の子同士で……いや、私は応援しますよ?」


「「なんかとんでもない誤解生んでる!?」」


 そういう、趣味は、無い!!


「え、私が寝落ちした後二人で何してたんすか……」


「なんでシズクそっち側にいるの!?」


「お前事情知ってんだろ!?」


「……?」


 シズクがわざとらしく小首を傾げる。

 絶対楽しんでるよね覚えてろ!?


「その……否定はしませんけど……そういうのは二人きりの時の方が良いですよ? ……えっと、うん……おめでとうございます」


「「だから誤解だって!」」


 なんかこう、全体的に釈然としない!




 でもまあとりあえず……ワイワイと楽しいお泊まり会だったと思うよ。

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