私。

千島令法

 仕事終わり、今日はカレーでも作ろうかと思いながら、いつものように玄関げんかんかぎを開ける。


 ガチャ。


 とびらを少し開けたところで、


「おかえり」


 と、声がした。一人暮らしをしているはずなのに、誰かの声がした。


 いきおいよく玄関ドアを開く。


 すると、そこにはがいた。



 ……。



 完全に思考しこうが止まった。


「お疲れ様」


 私は何も発していないはずなのに、私の声がする。

 しかし、目の前にいる私ではない。


 目の前にいる私のさらに奥にいるもう一人の私が顔をのぞかせた。


「おいおいおい……」


 たまらず語彙力ごいりょくも下がって、私は「おい」しか言えなくなった。


「おや、帰ってきたの?」


 また別の私だ。


「……ふっ」


 思わず、笑いがこみあげてくる。人は混沌こんとんとした状況になると、笑いがこみあげてしまうのだ。


「お帰り! カレー出来てるよ」


 また別の私。


「おいおい! 一体何人いるんだよ!」


「えっと……」


 目の前にいる私が、私に背を向けて、私を数え始めた。


「いち、に、さん、よん、ご、ろく、なな」


 そこまで数えた目の前の私は、私へ向きなおす。


「七人だね。君も合わせると、八人」


 ワンルームの賃貸ちんたい。ただでさえせまい我が家の、さらに狭い廊下ろうかに七人もの私がいる。

 もう思考が追い付かない。なぜ、こんなに私がいるのだ。


「おい! どうなってるんだ?」


「なんでだろうね」


「分からないね」


「どうしてだろう」


 私ではない私と顔を合わせて、各々が会話をしている。


「そんなことより、ご飯食べよ」


 おそらく調理ちょうり担当たんとうである私が、そう言った。


「そうだね、ご飯にしよう」


 目の前の私がそう言いながら、私のうでつかみ中へ引きづりこむ。


 そのまま六畳ろくじょうの自室へ私を含めた八人はゾロゾロと向かう。


 自室には、また別の三人のがいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私。 千島令法 @RyobuChijima

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ